第5話 白熱/ウィル・オブ・ザ・ピープル

 シキとスゥは、連れ立って山を降りた。

 もう、夜も更けている。

 山道の麓側は、村の端につながっていた。村の一番山側、村の入り口からは一番遠い。


「スゥ。蔵前の民宿に戻る。ルエたちが危ないかもしれない」


「どういうことですか?」


「キミが襲っていないなら、まず可能性があるのは、他の妖異だ」


「そうかもしれません」


「そうじゃなければ、クマだ」


「その可能性もありますね」


「それでもなければ、ここに殺しができるようなヤツは……」


 スゥは何も言わずに、シキの言葉を待った。しかし、シキは口を閉ざしたままだ。やがて、シキは歩調を早め、走り出した。スゥもそれについていく。さしたる妨害もなく、シキたちは蔵前の民宿へとたどり着いた。

 戸が開け放たれている。


「くそっ!」


 シキは走り込んだ。

 夕方とは大違いだった。

 荒らされ放題だ。襖は破れ、家具は倒されている。


「ルエ!」


 シキが叫んだ。返事はない。彼の通された部屋に行ったが、そこも他と同じように、荒らされていた。もとより荷物はないから、問題はそこではない。ルエの身が危なかった。


「シキ!」


 スゥが部屋に駆け込んで、言った。その声に、シキは振り向く。


「どうした?」


「人が近づいて来ます」


「人数は?」


「一人ではありません」


「キミはここで待っていろ。僕が出る」


 そう言って、シキは急いで民宿を出た。

 山の方を向くと、いくつかの光が見えた。松明、ランプ、そういった類のものだ。

 それらが揺れながら大きくなって、こちらに向かってくる。

 男が、全部で六人ほど。


「村の男総出で、どうした?」


「あんたが、ミズホシか?」と、先頭の老人が頭をひと撫でした。かなり訛りが強い。


「そうだ」


「ムラオカの家に行ったな」


「行った」


「どうしてワシらの邪魔をする?」


 シキはわざとらしい笑みを浮かべた。面白くも、何ともなかった。


「邪魔だと? 何を邪魔したというんだ」


「最初は、事故だ」と、別の男が言った。つかつかと前に歩いて来て、近くのランプに照らされた。それで、大柄だとわかる。


「斧がすっぽ抜けて、隣のミヤオにあたったんだ」


「俺たちはバケモノのせいにした。全部丸く収まるからだ」


「ムラオカは、ボケてなかったんだな」


 シキは両手で杖を持ち直しながら言った。次の奥の手を使う必要がありそうだった。


「そうだ。だから、殺した。あの頑固ジジイに家族はいない。全部、丸く収まるはずだったんだ!」


 別の男が言った。手に鋤を持っている。


「それを、真に受けた蔵前が、探偵なんて呼ぶから! めちゃくちゃだ!」


「彼女たちをどうした?」


「さぁ? 親父と、母親は、今頃空の上で悔やんでるだろうよ!」


「ルエは?」


「お前が死んだら教えてやる!」


 そう言って、鋤を持った男が雄叫びを上げながら突っ込んできた。

 振り下ろしてくる。

 大振りだ。

 身を捩って交わして、

 地面を耕した鋤の柄を踏み抜く。

 シキの足が地面を砕いた。

 霊術。

 筋力強化だ。

 シキの使える、霊術の一つ。筋肉の一筋一筋に霊力を通して強化し、尋常ならざる力を発揮する。

 男はよろめいて体勢を崩す。

 その背中に、

 ステッキの先端を見舞う。


「やるのか?」


「うるせぇ!」


 大柄な男が突っ込んできた。

 十分にひきつける。

 男が斧を振り抜こうとしたのに、

 シキはステッキで男の肘を突いた。

 男がひっくり返って呻く。

 大股に飛び越える。

 目の前の男が、後ずさった。

 松明をステッキで弾き飛ばし、鳩尾に掌底。

 視界の端、鎌を振りかぶった男。

 それより早く、杖が男の手にめり込む。

 シキは、杖を伝わってきた骨の砕ける感触に、顔を顰めた。

 銃声。


「マタギもいるんだったな」と、シキ。


「おうよ。次は当てるぞ、探偵」男が、銃を構えたまま、叫んだ。


「よく見えるものだ」


「うるせぇ! 俺はこんなの反対だったんだ! 畜生!」


「人のせいにするのが得意なやつしかいないのか、ここは」


「てめぇ、ぶっ殺してやる!」


 男が叫ぶ。シキは、動かないまま腰に杖を当て、両手で握った。


「来い」


 再び、銃声。

 先程と違うのは、ほぼ同時に、金属同士が触れ合う、甲高い音が合わさったことだ。

 シキは、杖を、いや、その中に収められていた刀を抜いたのだ。

 仕込み刀。

 日常用品に化けた、剥き出しの殺意。

 元はと言えば暗殺や護身用に、それと悟られず持つためのモノだが、シキにとっては、官憲の追及を受けにくい、という点がもっとも重要だった。


「てめぇ、何をしやがった」


 シキは答えない。

 霊術で神経を強化し、飛来する弾丸を捉える。

 強化した筋力を使って抜いた刀は音速を優に超え、そのまま弾丸を刀の切っ先で掬ったのだ。

 掬われた弾丸は、シキの足元に転がっている。

 何も知らぬただのマタギが、それに気づけるはずもなかった。


 これは、奥の手の一つだ。霊術を行うための力、霊力の消費はとてつもなく激しいし、発動にもかなりの時間がかかる。シキは、身体強化は得意ではあるものの、霊力で傷つきやすい神経系へのそれは、力の込め方も、繊細にしなければならないからだ。

 すなわち、狙われてからでは遅い。

 シキがマタギに話しかけたのは、その時間を稼ぐためだった。


 シキは、地面を蹴って、マタギに向かって一息に飛び込む。


 次の引き金が引かれる前に銃を両断し、

 足払いで転けさせた。


「ひぃ!」


 ちらり、と横を睨む。

 先頭の老人だ。

 男は数歩後退りしたが、そのまま石ころに蹴躓いて尻餅をついた。

 シキはその男に歩み寄っていく。


「やめてくれ! たのむ!」


「大丈夫だ。死には……」


「そこまで!」


 やけにツヤのある声が、シキの言葉と歩みを止めた。演劇のようだった。彼は振り返る。そこには、わざとらしいシルクハットと仮面。真夏なのにコートを着ている。


「……エム。都合が良すぎるタイミングだな」


「なんだい、応援に来てみれば。妖異じゃなくて、人間退治をやってるとは聞いてないぞ」


「話せば長い。そこで少し待て」


 シキの言葉に、エムは肩をすくめた。


「自由にしてくれ」


「ありがとう」


 シキは、老人に近づく。


「ルエはどこだ? その家族は?」


「ク、クラマエ夫婦は殺っちまった! 娘はあとで若い衆に……」


「どこだ?」


 シキが語気を強めて言った。老人の方が震える。


「ム、ムラオカ邸だよ! お願いだ! 殺さない……!」


 老人が全て言い終わる前に、シキは老人の顎を蹴り飛ばした。


「説明、してくれるかな? 後ろに控えてる奴らに伝えなきゃならんのだ」


「歩きながらでいいか?」


 シキは、エムの答えを聞かずに歩き出した。

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