【33】初恋と大大大大大親友の小さな晩餐会(終)
陽が既に半分も顔を出そうとしている御来光。
生き物たちが眠る屋根の上を、私は駆けている。
丁度良く朝の新鮮な空気が吸えるよう、苦しくないよう遅めに、一寸の乱れもなく、この両手には華が添えられているのだと自分に錯覚させ、空を
華と例えた
お姫抱っこをし、されて、また私がしている。奇妙な関係だまったく。
「あの!」
朝露のように好き通った聲が、加速の中に伝わってきた。
その方角をちらりと一瞥する度、彼の男性らしからぬ長髪は変わりゆき、陽を浴びては黒髪の煌びやかさを鮮明に演出し続けていた。
「んー?」
綺麗、と思いつつの適当な返し。
「送ってもらうのはありがたいのですが、なんでまたバニーガールの恰好に戻られて?」
「なに? アレが良かった? ああいうのが好きなの~? その年で~?」
屋根を飛び越え、次の屋根へと移る一瞬、彼の体は浮き、髪も天へ上りかける。
私はそれを受け止め、彼の紅く実った乙女の形相に恍惚とした。
「いえ……やっぱり、その恰好が落ち着くなって思って」
今度は、私の顔が赤色になってしまいそうだ。
恥ずかしさを隠そうと私はアイリの柔頬を指先で挿す。
「そっか……そういうかと思って着たわけよ~」
「……友達って、こんな感じなんでしょうね。こう楽しく笑い合って、話して」
友達か……。
本当はそうなるつもりなんて微塵も無かった。食べる気だったのだから。
よく話す人たちはいるけれど、誰一人として友達と呼べるほど親しいとも思っていなかったな。
「──アイリ、違うよ」
「……?」
「──私たちはね、友達という関係を越え、親友すらも蹴とばし、大親友を皆殺しにした最強な友情──その名も、大大大大大親友だよ!」
「だ、だい……だい?」
咄嗟に浮かび高らかに宣言した言葉を耳にし、アイリはぽかんとした表情を浮かべる。
「友達などと言う関係は生温い! じゃあ親友? だけど、親友は食べたり殺そうとしたりしない。だからこそ、私たちは食べたり殺そうとしたりして、一緒に強大な敵を倒した最強の友情! 大、大、大、大、大親友なのよ!」
私の熱くも勇ましい解説を聞き、理解不能と言いたげな表情をだったがどこか可笑しかったのか、ふつふつと笑みがこぼれ出し、哄笑へと昇華した。
その無邪気な笑顔につられ、笑みをこぼしてしまった。
新たな関係を認め合った二人の笑い声が朝に響く。
夜とは反対に、互いの黒白の髪が陽光を浴び溶け合っていった。その度にバスルームで貸したシャンプーの匂いが微かに香り、満悦してしまう。
頭の中には、いつしかここから出ていくという考えが消え去っていた。
アイリがこの街からいなくならない限り、永久にここで住むつもりだ。
もし彼がいなくなる時は、付いて行っていいか聞いてみよう。
※
「よっ────とッ‼」
衝撃で壁の一部が小さな破片となって落ちて行く中、ヒールを壁の隙間に引っ掛け、左手でアイリを支えながら「下は見ない方が良いよ」と忠告する。
なにせ真下は100m以上、あまりの高さに失神してしまう前に私が手を引っ掛けている彼の部屋の窓から戻してあげなければ。
右腕に力を込め開いている窓へ体を上らせると、すぐに彼を部屋へと帰らせてあげた。
ゆっくりと足つき、一安心と言いたげにアイリは深く息を吐く。
私も窓の下枠に腰をつかせると、どこか辛気臭く殺風景な部屋を静かに見つめた。
ベッドと机以外何もない、一人で住むには孤独・焦燥感で押し潰れてしまいそうな少々広めな内装に切なさを覚える。
そんな一室で真新しそうなベッドに腰かけたアイリは、メイド服が破れたままなのも相まって、まるで誰かに盗まれてきた古い人形のようだった。
朝日に輪郭を優しく撫でられている彼へ、突拍子もない事を言った。
「アイリ、今日も夜、一緒に食べに行こうよ」
小さく洩れた「え?」と共にアイリの顔に照らされていた日光は黒髪へと移り、鮮やかに一部のみを塗り替えていく。
「私の為に給料全額
じゃあ、今月飯どうするのよ? だから今月はご飯、全部奢ります」
「そ、そんな、悪いです。友達……いえ、大大大大大親友にそんなことを……」
「ご飯食べなきゃ頭が回らないよ? これは私の我が儘。
