一斉内職

六野みさお

第1話 一斉内職

「一斉内職というのはどうだ?」


 そう提案したのは、学級委員長の中山《なかやま》だった。


 内職。大人であればいざ知らず、高校生にとって内職とは「授業を聞かずに勝手に勉強すること」である。多くの進学校では、受験に必要のない教科では内職が黙認されている。だが、彼らの学校は自称進学校であり、その地学教師は内職を絶対に許さなかった。


「なんだよ、一斉内職って?」


 友人たちが中山に質問した。


「つまりこういうことだーー」


 中山は自分の計画を説明した。


⭐︎


「えー、では、授業を始める。号令!」

「起立! 礼!」

「「お願いします!」」

「着席!」


 生徒たちは席に着くなり、全員がぱっとそれぞれの参考書を取り出した。


「えー、今日の授業は、雲の種類についてだ。そもそも雲というものは、高層雲と低層雲に分けられーーん?」


 地学教師はそこで初めて異変に気づいた。


「どうして誰も教科書を開けていないんだ?」


 生徒たちは黙々と内職を続けた。


「あっ! お前ら、内職をしているだろう。けしからん! 今すぐ教科書を開け!」


 誰も返事をしなかった。


「おい、中山! これはどういうことだ!」


 中山は数秒沈黙して、おもむろにこう答えた。


「私たちは全員、受験に地学は必要ありません。しかしながら、先生は私たちに内職を認めません。これは非効率的であり、私たちの可能性を狭めるものです。私たちは何度も内職を認めるように先生に要請しましたが、先生は全く認めませんでした。ですから、私たちは実力を行使します」

「なんだと……」


 地学教師は辺りを見回したが、全ての生徒が内職をしていることに気づいただけだった。


「ちなみに、私たちは全員教科書を持っていませんから、参考書を一人一人から取り上げても無駄です」


 そう告げた中山に対し、地学教師は最後の抵抗を試みた。


「お前ら、今すぐ教科書を教室に取りに行け!」


 地学教師はそう叫んだが、誰一人たりとも立ち上がる者はなく、ただ参考書のページをめくる音と、シャープペンシルの音が響いていただけだった。地学教師は仕方なく授業を再開したが、文字通り誰も聞いていないので、嫌になって教室を出て行った。


 余談ではあるが、その後この事件を聞きつけた幹部教師による会議によって、このクラスから地学の授業は外された。


 中山がこのような実力行使をするのがその近道だったかについては疑問が残るが、とにかくそれがその学校であった出来事の全てであった。

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一斉内職 六野みさお @rikunomisao

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