第6話 穂高さんは好みが知りたい

 放課後になり、僕は生徒会室に向かう。

 クラスメートたちは部活だったり、仲良くなりはじめた生徒たちと一緒に帰ったりする。だが僕にとっての学園生活は、すでに生徒会室を中心に回ろうとしていた。

 生徒会室は授業を受ける校舎じゃなくて、美術室や音楽室のある棟に置かれていた。一番上の階の一番奥。

 穂高さんはすでに来ていた。入るなり僕は言われた。


「肝心なことを聞き忘れていた」


 僕は自分の机に鞄を置きながら訊く。


「今日遅かったのは、先生の話が長かったからですけど」

「君の所の担任は、意味もなく話を長引かせるからな。でもそれが聞きたいんじゃない」


 穂高さんは椅子を動かし、自分から近寄ってきた。


「私は君に告白する予定だ」

「それは知ってます」

「しかしだ、そもそも君が女に興味があるかどうか、知らない」

「あります」


 僕はごく当然のように返事をした。こっちは健康な高校一年生である。当然ある。

 穂高さんは言葉を切ると、じっと僕を見つめていた。


「本当か?」

「はい」

「誤解しないで欲しいんだが、同性愛に偏見があるわけではない。だが私は女として、男女の関係というものに憧れている」

「見てれば分かります」

「性的な男女関係も好きだぞ」

「ポルノ書いてますしねえ」

「そこで不安が発生する。果たして私は能島浩也君の好みのタイプなのだろうか、と」


 ずいぶん回りくどい会話だったが、これは穂高さん自身の不安の表れである。

 一緒にいるうちにだいぶ分かってきた。この人は頭がいいからちゃんと説明しようとするのに、同時に不安でもあるから会話の流れがおかしくなるのだ。ここだけ聞けば、変人と断言されても仕方がない。

 で、今は僕に好みのタイプを聞いているわけで、正直に答えることにした。


「特にないです」

「おいおい」


 穂高さんは呆れたように手をひらひらさせた。


「私は騙されない」

「騙してないですけど」

「体のいい断り文句だ。あるいは本気で答えたらめんどくさいことになりそうな相手に対する、使い古された返答にすぎん。待てよ、つまり君は私のことをめんどくさい女だと思っているのか」

「思ってなかったですけど、だんだん近づいてきました」

「めんどくさい女としては聞かずにはいられない。さあどんな女が好みだ」


 顔がぐっと接近してきた。綺麗なのでドキドキしてしまうが、冷静に見て僕の立場は尋問を受けている捕虜と同じである。

 しかし困った。さっきの答えが正解なんだ。別に理想のタイプがいるわけではなく、なんかいいなあと思ったら、多分それが理想。

 だけどこれを説明しても穂高さんは納得してくれそうにない。どうしよう。


「えーと、えーと、そうですね……」


 僕はとっさに答えた。


「穂高さんはどうですか」

「私?」

「穂高さんはどんなタイプが好みなんです?」

「特にないな」

「僕と同じじゃないですか!」

「むしろどんな男にも惚れることができる。これは欠点とも言えるだろう。万が一、連続殺人鬼シリアルキラーに惚れたりしたら厄介だ」

連続殺人鬼シリアルキラーなんかそうそういないと思うけど」

「だから高一の時に、そんな自分の好みに鍵をかけることにした。ところがその鍵をやすやすと解除したのが君だ。私は驚愕した。この男の子はルパン三世なのとかと」

「僕に、盗んだのはあなたの心ですと言って欲しいとか思ってませんよね」

「……思ってない」


 穂高さんはやや顔を赤くしていた。


「ともかく私は君の虜となり、好みの男と言ったら君になった。問題は君だ。さあ教えてくれ」


 また顔が接近する。思わず後ろに頭を引いたら、書類棚にぶつけそうになった。


「そんなにこだわるところですか?」

「当り前だろう。私が君の好みを知って、どうすると思う?」

「個人情報として売るとか……?」

「君の好み通りの女になる」


 穂高さんは言い切った。


「ショートヘアーが好きだと言ったらショートにするし、ギャルが好きならギャルになる。清純が好きなら清純になるし、だらしない女がいいならだらしなくなろう。どのような女にもなってみせる。なぜならそれが君に好かれる第一歩だからだ」


 もの凄い断定である。なんか腰に手まで当てていた。

 僕は意志の強さにおののくと共に、ほろりと来てしまった。必死というか真剣というか、とにかくこの人は真面目なのだ。どう考えても変だが、やはり本気だ。また思い知らされてしまった。

 こうなると馬鹿馬鹿しいと拒絶するのも失礼である。


「……別にそのままでいいですよ」

「それは答えになってない」

「じゃあ僕が、身長150センチ以下が好きって答えたらどうします?」

「なっ……」


 たじろぐ穂高さん。彼女の背丈は170センチ近くあり、僕よりほんの少し低いだけだ。


「わ、私に足を切れと……」

「できませんよね。だからそのままでいいです」

「いや、しかし」

「僕はいつもの穂高さんが好みです」


 僕は笑った。わざとではなく、自然と笑みがこぼれていた。

 穂高さんは顔を真っ赤にした。うつむき加減になると、椅子ごと後ろに下がっていく。

 顔を上げる。引き締まっており、何故か涙目だった。


「……ひ、卑怯だぞ。それでは私が、性格を改良しなくてもいいと言うことになってしまう……!」

「そういえばそうですねえ」

「絶対に駄目だ。君の好意に甘えていたら、本当の意味で清純巨乳女子高生が現われた時に、太刀打ちできなくなってしまうではないか」

「巨乳にこだわりないですけど」

「そうなったら私に残されるのは、百年は尾を引く失恋の傷だけだ!」


 彼女は僕の台詞を聞いていない。自分の机に戻り、スクールバッグを開けると机の上のものを流し込んだ。

 両手でしっかりと抱えている。


「このままここにいたら駄目になってしまう!」

「生徒会室ですよ?」

「見てろ、私は絶対、この性格を変えてみせる!」

「だからいいですってってば」

「私は能島君の理想の彼女になるんだー!」


 扉を勢いよく開けると、走り去ってしまった。

 後には僕と、開け放たれた生徒会室が残った。


「鍵、どうしよう……」


 穂高さんが持っていっちゃったんだよな。僕は解決策を思いつかないまま、さっさと帰れと言いたげなチャイムを聞いていた。

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