善意とか罪悪感なんて微塵もない私の自分勝手。──ね? たくさん美味しい物食べに行こう」
そう言って、ショルダーバッグに入れていた包みを彼へ投げると、それを慌てた様子で受け取り中身を開けだした。
「こ、これ……」
アイリの世界にあるという簡単なモノを作ってみたが、彼が起きるギリギリまで掛かってしまった。
「……アイリが寝てる間に作ったの、朝ごはんのタマゴサンド。
──お口に合うか、お腹を満たせるかはわからないけど、食べてくれると嬉しい。殻が入ってたらごめん」
流暢に渡したサンドイッチを話しているその間、私は視線を逸らしつつ頬をかいていた。
自分でもわからないが、妙な恥ずかしさを覚えてしまう。誰かに食べ物を作ってあげるなんてこと、したことが無いとはいえ。
すると、アイリの表情は徐々に明るくなっていった。今の彼は日光のスポットライトが誰よりも似合う紛れもない無邪気な童子だった。
「ありがとうございます! バニーさん!」
またも、『ぺこり』というオノマトペがよく似合いそうな見本的お辞儀を私だけに披露してくれる。
愛らしい姿が見れたので、そのまま帰ろうと背中から身を投げ出す──
「あっ」
ガッ、とアイリの華奢な肩を掴み私の方へと引き寄せた。
「忘れてた」
そっと、彼の耳元に囁く。
誰にも教えたことのない、私のとっておき。
「名前……名前さ、『ヴィージアリア・ブレイズ』っていうの」
朝を伝える鳥たちの鳴き声が、空虚な部屋と私たちを包み込んでいく。
鬼として産まれてしまった聖女の本当の名──他人に話すのは初めての事だった。
この名は両親の祝福の下に与えられ、自分で殺し捨てた名前だけど、アイリには知っておいて欲しかったから。
「
小さな肩を放すと、アイリはふわりと背を向け手に持っていたサンドイッチを天井高く持ち上げた。
「サンドイッチ、有難くいただきます。──バニーさん」
何故か、彼はこちらを向いてはくれなかった。
しかし、
「んじゃ」
──頭からこの身を投げ出した。
その一瞬に見えた振り向き際の彼の貌は、紅く実っていて今にも食べごろであった。
お腹空いたな。
落下、現在残り20m地点。風圧の中、ふと、ある事を思い出した。
アイリは『僕は好きになっちゃダメなんです』と言っていた。好きになった相手に裏切られたと思った時点で、彼に眠る清姫伝説がその人を殺しにかかる、と。
……私は、アイリの蛇に襲われた。元々は彼を食べようとして、襲ったのだから。
てことは。
「あ」
地面に脚が着いた──と同時に何の不幸なのか、昨日買ったばかりの右脚のハイヒールが半分に折れた。
受け身を取らずに倒れ込むと、剥き出しになっていた鋭い地面の角へと頭部を強く叩きつけた。
そこを中心にあろうことか振動が生まれ、私の意思に反して辺り一面へと広がりだしていく。
それは地面に穴を開け亀裂を入れ、木々に止まっていた小動物たちを地面へと叩きつけ肉塊に産まれ変えらせ、周辺にある建物のショーウィンドウを全て割り、小規模な地震で人々の眼を覚まさせてしまう物だった。
ちなみに、さっき受け身を取ることができた。
何故しなかったのかと言うと、頭にそんな余裕がないくらいのお熱が急に発生したからである。
人々の阿鼻叫喚の中、全身に痛みを感じつつも体を起こした。
額から大量の血が溢れ出ているのを感じ取り、生を実感する。
いつの間にか朝日は頭から尾、全てを見せつけるかのように顔を出していた。
それはここに来て初めて、美しいと感じるものであった。
今日はなんて清々しい朝なんでしょう。なんたって昨日は美少年メイドのアイリとデートして、大大大大大親友になったんだから。そして今日から、毎日あの子とお食事をするんだ!
「よしっ! アイリの為にも今日からがんばりますっ!」
血まみれで小汚くなりながらも、私はお日様に大きく宣言する。
大嫌いな神様、殺してしまった両親、ついでに殺した幼馴染、私は、バニーは、頑張ります!
ところで、また
【完】バニーガールとメイドの小さな晩餐会 糖園 理違 @SugarGarden
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