闇医者と魔法少女

鍵谷 雷

闇医者と魔法少女 前編

 私の名前はブラッドオレンジ。しがない闇医者さ。医学生時代、白衣に血が付着することが多かったのと、オレンジジュースをよく飲んでいたことから誰かがつけた渾名だ。だが、馴染んできたため、そのまま使わせてもらっている。

 さて、闇医者と言うとブラックジャックを思い浮かべる人が多いと思うけど、彼との共通点は非合法に治療することかな。違う点は目立つ傷がないこと、人情味溢れる話がないこと、助手がいないこと、魔法少女の知り合いがいることだね。

 こう述べれば、ほとんど全ての人が魔法少女について気になると思う。名前はマジカル☆ブラックベリー。本当の名前は不明。変身前の姿、国籍、人種も不明。ただ魔法少女という点は信じざるをえない程色々と見せてもらった。


 彼女と出会ったのは三年前。とある国の治安の悪い都市を根城にするマフィアに呼ばれた時のことだ。そのマフィアは敵対するマフィアと一触即発状態だったがボスが病に倒れてしまった。内密かつ迅速に治療したいと依頼されたわけだ。勿論手術は成功した。金も貰ってあとは帰るだけだったんだが翌日マフィアは壊滅した。それをやったのがブラックベリーだ。

 魔法少女と聞いて怪人や怪獣が出てくると思ったかい。そういった奴らとも戦うことはあるが、彼女はそれ以上に人間と戦っている。

 彼女は私の監視のためについていたマフィアを殺しに来たんだ。外出の時はホテルの両隣の部屋にコールしてからという決まりだった。けれどコールしても一向に出る気配がないからドアをノックしたら彼女が出たというわけさ。裏稼業で食ってる身だから色んな人を見てきた。けれどブラックベリーはその誰とも違う雰囲気を持っていた。

 ちなみに先程から魔法少女と綴っているから派手で可愛らしい衣装を想像しているだろう。

「はじめまして、ミス・オレンジ。私はマジカル☆ブラックベリー」

 丁寧に挨拶をした彼女は黒いロングコートを着てサングラスをかけていた。魔法少女というよりは殺し屋かセレブだ。

「さあ、入って。それとも貴女の部屋にお邪魔してもいい?」

「殺したの?」部屋の中で横たわっている男たちを見ながら私が問う。

「ええ」とあっさり答える。

 その割には血が一切見当たらない。医者としては生死を気にすべきところだろう。生憎、闇医者の私には殺害方法の方が断然興味がある。

「死体を横にお茶を飲む趣味はないね。こっちへ来なよ」

 ブラックベリーに対する恐怖心はあったが、殺すつもりならとっくに殺しているだろう。そう思うと彼女の意向に沿わない行動をする方が危ないと思い自室に招いた。

「じゃあ片付けるからちょっと待ってて」

 死体に指を向けると元々誰もいなかったかのように消え失せた。そんなことが可能ならこの部屋で良かったと思ったよ。反対側の隣にいた男たちは既に処理しているらしい。

 部屋に戻ってすぐにコーヒーか紅茶のどちらがいいかを聞いた。どちらでもいいと言うので紅茶を入れてやる。

 彼女はロングコートを脱いだ。なるほど、腕や脚など肌の露出が多いゴスロリ調の衣装だ。あえて例えるならキュアブラックのようだ。これなら魔法少女と言われて納得できる……とはまだ言い難い。などと思っていると顔を近づけてきた。

「美しいわ。やっぱりヴィオラ博士の娘さんね」

 裏は圧倒的な男社会だ。女は舐められるし値踏みされる。この仕事を始める時、護身用の武器を持ち歩くことにした。そして女として見られないように野暮ったい眼鏡をかけ、髪はぼさぼさに、白衣はわざと皺を残す。女としての魅力に泥を塗るようにした。だから前者はつまらないお世辞だ。それより後者が気になる。

「ヴィオラ博士って誰だい?」

「私の恋人だった人」

 馬鹿言わないでくれ。どうみても二十歳にも満たないこの少女が母の恋人だったって?

