闇医者と魔法少女 後編

 そのやり取りから三週間後、大きな仕事が入っていた。小さな島国の偉い人の手術だ。その国の住人は誰でもその人を知っている。珍しく裏の人間ではないがそれでも気は抜けない。なんでもその国の医者では手に負えないが、多忙のため他国に渡ることもできないとのことだ。しかし、少しでもその国の事情を知っていればそれだけではないことを察することができる。緊張状態にある近隣の国と周辺を根城にしている海賊の問題で手一杯なのだ。その人が一週間も留守にするとそこを狙われる。そんな状況だから渡航、入院、精密検査、手術、術後の経過観察と真面目に手順を踏んでいるわけにいかなかった。そしてどこにも属しておらず口が堅いと有名らしい私がご指名をいただいたわけだ。

 空港につくと黒服の男女が高級そうな車に案内してくれた。車内の窓は全てカーテンで隠されている。それなのに目隠しをされた。体感で二十分くらい乗っていると、途中で車を降ろされて手を引かれた。別の車に乗り換えたようだ。そこから体感十分くらい経つと車から降ろされて目隠しを外された。到着したらしい。ちなみに依頼人の名誉のために説明しておくと、これら一連の行為はあくまで秘匿性を高めるためであって、黒服の態度はとても丁寧なものだった。女性を同行させ私の身体に触れる際は全て彼女がやってくれたことからもそれは伺えた。

 そこは地下室のようだった。依頼人はすぐにやってきた。挨拶もそこそこに仕事の話に入る。事前に手術方法やそのリスクは説明しているが再度簡単に説明する。同意書にサインしてもらって手術開始だ。三時間後、手術が終わったことを外で待っている黒服に伝えると男の方がどこかへ連絡を取った。女の方は私を労う言葉をかけてくれ、休憩室のようなところで食事をさせてくれた。食べ終わったところで仮眠を取る。本当ならぐっすりと眠りたいところだが、容体の変化に対応しなければいけないので手術後はわざと寝苦しくして眠る。この時は固いソファとこもった空気がその役割を果たす。時計を確認すると十二時だった。日付が変わる前には寝たいと思っているが今回ばかりは仕方がなかったと思いながら目を閉じる。

 ノック音で目を覚ますとまだ一時だった。

「ドクター・オレンジ! 大変です!」

 こちらの返事を待たずにドアを開けて黒服が数人が入ってくる。

「どうしたんだい」

「襲撃です!」

 外では正体不明の組織と銃撃戦が繰り広げられているらしい。依頼人を避難させたいから一緒に来てほしいとのことだ。勿論同行する。地下からエレベーターに乗って駐車場に出ると、おあつらえ向きに救急車が用意されている。眠ったままの依頼人を乗せて私も乗り込もうとしたところで黒服の一人が大きな声を上げる。

「トラックがくるぞ!」

 全員駆け足で乗り込み救急車は出発した。依頼人を見ていたので外の様子は見ていなかったが、どうやらトラックはこちらに衝突させるつもりだったらしい。救急車の運転手のドライブテクニックの方が上手かったようで衝突は避けられた。その後銃声が聞こえる。車に当たってはいないようだが、それでも恐ろしいものだ。

 まだ麻酔が残っているだろうに、依頼人が目を覚ます。余程乗り心地が悪かったのだろう。それでも彼は冷静に努め、黒服に状況を説明させる。そして私に手術のことを聞いた。上手くいったがまだ安心は出来ないと正直に説明しておいた。

 車の後方に何発か銃弾が当たりだしてもうダメだと思った時、運転手が何か叫んだ。それはよく聞き取れなかったが前方に巨大な何かが現れたのがチラッと目に入った。急カーブでそれを避ける。降車すると十メートルはあろうかという黒い巨人が立ちはだかっていた。巨人は追ってきたトラックを叩き潰す。続けて救急車も叩き潰される。

「もう少しで基地だ。なんとしても逃げるぞ!」

 依頼人が出した大声で全員我に返り走り始める。不幸中の幸い、巨人は見た目通りの鈍足だった。それでも転倒した黒服の一人が掴まれて握り潰される。私の眼前に飛び散った血が降ってくる。もう足が動かなくなってきた。なるほど私は死ぬのだろう。つまらない人生だったが最期だけはダイナミックなようだ。死んだら預金は寄付されるよう手配してある。関わってきたのは裏の人間ばかりだが、訃報を聞いて悲しんでくれる人はいるだろうか。などとつまらないことを考えてしまう。いよいよ手が迫ってくる。



