第4話 穂高さんは違いを知る 1
「昨夜思いついたんだが」
生徒会室で、穂高さんは僕に言った。
現在のところ、生徒会の役員は穂高さんと僕の二人なので、やることはわりとある。なので遊んでいる余裕はない。逆に考えると用を終らせてしまえば雑談しようが昼寝をしようが注意はされなかった。
穂高さんは勉強も雑用もテキパキおこなうので、用事を停滞させることがない。今日も日課をさっさと終らせていた。
幸い僕の雑用もすんでいたため、返事をする余裕があった。
「なんでしょう」
「私の性格を改良するには、君の協力が不可欠だ」
「またファミレス行きますか」
「いや、もっと効果的におこないたい」
彼女はホワイトボードを引っ張り出した。
なにごとなんだと思っていたら、左上に「佐々波穂高」と書いた。少し間隔を空けて右側に「能島浩也」とも書く。
それから横線をいくつも引き、さらに上から下へ線を引っ張って横長の記入欄を作った。
穂高さんはマーカーキャップを開けたまま言った。
「まずはお互いの違いを書きだしていきたい」
「僕もなんですか」
「目標が立てやすくなるし、性格改造マイルストーンの設定も楽だ」
いかにも「名案だろう」と言いそうな表情だった。いくら変人でもこんな綺麗な人を失望させたくないので、僕は賛同した。
「さすが生徒会長です」
「ありがとう。君に褒められると嬉しくて足が宙に浮いてしまいそうだ。そうやって数々の女を落としてきたんだな。油断も隙もない」
「さすがって言っただけですよ……」
「だが惚れた弱みで君がどんなナンパ男でも嫌いになれない。むしろ好きだ」
「これって告白では」
「弱みを見せただけで告白じゃない」
穂高さんはちらっとホワイトボードを見た。
「では最初に家族構成だ」
「お見合いみたい……」
「情報は勝利への鍵となる。見合いも恋愛も同じだ」
勝利って何だろう。僕と穂高さんは戦っているんだろうか。だが楽しそうな穂高さんに水を差すのもなんなので、口出しできなかった。
穂高さんは左端に「家族」と書き、自分の下側のある欄に「姉」と書いた。
「私は大学生の姉がひとりいる」
「僕にも姉がひとりと、あと妹です」
「どちらも君に似て素晴らしい人なんだろう。会っただけで惚れてしまうかもしれない。だが君への愛情はなくなったりしないから安心して欲しい」
「僕、姉と妹って言いましたよ」
「性別は障害にならない」
「穂高さんのお姉さんはどんな人なんですか」
「私そっくりだ」
外見なのか、ひょっとして性格が似てるんだろうかと僕が考えているうちに、彼女はホワイトボードに家族構成を記入した。
「御両親は」
「一緒にいます」
「うちは単身赴任中で、週末は母親が向こうに行く。能島君が来るなら土日がチャンスだ」
「えっ、行っていいんですか?」
「付き合ってないから駄目だ。ただ私も君への愛情を押さえられそうにないので、写真を貼って代わりにしようと思う。あとで撮らせて欲しい」
「いいですけど、壁に貼るんですか」
「プラモデルに貼る。MGリック・ドムだ」
僕の顔写真を貼られたモビルスーツを想像した。というか、この人プラモ作るんだ。
調子が出てきたのか、穂高さんは立て続けに質問をした。
「好きな食べ物。私は辛子明太子だ」
「渋いですね……」
「能島君は?」
「カレーライスです」
「無難だな。好きなテレビ番組は」
「お笑いです」
「私は天気予報だ」
「え?」
「だって明日の天気が分かるんだぞ。しかも一週間先まで予報されるなんて凄いと思わないか」
「考えたこともありません」
「スポーツは」
「サッカー。国際大会が好きです」
「私はエクストリーム・アイロニングだ」
「それなんです」
「危険な場所でおこなうアイロンがけだ。崖の際や海中などでおこなう」
「スポーツなんですか?」
「ネットで動画を探せば出てくる」
