【ショートショート】カジノ荒らし殺し【4,000字以内】
石矢天
カジノ荒らし殺し
「プレイスユアベット」
ディーラーの合図で、プレイヤーたちがベッティングエリアにチップを置く。
プレイヤーのひとりとして座っている
ここはいわゆるカジノ。
毎晩のように大金が飛び交う賭博場である。
そこは多くのお客にとっては刺激的な遊びに興じる遊技場だが、ギャンブルで生活している黒戸にとっては仕事場である。
「スピニングアップ」の掛け声と共に、ディーラーがホイールにボールを投入する。
シャーッと心地よい音が響くこのゲームはルーレットだ。
ルーレットには300年以上の歴史がある。
もっとも古いカジノゲームのひとつであり『カジノの女王』とも言われている。
それだけに、ルールに難しいことは何もない。
ボールが落ちた場所の数字が当選番号、チップを置いた場所が当選番号を含んでいればプレイヤーの勝ち、外れればチップは没収、ただそれだけの簡単なゲームだ。
黒戸はスーーッと空気を吸う。
「ノーモアベット」
これは締め切りの合図。
ここからはチップを動かすことはできない。
ホイールを走っていた玉の勢いが弱まり、カランと音を立ててボールが落ちた。
赤の12。
黒戸の賭けたチップは2倍になって戻ってきた。
その後も勝ったり負けたりを繰り返しながら、黒戸はチップを少しづつ増やしていく。
「次が最後のゲームとなります」
つまりはそろそろ閉店のお時間。
「プレイスユアベット」
合図とともに、黒戸はこれまでに稼いだチップを全て赤いエリアに置いた。
「スピニングアップ」
ディーラーがホイールに玉を投入した。
黒戸はいつものように大きく空気を吸う。
ディーラーから発せられる匂いを、なるべくたくさん吸い込む。
(この匂いは……)
黒戸はディーラーの顔を一瞥すると、「ノーモアベット」の掛け声が入る前に、赤いエリアに置いていたチップを全て黒いエリアへと移した。
はたして、ボールは黒の28へと吸い込まれていった。
結果、黒戸のチップは倍になって戻ってきた。
「お見事です」
「いや、偶然ですよ。ツイてました」
ディーラーの賞賛に、黒戸が笑顔で答える。
(今日も楽勝だったな)
ディーラーがボールを放るときに放つ勝負の匂い。
黒戸はその匂いでディーラーが狙っている色を知ることができる。
今夜も黒戸は財布をパンパンにしてカジノをあとにした。
「絶対におかしいです。黒戸の野郎、絶対なにかやってますよ!」
閉店後のカジノでディーラーが口を尖らせていた。
彼はここ数日、黒戸との大きな勝負に5連敗を喫している。
「最後の大勝負で負けなし、なんて普通じゃありえない!」
「そんなこと言ってもよぉ、ルーレットで落ちる目を確実に当てるなんてぇ、どう考えても不可能だろぉ?」
「それは! そのはず……なんですけど」
先輩ディーラーの言う通りだった。
しかし偶然という言葉で片付けるには、偶然が続きすぎている。
「あとはそうだなぁ。お前の表情だとかクセだとかぁ、そういうところをよぉ、見抜かれてんじゃねぇかぁ?」
「なっ!? いくら俺だって、流石にそんなヘマしませんよ!」
「俺もそう思いたいんだけどよぉ。まぁ、次は俺が相手してやるからよぉ、側で見てろってぇ」
「……うっす」
彼は素直に先輩の言うことに従うことにした。
数日後、再び黒戸がカジノへとやってきた。
最初はいつものように勝ったり、負けたり。
ルーレットの必勝法とも呼ばれる『マーチンゲール法(勝つまで倍額のチップをかけ続ける、いわゆる倍プッシュ)』なんかはやっているが、それは他の客も同じだしルールの範囲内だ。
特に怪しい素振りはなく、閉店の時間が近づく。
「次が最後のゲームとなります」
彼はプレイヤー全員にラストゲームを告げると、最後の大勝負の役目を先輩ディーラーへ譲った。
もし先輩ディーラーが言うように彼の仕草に問題があるのであれば、選手交代は黒戸にも効果があるはずだ。
