まとめ

ごく短いひとくち兄弟のまとめ



・明日滅ばない世界と、兄


「明日、世界が滅ぶとしたらどうする?」

 兄はありきたりで無意味な質問を投げかけてくる。

 二人で公園のベンチに座って夜空を眺めていた。俺ら兄弟に天体観測の趣味なんてないが、たまにはいいか、ということで。

「そんな仮定になんの意味があるんだよ。場合によるし、なるようにしかならないって」

 可愛くないな、と兄は笑う。可愛いなんて思われたくもない。

「美味しいものたくさん食べたいとかさ、好きな人と一緒にいたいとかさ。何を大切にしてるのか、振り返るきっかけの質問だってば」

「……まあ、できるなら、好きな人と一緒にいたいよ」

 好きな人、と言う発音がなんだかくすぐったくて、誤魔化すようにじっと空を見る。我ながら思春期みたいだ。

 空に光る粒の中で、星座というものがあるのかないのかもよく分からないし、星なんか見たって首が痛くなるだけな気がした。

「俺も大切な人と一緒にいたいかな」

 世界が明日滅ぶとしたら、ともう一度、歌うように兄は言う。

「しつこいな。世界は明日滅ばないって」

 だって、

「滅ぶのは、今日だ」

 あと一時間かそこらで、今日、世界は滅ぶ。

 言葉にすると怖くなって、兄と繋いでいた手が情けなくも震えて、「可愛いところもあるな」と言われた。可愛いなんて思われたくもない。



・兄がトマトを枯らしてる


 トマトが枯れてしまって悲しいとか兄がさんざん喚くので仕方ないから慰めに行ってやった。

 そもそもトマトを育てていたのも俺が一人暮らしを始めて寂しかったからだとかなんとか喚いて、うるさく、とにかく雑に、根気強く慰めてやる。

 そのうちなんだか変な空気になってしまって、その日そのまま兄と寝た。寝たというのは睡眠とかじゃなくて、つまり、そういうやつだ。

 まあそういうこともあるのかもな、と自分を納得させながら翌朝服を着ていると、モゾモゾ兄が起きてきて、泣いた後のような顔で、

「……次はメロンとか育てようかな」

 絶対育てるの難しいやつだろ、アホか、やめとけ、という言葉を飲み込み

「別に野菜が枯れなくても遊びに来るから」

 と言って慰めてやった。兄は少し笑って、

「俺との関係は遊びなのかよ?」

 うるせえなこいつ、もう二度と会いたくないかも。



・血縁じゃない兄


 俺たちはそっくりなのに、

「あなたたちは血が繋がってないの」

 と母が言うからよくよく調べてみるとそもそも俺たちには血が通ってなくて

 機械でできた兄の頭がその辺を転がりながら、

「そんなのありかよ」と言ってて

 ちょっと笑えた。



・弟を食う


 人間からおっかない生き物に生まれ変わった。

 というか、生まれ変わったと言っていいのかわからない。まだ「産まれてない」からだ。

 なぜおっかないのかというと、俺たちは母親の腹の中で、兄弟同士、食い合っていかないといけないのだ。なんでだかは知らないが、やめといた方がいいんじゃないだろうか? なんでこんなことしなきゃいけないんだ?

 幸か不幸か、俺は一番早く孵化したから、まだ孵化したばかりの、とても共食いなんてできる状態じゃない兄弟や、なんだったらまだ産まれてない兄弟ももりもりと食い尽くした。これは俺の本能によるものなので、罪悪感も嫌悪感もなかったが、残る前世の記憶が「マジか〜」とやや引いている。

 さて、そんなこんなでみんなペロリと平らげて、世界デビューの日がやってきた。出産だ。

 よいしょ、と海に飛び出してみる。ああ、明るい。世界ってすごいな!

 感激しながら母の顔を見ようとして……違和感に気づいた。

 もうひとり、いや、もう一匹、いる。こどもが。

 混乱しながら、とりあえず腹の中の習慣で、こいつも食ってやろうと口を開けると

「やあおい、ちょっと待てよ」

 とそいつは言った。

「待つもんか、覚悟しやがれ。俺は兄弟たちの分も生き延びるんだ」

「俺だってそうさ」

 なんだと? 思わず体を止めてしまった。こいつは腹の中の暗がりに紛れて、俺からこっそり逃げてまんまと産まれてきた卑怯者じゃないのか?

「知らないのかよ、母さんには腹がふたつあるんだ。俺たちは別の部屋で生き残った相棒ってわけだよ。だから仲良くしようぜ」

 推定相棒はそんなことを言った。「本当なの?」と母に聞いてみるが、母はよくわからない唸り声しか返してくれなかった。推定相棒は「バカだな、大人に言葉が伝わるわけないだろ」と言う。

 でも確かに俺は、産まれる前ならともかく、この広い海で、もうそれなりに育った兄弟をどうやって食えばいいのかわからない。

 だから推定相棒は保留としてやることにした。本当に母に腹が二つあるのか、食い殺さなくて良いのか、わからないまま。

 保留中の推定相棒は今日も呑気に「腹が減ったなあ」と泳いでいる。

 俺を食うなど考えもせず。



・兄の逆は弟


 女装したらめちゃくちゃ可愛くなってしまったので弟にも見せてやったら

「俺たち顔似てるし、俺が女装してるみたいで嫌だな」

 と言われた。

 俺は俺が女装してるだけでこんなに興奮してるのになんなんだよ? と思いながら自室に戻って鏡の前で少々エッチなことをしていたら弟がいつの間にか来ていて、

「女装した兄ちゃんが二人いると逆に興奮するかも」

 と言われた。何が逆?

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兄と弟 早野香織 @koyubikitta

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