【ショートショート】CRY【2,000文字以内】

石矢天

CRY


 省吾が7年ぶりに帰ってきた。


 いつもふたりで過ごしていたあなたの部屋で、あの頃と同じように肌を合わせて寄り添っている。あたたかな体温が背中越しに伝わってくる。


 部屋の壁にかかっているのは、中学から高校まで部活でやっていたサッカーのユニフォーム。部屋の隅に立てかけられているのは、高校生の頃にバイト代を貯めて買ったアコースティックギター、難しくてすぐに弾かなくなっちゃったんだよね。


 部屋はあなたが出ていったときのまま。時が止まったかのように変わらない。

 ようやく帰ってきたか、と喜んでいるのは私だけじゃないと思う。


 省吾、やっと会えたね。



「ぜんぜん帰ってこれなくてごめんな」


 開口一番。久しぶりに会った省吾の第一声は謝罪だった。


 本当だよ。急に「県外の大学に行く」っていなくなって、そのままあっちで仕事まで見つけちゃって。それっきり姿を見せてくれなくなって。


 私がどれだけ寂しい想いをしていたか、少しは想像してほしいものだ。

 申し訳なさそうな顔をする省吾を、私は無言でジッと見つめる。


「そんな目で見ないでよ。……悪かったって」


 省吾は手のひらに小さな円柱型のドライソーセージを乗せて、私の方にグイと差し出した。


 もしかしてそれは、お詫びのつもり?

 おあいにくさま。私はそんなわかりやすいご機嫌取りには乗りませんよ。


 私がスンと無視を決め込むと、省吾はハァと小さくため息をついて、ドライソーセージをそのまま自分の口に放り込んだ。


「好きだったんだ、高校のとき」


 そんなこと。もちろん知っている。

 高校のとき、どころか小学生の頃から大好きだったことを知っている。


 個包装されたオヤツ用のドライソーセージ。

 省吾があんまりモリモリ食べるものだから、お母さんが心配して、一日に食べていい数を決められていたのも知っている。


 でも、あなたはあの頃とはすっかり変わって、ドライソーセージの袋に次から次へと手を伸ばすようなことはしなくなっていた。


「お前にも食べさせてたら、父さんに叱られたっけ」


 そうそう。

「そんなもの食べさせるんじゃない」って袋ごと取り上げられたよね。


 味が濃くて塩分も強いから、あんまり身体に良くないから。


 話すことがなくなったのか、省吾が黙ってしまった。途端に部屋が静寂に包まれる。


 もっとあなたに色々と話して欲しいんだけどな。


 この部屋を出て行ってから、どんなことをしていたのか。どんな人と出会ったのか。楽しかったこと、辛かったこと、なんでもいいから。



「久しぶりに……一緒に散歩にでも行くか?」


 なんと7年ぶりのお誘いだ。

 気持ちはとても嬉しいのだけど、もう私には散歩に行く気力もない。


 もう2年、せめてあと1年早ければ、喜んでお供させて頂きましたのに。


 あなたもきっと、そんなことはわかっているんだよね。

 今の私の状態は、お父さんやお母さんから聞かされているだろうから。



「お前さ……。本当に……もう、ダメなのか?」


 あ、やっぱり、その話になっちゃう?


 そうなの。もうダメなんだって。

 他人から言われなくても、自分でわかっちゃうくらい、ダメ。

 あなたが語りかけてくれているのに、返事をすることもできない。イヤになっちゃう。


 これでもお医者さんがビックリするくらい長生きしたんだからね。

 あなたが間に合ってくれて本当に良かったよ。



 私は黙って省吾の目を見つめる。


 省吾の目はプールからあがったときみたいに真っ赤だった。

 省吾の目はウルウルしていて瞳が輝いて見えた。


 省吾の目から、もう限界とばかりに雫がポロポロとこぼれ落ちた。


 ああ。泣かないで。

 私はほとんど残っていない力をふり絞って、ゆっくりと立ち上がる。


 座っているあなたの顔。そのほっぺが、ちょうど私の顔の位置。

 本当に大きくなったね、省吾。


 出会った頃はもっとまん丸な顔だったし、私が立ち上がったときに見えたのはあなたのオデコだったのに。


 私は省吾のほっぺをペロリと舐める。

 当たり前だけど、ちょっとしょっぱかった。


 もうこれが、きっと最後。

 私は省吾を励まそうと腹の底に力を入れて――


「…………わん」と鳴いた。


 省吾は一瞬驚いた表情して、すぐに顔をクシャッとさせてワンワン泣いた。

 私は……もう鳴くことはできなかった。


 ごめんね。ありがとう。大好きだよ。




      【了】




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【ショートショート】CRY【2,000文字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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