「死ぬのはまだ早いわよ」



 その声に驚き、勢いよく前のめりに転ぶ。手のひらを擦りむいて痛い。痛みがあるということは死んでいないということだろう。そんな情けない姿を晒した私に手を差し伸べてくれたのはブラックベリーだ。

「立てる?」

「大丈夫」

 血まみれの手を人に預けたくなかったため一人で立ち上がる。巨人は石像にでもされたかのように動かない。

「良かった」

 彼女が安堵の表情を見せる。そこまで私のことを思ってくれたとは意外だ。

「なあ……」不意に声が出た。

「ごめん、ちょっと待っててね」

 そう遮られると彼女は巨人に手をかざす。すると動き出す。私は既に微塵も恐くなくなっていた。

「マジカル☆ブラックシュート!」

 かざしたままの手から黒い光線が放たれる。巨人は花火のように爆発した。それでも私たちは火傷どころか爆風すら感じなかった。

「恐らく必要もない技名を叫ぶ意味とはなんだい」

「ギャラリーへのサービスよ」

「……まあ助かったよ、ありがとう」

「お安い御用よ」

 そう言うとどこかへ去ってしまった。

 助かった依頼主や黒服は私に説明を求める。しかし、知らぬ存ぜぬを突き通すしかない。どうやら私が助けられた時、巨人だけでなく時間が止まっていたらしく彼女との会話は聞かれていなかった。つまり、助けた一般人に声をかけただけのように見られたわけだ。しばらくして軍からの応援が到着し、私たちは屋内で治療と食事を提供された。


 二日後、依頼主から報酬を受け取り空港に向かう。もう少し経過観察を行うべきなのだろうが、こちらとしては一つの場所に長居したくないし、あちらも闇医者との接触が露呈したくはない。そういう大人の事情で二日の弾丸出張手術となった。飛行機に乗り込むと隣にロングコートを着て帽子を深々と被り眠っている人がいた。暑いだろうに変わった人だと思いながら気にしないフリで荷を降ろす。

「お仕事お疲れ様」

「そんな気がしたよ」

「分かっていて無視したなんて酷いわ」

「わざわざ助けに来たんだ。私に言いたいことがあるんじゃないかと思った」

「それは貴女の方じゃない? 何か言いかけたのを遮ってしまったわよね」

 私は黙り込んでしまう。あの時言おうとしたことは覚えている。しかし、今言うべきはそれではないなと思った。

「君の提案に乗ろう。私を死ぬまでこき使うといいさ」

 彼女は何を言うわけでもなく私に抱き着いた。そして背景はどこかで見たホテルになっている。

「貴女が泊まる予定だったホテルよ。飛行機でここまで来る時間を私が貰うわ」

 つまり、移動の手間を省いてやったから付き合えというわけだ。図々しいにも程があるが、飛行機は苦手なので実はありがたかった。それでも思い上がらせたくないから口には出さない。

 そして彼女のされるがまま一日を過ごした。覚えていることと言えばバスローブを脱いだ時の彼女の裸が彫像のように美しかったことと、その華奢な体から想像もつかない激しい攻めだけだ。翌朝、目が覚めるとベッドからいなくなっていた。コーヒーを入れようとした時に机の上に書き置きが目に入る。


『楽しかったわ。貴女の魔法少女より』


 というわけだ。変な話だろう? まるでしばらく会えない風に書いておいて、三日後には現れたからね。

 言えるのは、彼女が私に愛想を尽かさない限り一緒にいるだろうということだ。一緒にといってもべったりではない所が心地よい。ただ、こちらが寝ている間に入りこんでいつの間にか隣で寝ているのはやめてほしい。

 最後に、これは推測だけど、彼女はいつでも解呪が可能な状況にあるんじゃないかと思う。もしくは反対に解呪不可能であることを知ってしまっているか。何故かと聞かれたら医者の勘だと答えるしかないけれどね。

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闇医者と魔法少女 鍵谷 雷 @rai_kagiya

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