「プレイスユアベット」
しかし、黒戸は微塵も動揺を見せることなく、いつも通り全てのチップを赤いエリアに置いた。
結果は黒戸の勝ち。
しかし、一度や二度なら偶然の勝利もある。
先輩ディーラーは臆すことなく再戦を挑み、再び負けた。
そして今夜が3回目の大勝負。
黒戸のチップは全て赤いエリアに置かれている。
しかし黒を狙ってボールを放れば、きっとチップを横にズラしてくるだろう。
そう思えてしまうくらいには、黒戸の読みを信頼してしまっていた。
「スピニングアップ」
先輩ディーラーがボールを放った。
黒戸がいつものように深呼吸をしている。
黒戸が先輩ディーラーの顔を見て、ニヤリを笑った。
そのまま赤いエリアに置いていたチップを、まるごと『0』と『00』の間に移動させた。
ルーレットは赤、黒に分けられた1~36の番号のほかに緑の番号が存在する。
それが『0』と『00』だ。
1~36の番号は赤or黒、奇数or偶数、12数字同時賭けなど広く賭けて小さく稼ぐことができるが、『0』と『00』はピンポイントで当てなくてはならない。
もちろん、勝てばそれだけ大きな配当が戻ってくるのだが……リスクの高い賭け方になる。
それを黒戸はためらいもなく『0』と『00』の2数字賭けに踏み切ったのだ。
当たれば、賭けたチップが18倍になって戻ってくる、まさに大勝負。
結果は、言うまでもなく黒戸の勝ち。
先輩ディーラーは完膚なきまでに叩きのめされた。
「アイツはよぉ……バケモノだぁ」
閉店後のカジノでは、先輩ディーラーがすっかり心を折られていた。
あの神業を見せつけられて「偶然だ」と言い張れるようなディーラーはいない。
どんな方法を使っているのか、彼には全くわからないが、黒戸が最後の大勝負に必ず勝つという結果だけは絶対なのだ。
「……仕方がない。黒戸を出禁にしよう」
「店長、それは!」
出禁とは『出入り禁止』のこと。
イカサマ(不正行為)の現場を押さえたわけでもなく、ただ勝っているだけのお客を出禁にするというのは「もう勘弁してください。来ないでください」と泣きをいれるということであり、カジノ側の完全敗北を意味している。
しかし、このまま黒戸に勝ち続けられるのはカジノにとって大きな痛手。
もし他のお客まで、最終戦で黒戸の選択に乗っかり始めたら収拾がつかない。
カジノが本格的に荒らされる前に、頭を下げてでも対処しようという店長の判断は、おそらく間違っていない。
しかし彼はまだ諦めていなかった。
「店長……、ひとつだけ試したいことがあります」
数日後。
黒戸が再びカジノへとやってきた。
「いらっしゃいませ。黒戸様」
ボーイに案内され、いつものようにルーレットの前へと座る。
しかし、いつまで経ってもディーラーは黒戸の前に姿を見せなかった。
「プレイスユアベット」
ディーラーがいないにも関わらず、無機質な高音がベット開始の合図を告げる。
「スピニングアップ」
再び無機質な高音が響く。
無人のルーレットでは、パチンコの射出台のような機構から飛び出したボールが、シャーッと心地よい音を立ててホイールを走っていた。
彼が店長にした提案。それはこのカジノにあるルーレットを全て機械化してしまうことだった。
黒戸がどんな方法でディーラーを攻略しているのか、そんなことに頭を悩ませるくらいならディーラーという部品を取り換えてしまえばいい。
「ハハッ。ハハハハハハ!!」
無人のルーレット、自動で射出されるボール。
当然、そこに勝負の匂いなど存在しない。
しばらくの間、その様子を眺めていた黒戸が急に腹を抱えて笑いだした。
そして一言。
「俺の負けだ」とつぶやいた。
運否天賦で賭博する者はプロのギャンブラーではない。
プロとは勝つ
その日を境に、黒戸がこのカジノを訪れることは二度と無かった。
【了】
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