「そんな人知らないね」

「お母さまのこと嫌い?」

「どこで知ったのさ」

「私がその気になればわからないことはないわ」

 どこの権力者だ。それも魔法だというのか。そもそも何をしに来た。母に関する内容だと思うとどんな話題も聞きたくない。

「帰ってくれ!」

 自分でも驚くくらい声を荒げていた。顔を上げるとブラックベリーは表情一つ変えていなかった。

「…………また来るわ」

 そう言ってその場から消える。彼女が座っていたところには小さなメモに電話番号とメールアドレスが書かれていた。寝る前につけたテレビでは依頼主であるマフィアとその敵対するマフィア壊滅のニュースが報じられていた。

 翌日、出国の前に空港で電話をかけてみる。彼女は五秒で出た。

「電話してくれると思ってたわ」

「飛行機に乗るまで二十分ある。手短に話してもらうよ」

「それじゃ時間が足りないわ。でもとりあえず昨日の冗談については謝罪させて。ヴィオラ博士とはいい友人だった。ただ私の片想いだっただけ。貴女のお父さまと貴女を大事に思って揺らがなかった」

 それは本当だと思った。いや、今思い出すと本当だと信じたかっただけかもしれない。そして三日後に会うと約束をして電話を切った。


 約束の場所は某国にある私の隠れ家の一つだ。ここは絶対に裏の人間が駆け込んでくることのない家である。人払いの魔法をかけるからどこでもいいとか言っていたがイマイチ信用ならないじゃないか。それはそれとして、ブラックベリーは約束の時間一分前に玄関に現れた。なぜいきなりそんな場所に出てくるか聞くと「誰かが出入りしているの見られたくないんじゃないの? もちろん認識阻害魔法もかけてあるわよ」と返ってきた。もう言葉も出ないよ。

「まず魔法少女って証拠を見せた方が良いかしら」

「もう十分見せてもらったよ」

「お手を拝借」

 私の手をいきなり握った。どこかの遺跡のような場所にいた。眼前には十メートルはありそうな熊のような怪物がこちらに向かってきている。地震のような衝撃が体を震わせて逃げなければと脳が発する。けれどブラックベリーは私の手をさらに強く握る。

「ちゃんと見ててね」

 ブラックベリーはもう片方の手のひらを怪物に向けた。すると怪物の腹に穴が開いた。少し遅れて体がのけぞり、緑の体液が噴き出す。

「さよなら」

 指を鳴らすと頭、両腕、両足が体内の爆弾でも爆発したかのように弾け飛ぶ。それを見た私はその場にしゃがみこむ。職業柄生死には多く関わってきたし、自分の死も覚悟しながら生きてきたつもりだった。久しぶりに残虐とかグロテスクという単語を思い知らされた気がする。

「どうだった? 魔法少女と信じてもらえたかしら」

「信じないと言ったらさっきの怪物みたいにされるのかい」

「視覚的に訴えるため派手に倒したけれど、いつもはもっと綺麗にやるわ」

 左腕についた体液をどこからか出したハンカチで拭きながら言った。

「十分信じさせられたから続けて。あと出来れば家に戻してほしいな」

 するとブラックベリーは私の手を握った。風景は一瞬で見慣れた家になった。ハッとなってコーヒーを入れようとした時には彼女はもうソファに腰掛けていた。

「まず私とヴィオラ博士の関係から話すわね」

 普通の医師として働きながら闇医者としても活動していた。研究資金の確保のためだという。親子で同じような悪いことをしていたとは知らなかった。私は母のような立派な理由は持ち合わせていないが。

「ちょっとミスして危ない目にあったところを助けてくれたの。しばらく彼女の妹として匿ってもらったわ」

 先程の光景を見せられた直後だと、この女が怪我するところなんて考えられなかった。が、顔には出さない。

「私は魔法少女のことを話して想いを告げた。けれど彼女には恋人がいた。言わずもがな貴女のお父さまよ」

 そして彼女は母のところから去ったという。その後、どこそこで何を食べただの、どういう話をしただのという他者からすればどうでもいい思い出話がぽつりぽつりと出てくるだけだったため、それを遮る。

「魔法少女というのはどういうものなんだい? 君は見た目以上に長生きなようだけれど」

「魔法少女は世界を悪者から守る存在よ。界獣、さっきの怪物から人間同士のいざこざまで色々な対応をさせられてるわ。魔法少女の引退は二つあって、ある一定の年齢を迎えるか死ぬかなのよ。ある一定年齢というのは通常二十歳未満なんだけれど、加齢とともに魔力の低下が起きるの。それが一定量を下回ると魔法少女として活動できなくなる」

 ブラックベリーはコーヒーに口をつけて一息つく。

「ここまでは魔法少女について、ここからは私個人について話すわ。私は十八歳、魔法少女の多くは引退する年齢ね。けれど私は魔力の低下がまだ起きていなかった。そこへ不老という因果な呪いがかけられたの。つまり貴女の生まれるずっと前から十八歳のままで魔法少女として活動させられ続けているってわけね。おかしなことに魔力は高まる一方だし」

 悲惨な人生だったのだろう。けれど私はそれを安易に同情できるほど優しくはない。力には義務や役目が付きまとう。その点では私も同じような境遇にあるのかもしれないが、曲がりなりにも命を救ってきた私とは対極のような存在だ。しかし、不当に他の命を奪う可能性のある命を救う私と、それらを殺すことで結果的に他者の命を守っている彼女ではどちらが素晴らしいのだろうか。

