後編
「どうじゃ? 自宅に
神おっさんが期待に満ちた目を僕に向ける。人間側の事情で住み慣れた場所を追われ、時代に合わせてしたくもない変化を強要されてしまったことには正直少し同情する。人間が神様に同情するというのも
「いえ、賃貸住みですし、そもそもほとんど自炊しないんで……」
「カァーッ! これだから
「若造扱いの範囲が広すぎる」
古墳時代生まれにとっては藤原道長も源頼朝も徳川家康も伊藤博文も皆じゅくじゅくの未熟者なのか。若造じゃないの聖徳太子くらいなのでは。
新たな宿り先を見つけられなかった神おっさんは先程の落ち込みや立腹とは打って変わって不穏な雰囲気を漂わせる。急に日が陰り、寒気がしてきた。神様の目は不気味なほど据わっている。
「こうなったら最終手段じゃ……。燃やすぞ」
地を這うような低い声に嫌な汗をかく。先ほどの炎や火花の比ではない何かが飛び出してきそうな錯覚に陥る。怒らせてはいけない存在を刺激してしまったような、もしかしたらこれが神の怒りを買うということなのかもしれない。尋常ではない凄味を前にして喉がひりつくが、声を絞り出してなんとか返答する。
「火を司っているからって放火で脅しはどうかと思いますよ。重罪ですよ」
「物理的に火をつけるわけではない。SNSを炎上させるんじゃ」
「それはそれで罪ですよ。というかめちゃくちゃ現代に馴染んでいるじゃないですか」
雲によって太陽が遮られたのはほんの一瞬だけで、またすぐに晴れ、長閑な空気が戻ってきた。現代に馴染めないと気落ちしていたのは何だったんだ。IHやオール電化は嫌いでもSNSはするのか……。この神、普通に現代をエンジョイしているじゃないか。
それでも流石にSNSを燃やされるのは嫌なので、何か良い案を考えなければならない。何かないかと思案しているとき、とあることを思い出した。
「ああ、そうだ。最近キャンプが流行っているみたいですし、家じゃなくて屋外で守り神をするのはどうですか。屋外炊飯の神みたいな」
「それは季節性のものじゃろ。夏以外は暇になってしまう」
神様は「季節ごとに居場所を変える同輩もおるが、儂はずっと火の神でいたいんじゃあ」といじけたように言う。
「それがですね、こないだテレビで見たんですけど、岐阜県では毎週のようにバーベキューする人が多いらしいです。バーベキュー用のコンロならIHやガスコンロより昔馴染みがあって居心地も良いんじゃないですか」
「ほう……」
興味津々でソワソワし始めた神様と一緒に、バーベキュー用のコンロを検索したスマホを覗き込む。大型のものから一人用の小さなものまで、そしてコンロとしてだけではなくストーブ・オーブン・カマドとしても使える多機能なものまで本当に様々だ。バーベキュー大好き岐阜県民の集う河原へ行けばより取り見取りだろう。神様も興奮気味に「おっほぉ……」などと声を漏らしている。
やがて、神様は満足した様子で立ち上がり、僕に別れを告げた。
「世話になったな、若人よ。儂は岐阜県を目指す」
「お役に立ててよかったです。お気をつけて」
どうやって岐阜県まで行くのだろうと思った直後、神様は
「その釜は餞別じゃ! 美味い米が炊けるぞ!」
神様は最後に上空から大声で叫び、昼間だというのに鮮烈な光を放ち飛んで行った。良い出会いと別れだったけれど正直、釜を置いていかれても困る。賃貸のワンルームに住んでいる僕には無用の長物だ。
なので実家に送りつけておいた。母には何事かと驚かれたが、田舎なので年末の餅つきのときにでも使うだろう。毎年、裏庭に臨時の竈を設置してもち米を炊いているのだ。きっと今年の餅は美味いだろうなと思い、今から帰省するのが楽しみになった。
後日、竈の神様は岐阜県の長良川付近で都市伝説となり、「カマドおじさん」だとか「BBQ神」などと呼ばれるようになったらしい。本人がその呼称をどう思っているのかはわからない。ガスコンロ神やIH神になるのは嫌だったようだが、BBQ神はいいのだろうか。運良く出会えると肉がより美味しく焼けるとかちょっとした幸せが訪れるとかで大人気だから、とりあえず楽しくやっていることは確かだろう。
ちなみに、先日僕が住んでいるアパートでボヤ騒ぎがあったが大事には至らなかった。竈の神様の加護のおかげだろうか。ありがとう神様。ちょっと不審ですごく愉快な神様が、千五百年先も栄えていますように。
行倒れ神に捧ぐ解決案 十余一 @0hm1t0y01
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