穂高さんはスマホを取り出すと、動画アプリを起動させて見せてくれた。外国人がスカイダイビングしながらアイロンがけをしている。コメントがたくさんついているし再生数も多い。メジャーではないだろうが、ある程度の認知はあるらしい。
「実在したんですね」
「私は嘘はつかない」
何故か彼女は得意げだった。
「好きな音楽」
「なんでも聞きますけど」
「私はセミの鳴き声が好きだ」
「あれ音楽なんですか?」
「森の音楽と言うだろう。好きな色は」
「青かなあ」
「私は色にとらわれる人生は送りたくない」
「ええ……」
「好きな動物」
「犬です。穂高さんは」
「イカダモかな」
「ひょっとして微生物ですか? ミジンコとかと同じ」
穂高さんが感心した。
「良く知ってるな。惚れたかいがあった」
「なんで好きなんですか……」
「好きなものに理由はない」
「これは理由つけましょうよ」
「趣味は?」
「ゲームとか」
「なるほど。人生はゲームみたいなものだな」
ホワイトボードに書かれた文字がいびつなものに見えた。僕のところは普通なんだけど、穂高さんのところは変を通り越して意味不明である。だって趣味のところに「人生とはゲームである」って書いてあるんだぞ。
当人は気にしてないらしい。
「学校の成績はどれくらいかな」
「まだ入学したばかりなんですけど」
「トップクラスにしよう。私が個人的に教えるから必ずそうなる」
「未来のことまで決まるんですか」
「いつも家に帰ったらどんなことをしている?」
「別に……。寝転がってマンガか動画見るくらいですね」
「私は官能小説を書いてるぞ」
「官能……ええ!?」
思わず声が出た。念のために言っておくが、興奮したのではなく、純粋に驚いたのだ。
穂高さんはきょとんとしている。
「難しい言葉だったか? ポルノだ。エロ小説」
「知ってますよ!」
「一年くらい前に、ふと自分と男子生徒をモデルにしたポルノを書こうと思いたったんだ」
「なんで……」
「筆がのってな。大河ドラマの原作になるくらい書き進んでいる」
「努力は認めます。嘘です。認めたくありません」
「実は男子生徒の名前は空けてあるんだ。Aとだけ書いてある」
そこでだ、とか言いながら穂高さんは咳払いをした。
「君の名前を入れてもいいだろうか」
「え……」
「嫌そうな顔をしないで欲しい」
「嫌じゃなくて困惑してるんです」
「ポルノだが純愛ものなんだ。だから好きな人の名前にしたい。能島浩也にさせて欲しい」
頭まで下げられてしまった。
僕としては複雑である。他人の創作物に登場するのは嬉しいけど、正直なに考えてんだと思う。ただ穂高さんはどう見ても本気だ。純粋なところだけはよく理解できた。
またしても僕に選択肢は用意されてなかった。
「……いいですよ」
「ほんとか!?」
「名前くらいならいいです」
「ありがとう」
にっこにこである。この人はどんな表情でも絵になるし美しい。今も笑顔の女神が舞い降りてきたのかと錯覚しそうだった。
ふと思った。
「その小説って見せてもらえるんですか」
いきなり穂高さんは後ずさった。
「なななななにを言い出すんだ! これはポルノだぞ! そんな恥ずかしいことできるわけないだろう!」
「だって僕の名前が」
「私と君がどんなことをするのか分かっているのか!?」
「想像ならできます」
「そんな想像今すぐ捨てろ! 私といやらしいことをしてるところが見たいなんて、能島君は本当にいやらしいな!」
「なんかおかしくないですか」
「おかしくない! 絶対に見せないぞー!」
なぜか穂高さんは、椅子の上でダンゴムシみたいに丸くなった。
僕は「じゃあ言わないでよ」と思ったが、仕草がわりと可愛かったので心の中で思うだけにした。
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