終章
moRe.天使といた夏
「八月二四日、映画初日舞台挨拶ということで、笹井絽薫さん、初監督作品、意気込みなどありますか?」
「そーですね。この作品は、まあ、バラエティとかでちょっと言ったかもしれないんですけど、子どもの頃の実際の経験から思いついたもので、やり応えてはかなりありました」
「脚本を読んだとき、どーでした?」
「完璧ですね。脚本を書いてくれたのも、高校からの友人で、新座明歩さんなんですけど、まあ、ホントによかった」
「教師役でも、あるんですよね?」
「えっ、やらせとか言われません? このやりとり。いや、まあそうですね。俳優としても友達としても仲のいい福居昇流が、がっつり協力してくれて。まあ、新人を原石たちを見つけようってことでね、今回は」
初監督を務めた映画の舞台挨拶をしているところだ。
「さあ、それでは役者陣にあいさつをしてもらいましょう」
会場がざわつき始めた。
「はい、えー、酒井琉偉をやりました、大宮翔吾です。主演に抜擢されて不安とプレッシャーで泣きそうな毎日だったんですけど、笹井監督がとてもいい人で……あの、すいません! 楽しくて役者って楽しいなって思ってやらせていただきました」
「徳居修二役の栗木季里人です。いつでもテンションマックス! セッションセッションセンセーション!」
「それ、俺じゃん」
会場に笑いが起きた。
「ヒロインの蒼木萌愛役の葉月二詩乃です」
☆ ☆ ☆
「八番お願いします」
「はい、葉月二詩乃です。よろしくお願いします」
「はい、トラックが過ぎていきました」
「大丈夫だよ」
「いいねー。じゃあ、桜の木の下に座ってから。お願いします」
「気持ちいいね。暑いけど、日陰でのんびりするのって」
「うん。百彩ちゃんがいるから余計に……」
「んっ?」
「なんでもない。もうちょっと休んでからやろ」
「うん」
「あれっ? 本物? なんかいいよね?」
【moRe.天使といた夏】のヒロインオーディション中だ。新人発掘ということで芸歴のほぼない子から素人まで、一次二次を勝ち残った子たちで最終審査だ。
「ちがうよ。わたしはね、あなたのおかげで幸せだった。ゴミ置き場にいたわたしは、何日もまともにごはんを食べていなくて、死を覚悟していた。そんなときにあなたが現れた。きれいに洗ってくれて、ミルクをくれて、ごはんをくれた。そして、一緒にいてくれた。わたしは、もう死ぬ運命だった。あなたは最後に愛してくれた。とても、うれしかったの」
「そんなこと、もし俺が、ちゃんと夜ミルクをあげてたら、雨に晒さなければ……」
「自分を責めないで。もし、あなたのいう通りにしていても、わたしには時間がなかった。部屋に上げていて、そこでわたしが死んでしまっていたら、あなたはもっと自分を責めていた。あなたは何も悪くない」
…………。
「それをわかってほしい」
「……もあ、大好きだよ」
「わたしも大好きだよ」
「会いたかった。ずっと、ずっと、夏が終わってから、何かおかしくて。でも、それに気づけなくて、頭の中で違和感だけが残ってて、たまに現れる、誰かの存在がどんどんと遠くなって——萌愛ちゃんがいないなんて、俺、これ以上、耐えられないよ」
「わたしもだよ」
「なら、これからは……」
「これからは、わたしのこと、ちゃんと忘れなきゃ」
「百彩ちゃん……」
涙が流れてきた。自分でもなぜだかわからないけれど、葉月さんの演技が上手かったからかなのか、いや、それはない。まだ台詞を喋っているだけのところがある。でも、本物ぽかった。本物? いやいや、本物はいないのに、何をおかしなことを思っているのか。
「監督? 大丈夫ですか?」
「えっ? ああ、ごめんごめん。葉月さんありがとう」
葉月二詩乃どこかで見たことがあるような、そんな変な錯覚が頭を混乱させそうだった。
演技はまだまだ特訓が必要だけれど、この子しかいないと、頭が心が全身が言っているようだった。どれだけ振りかわからない、噴火しそうな興奮が身体を駆け巡っていた。
☆ ☆ ☆
「うちは新川都子役の仲西祐奈です。毎日忙しくて大変だったんですけど、笹井監督はじめ、スタッフのみなさんもオンオフの切り替えがしっかりしてて楽しい現場でした」
「後、忘れてはいけないのが主題歌を担当した、榎園愛夏さんですよね? 今日はライブで会場には来ていないのですが……笹井監督どうですか? 順調ですか?」
「その質問はNGで、いや、まあそれなりに、なっ?」
俺は、高校を卒業して上京した。大学には行かず、養成所に行き、俳優の道を目指した。初めの頃はオーディションを受けまくって滑りまくって、やる気も失せそうだった。事務所の人に『やめてもいいんだよ、やる気ない人はいらない世界だからさ』そんなこと言われたら、逆上しちゃうよね? それから諦めずに受けていたら、戦隊ヒーローのレッドに抜擢され、それから色々、ドラマや映画、舞台にも出させてもらって人気俳優ってやつになった。そのときちょうど、福居はモデルをしながら俳優をしていて、カメレオン俳優なんて言われていたかな? まだ無名のときは『ハーレムって普通だよな?』なんてこと言っていた。今、リークしたら炎上するぞ。
新座は今、脚本家として、道を開いていって表にはほとんど出てきていない。『うちは、表でやるよりも、裏で指示っていうか、裏のボスみたな立場の方が合ってると思うの。支えるっていうか、ほら、高校の時も……』話しが長いのは未だに変わらない。
坂戸輝紀と三咲凛花は結婚をした。今は、二児のパパとママだ。それと、会社を起こして社長と社長夫人だ。
『うちの会社のCM出してやってもいいぞ!』満面の笑みで言われたときは笑いが堪えられなかった。
みんなそれぞれの道を進んでいる。昔のように、ふざけ合って、泣いて笑って、そんなこと今はほとんどない。でも、今でも変わらずにいい仲間で親友だ。
お互いのあるべき形が変わっても、関係は何も変わらない。いい友達に巡り合えて、本当に、ありがたいし、感謝しかない。
これからもお互いに前を向いて歩いて行きたい。
何かあれば、支えるし、協力できることは協力し合いたい。
あの夏、俺には何か特別な感情があった。それが何だったのか、今となってはよく覚えていない。きっと、誰もが通る青春の道だったんだと思う。
高校生して、部活して、遊んで、恋して、人生にたった一度しかない貴重な時間。
moRe. 天使といた夏
俺の青春の全てを詰め込んだ。脚本を読んだとき、まるで、本当に経験していたかのような感覚がして、涙が止まらなかった。本当にいいものを書き上げてくれた。
どうか、この思いが多くの人に届きますように。
「もあ、天使がいた夏は一番シアターでーす。まもなくでーす。」
ずっとこうしていたかった、あの夏のキスのように。 帆希和華 @wakoto_homare
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