第4話 小説家は天使を求める:page3
「なーに見つめちゃってんの」
ベシッ!!と後頭部をはたかれた衝撃で僕は正気を取り戻した。
余程呆けていたらしい。桜花の平手はかなり痛いはずなのだが、今回はさほど痛みを感じなかった。
「悪い」
「ま。別にいいけどさ。あんだけかわいい子居たら見とれちゃうよねぇ」
「そんなんじゃないよ」
「えー!絶対見とれてたって」
なかなかにしつこいな。見とれていたのは桜花の方だろう?
などと文句はあったが、呆けていたのは事実だ。見とれていたと解釈されるのは仕方のない事なのかもしれない。
時間だ。そろそろ一般参加の客が入ってくる頃だろう。
切り替えてガンガン売っていかないとな。
そう覚悟を決めたつもりだったのだが……。
◇◆◇◆◇
「マジか」
「足りなかったね……」
わずか1時間で300冊全て売れてしまった。
てんやわんやとはきっとこういう状況を言うのだろう。とにかく忙しかった。
他のサークルの方は暇とは言い難いが客足もまばらで、客とコミュニケーションをとっているところも多く見える。
作家とファンの交流もこのイベント醍醐味の一つだ。
そういう意味では今回の即完売は素直に喜べないが、まぁ売れ残るよりはいいだろう。
それに僕も行ってみたいブースがあったからな。時間に余裕ができたのはいいことだ。
目当てのブースは三階の端にある、以前から気になっていたアニメーション制作を行なっているサークルのブースだ。名前は確か[アダマス]だったか。
3Dキャプチャー技術を利用した超立体的な作画と優秀なSE技術者を持つアダマスの売り場は、それはそれは混みあっている。うちも大盛況ではあったがここと比べると見劣りするだろうな。
並べられているのは件のアニメが収録されたDVDだ。
後ろの大画面モニター(というよりはテレビだな)にはPVらしき映像が流れている。そのクオリティは流石の一言。
『お願い……助けて……!!』
PVの最後。ヒロインであろう女性キャラクターのセリフだ。
どこかで聞いたことのあるその声はとても可愛らしいものだった。
はて?一体どこで聞いた声だったか。朧げな記憶をたどっても心当たりは無い。
似た声質の声優さんでも居たかな。
などと考えていると、一人の少女が声をかけてきた。
「あの。とべっちさんですよね」
とべっちさんって……。愛称と敬称を混ぜないでくれません?
まぁいいけど。
「はい。あなたは?」
「私は香澄といいます。先程はうちの美鈴がお世話になりました」
「美鈴?」
「ええ。あの娘です」
そう言って指した先にあるのはPVが流れているモニターだ。ちょうどヒロインが映っている。
あのキャラクターの担当声優のことを言っているのだろうか?
「先程とべっちさんのサークルにお邪魔したと伺っているのですが……」
「ああ!!」
本開始前に来たレイヤー。彼女があのキャラクターの担当なのか。
確かに面影がある。だがこれは……。
―――好きになれそうも無いな。
声豚小説家は彼女の声を求めてる(仮) 水咲雪子 @Yukimura_Haruto
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