第6話 始まりの終わり/エピローグ

「シキ。ソファで寝ないでください」


 誰かが言った。シキと呼ばれた男は、眠い目を擦って上体を起こす。

 朦朧とした頭で、周囲の状況を整理する。

 オフィスにある来客用のソファの前で、スゥが箒で床を掃いている。それだけだった。


「何をしてる」


「掃除です。事務方とはこういうものだと、近所のおばさまにお聞きしました」


「いつ話した?」


「二日前。あなたがポチを探しているときです。あなたこそ、昼間なのに、何をしているのですか?」


「ほっといてくれ」


「いいえ。シキが稼がなければ、私も死にます。それに……」


 スゥがなにかを言い終わる前に、扉が開かれた。


「やぁ、シキくん。元気にしてたかね?」


 そう陽気な物言いで入ってきたのは、エムだ。


「エムさん。おはようございます」


「やぁ、おはよう。スゥ。それにしても、君が女の子を雇うなんてね」


「悪いか?」


「益々、嫌な噂が立っちゃうだろうね」


 エムが笑いを堪えながら言った。


「それより、何の用だ?」


「おおっと、忘れるところだった」


 エムは、懐から封筒を取り出すと、屈んで、スゥに手渡した。


「事件の解決金だ。シキくん、新聞見たか?」


「いいや」


「あれ、私が連れてきてた部隊の手柄になったんだよ」


 それを聞いて、シキはため息をついた。


「当然だろう」


 その言葉に、スゥは首をかしげる。


「そうでしょうか? 新聞は、真実を伝えるものでは?」


「ふむ」エムは、手で顎をさすった。「まだ君には難しいだろうがね、世の中、知られたくない真実もあるものなんだよ」


「お前の仮面も、そうか?」


「横槍を入れないでくれよ。今回は、口止め料もふんだくってきてやったんだからな」


「口止め料?」


「嘘の対価だ」と、シキ。


「なるほどー」スゥが相槌を打った。


「正確には、違うけどね。ただ、この場合は似たようなものだ」


 エムが言った。


「捕まった人たちは、どうなるのですか?」と、スゥ。


「どうなるもこうなるも、証拠集めて、起訴して、裁判して、おしまいさ。今回は、妖異は関係なかったからね」


「なるほどー」スゥはしきりに頷く。


「まさか、妖のせいにするとは思わなかったよ。信じてない人だって、いるのにね」


 シキは、エムのその言葉に、引っ掛かりを感じた。

 妖異、バケモノ、そういう類を信じていない男が、あの村にいたはずだ。


「ツルサって男はどうした?」


 シキが口を開いた。エムはシキの方を向いて、少し考え込んだ。


「ツルサ? いや、あの村には、ツルサなんて人はいなかったね」


「なんだと?」


「名簿は全部洗ったさ」エムはサムズアップする。「さて、お金は届けたことだし、私はお暇するよ。スゥちゃん、シキをよろしくね」


 そう言うなり、エムはオフィスから出ていった。

 残るのは、シキと、出て行くエムに丁寧に頭を下げていたスゥだけだ。


「ツルサとは、どなたですか?」


「あの村の医者だ」


「逃げたのでは?」


「そうかもしれない」


 シキは、腑に落ちないながらも、それを記憶の底に沈めていく。どちらにせよ、もう終わったことだ。


「それにしても、嵐のような人でしたね」


 スゥがため息混じりに言った。


「スゥが珍しいからだろう。二人で話すときは、もっと大人しい」シキが答える。


「シキとは、会話が続きませんからね」


「悪かったな」


「いえ、私はあなたと話せるだけでも満足なので」


「そうか」シキは、ソファに寝転がった。「そういえば、さっきは、なんて言おうとしたんだ?」


「あぁ。シキ、あなたにお手紙です。ルエさんから」


 聞くやいなや、シキは飛び起きた。


「なに?」


 スゥは、仕事用机に備え付けられた小棚から一枚の便箋を取り出して、シキに手渡した。

 差出人は、スゥの言った通り、ルエだった。ひどく汚い字で書いてある。


「あいつ、文字が書けるようになったのか」


 シキはそう言いながら、スゥに便箋を手渡す。


「さっきの場所に、しまっておいてくれ」


「読まないのですか?」


「もう、読んだようなものだ」

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しがない青年探偵が、村娘の依頼を受けた結果、銀髪の美少女と出会う話 人生ノーヒットノーラン @Wrencorn

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