「これについて同情してもらおうとしたわけじゃないわ。ただ、次の話をするにあたって理解して」

 またコーヒーに口をつける。つられて私も口にした。

「私の呪いが解けるまで貴女に協力してもらいたいの。それまで貴女の命は絶対に守るわ。悪い取引じゃないでしょう?」

 突拍子のない申し出に困惑しながらも一つ一つ確認しようと思考を働かせた。

「君のボディーガードとしての腕は疑う余地はないけれど、私に何が与えられるのかな。医学とアウトローな人間との人脈が魔法や呪いに役に立つかい」

「立つわ。どこにも属さず裏を渡り歩きながらも、一人も殺していない人間は貴女以外には知らないわ」

「殺したことなら沢山あるさ」

「手の施しようのない状況で死んでしまったのを殺したとは言わないのよ」

 母のことを知っているくらいだ。私の過去まで調べ上げているのだろう。最善を尽くしても助けられなかったというケースはある。真っ当に生きていた頃には上司や同僚から慰められても、遺族から殺したと言われれば多少なりと殺したと思ってしまう。裏に身を置いてからのそういうケースではどう立ち回りどう言い訳をするかをまず考えなければいけない。そうやって心を殺すように仕事をしてきた。今更そのような慰めなど意味はない。それでも

「母は、どれくらい失敗した?」そう聞かずにはいられなかった。

「具体的な数字は知らない。ただ、看取った全員の名前を紙に書いて金庫に保管しているとも言ってたわね」

「……ふふっ、ははははは!」

 大声を出して笑うなんて久しぶりだ。怖いもの知らずのように見えるブラックベリーもこれには驚いていた。

「何がおかしいのかしら」

「母が医者としても人としてもそこまで優秀だったとは。普通はそんなことをしていたら金庫がいくらあっても足りないよ」

 軽い口調で皮肉を言い切った。深呼吸をして真剣な顔になる。

「この通り、私は母にまったく似ていないし母の代わりにはなれない。期待を裏切ってしまって悪いね」

「素晴らしいわ。ヴィオラ博士の息女と聞いてやってきたけどとんだ逸材ね。今日から私は貴女のボディーガードよ」

 嫌われようと取った行動は裏目に出たようだ。

「好きにしなよ」


 彼女は毎日私の前に現れた。ご丁寧に仕事の邪魔にならないタイミングを見計らってやってくる。一、二時間ほど雑談をするとどこかへと去る。最初はなんとかってお菓子が美味しかっただの、こんな敵を倒しただのと一方的に話しているのをほとんど聞き流すような感じだった。一ヶ月で私が折れてしまいついにこちらから話を振ってしまった。

「君はどこに住んでいるんだい?」

 気になることが山ほどある中で一番初めに聞くことがそれかよと今になってみると思う。

「ナイショ」

 その後もいくつか質問したが冒頭で書いた通り本名、変身前の姿、国籍、人種ははぐらかされた。わざとらしくため息をつく。

「結局何も話したくないということだね」

「まだ聞いてないことが沢山あるじゃない。折角私に興味を持ってくれたんだから教えてあげる。好きな食べ物はチョコレート。音楽はなんでも聴くけど、よく聴くのはクラシックかしらね。スポーツは苦手よ。恋人はいないわ」

「情報が乱立しすぎているよ。けれどチョコレートくらいなら用意してあげてもいい」

「あら、ありがと。言ってみるものね」

 ミルク、ビター、ホワイト、どれも好んで食べていた。しかし、名前に反してイチゴやラズベリーなどの果物が入ったチョコレートは苦手らしい。そう言った彼女に質問をした。

「君以外に魔法少女はいないのかい? それこそストロベリーとかラズベリーとか」

「今はいないわ」

「戦死、それとも以前言っていた引退したということかな。じゃあ敵は君一人で対処しているのか? それなら私なんかに構わないでくれ」

 久しぶりに突き放そうとしてみた。飄々と流されるかと思っていたが反応は違った。

「……厄介なら来るのはやめるわ」

 彼女は俯きながら呟いた。それは普通の十八歳の女の子が恋人に振られたかのような表情に見えた。

「そうだね」

 その時の私にはそれしか言えなかった。彼女はどこかへ消えてしまう。それから彼女は私の前に現れなかった。

 寝る前にふと考える。私の対応は母が彼女にしたものと同じなのではないか。これまで恋をして愛を拒否したり愛する人を失うことを沢山してきて、呪いというやつが解けるまで繰り返していくのかもしれない。私だったらある程度の所でそういった感情を切り捨てているだろう。本当に人間が好きで守るために戦っていると思うと尊敬の念すら覚えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る