第4話 魔法銃の構造


 親父の銃の基本的な理屈は、既に親父が元にした銃という物の理屈を大幅の越えていた。


 銃。

 つまり、鉛の玉を相手に飛ばして攻撃するという武器は、親父が生まれる前から存在していた。


 火縄銃と呼ばれる兵器だ。


 けれど、それは幾つもの課題を持っていた。


 第一に天候問題。

 基本的に、銃は雨や嵐の日には使えなかった。


 第二に性能の低さ。

 戦場で、一発一発弾を込めている時間はない。

 精密射撃を可能なだけの安定性も無い。


 第三に魔法という対抗馬の存在。

 魔法は基本的に道具も無しで、銃よりも火力の高い攻撃を行える。

 そして、魔法による結界は銃弾を弾く。

 身体強化中の人間なら、銃弾を受け止める事すら可能。


 3つの課題。

 それを親父は克服しようとした。

 それは、誰もが銃を諦めた課題だった。


 正直、俺は驚愕した。

 俺が工房に入った時点で、殆ど完成されていたのだ。

 親父が考案したこの3つの弱点を完全に克服した銃。

 正式名称を、カートリッジ式魔法銃。


 銃の機構に関して、親父は3つの発明をした。

 薬莢、耐魔力ライフリング加工、そして燃焼式符だ。


 薬莢によって、全天候性能を。

 ライフリングの特殊加工は命中精度の向上と魔法弾に耐えうる耐久を。


 燃焼式符は結界に対する対策を。


 式符は、銃弾内部の薬莢と鉛の中間に挟まれる様に設置されている。


 式符とは、魔法を記憶しておく道具だ。

 それを加工した燃焼式符は、燃え尽きる事で術式効果を発動させる。


 発揮された術式効果は銃弾に付与される仕組み。


 相手が魔力で身体を強化し、結界を張るのなら、こちらも攻撃にも魔力を乗せればいい。


 それが、親父の考えた理屈。


 けれど、確かにそれは理に適っている。


 パン!


 街からかなり離れた森の奥で、拳銃の引き金を引く。


 すると、弾は確かに真っ直ぐ飛んだ。

 銃身のノックバックは、俺程度の身体強化で抑え込める程度。


 音速を越えるスピードで、致命傷に相当するダメージを与えられる性能。

 確かに、強い。


 何よりも、貫通力だ。

 式符に込められた加速の術式が、弾丸の貫通力を高めている。

 この術式は、対象が既に持っている物理運動を強化する効果を持つ。


 大木3本を貫通し、銃弾は4本目の木の半ばまで練り込んでいた。


「雷と火か」


 式符の作成には、確かにその2つの属性が要る。


 発砲時にも魔力は必要だ。

 消費量は極僅かだが、無いと銃弾は飛ばない。

 親父の開発した雷管は完璧では無かったのだ。


 火薬の調合によって、様々な種類の火薬が完成された。

 それを用いて、親父は薬莢を作った。


 だがしかし、薬莢は完璧では無かった。

 どうしても、意図したタイミングで起爆させる事ができなかったのである。

 恐らくは、弾薬構造に式符を混ぜた事が原因だろう。

 爆発の密度が変化したのだ。


 その雷管のデメリットを抑え込む機構は、魔力的な構造にせざる終えなかった。

 物理構造上、これ以上の付属物は入れ込めない。


 銃内部には、雷管の代わりとなる魔法陣が存在する。

 そこみ火か雷の魔力を流す事で、リベリオンは完全な銃弾を放つ。


「バカな話だ」


 銃の完成に足りなかった物はたった一つだけ。


「俺が、これを握る事だけだったんだから」



 ◆



 親父、俺はあんたの作り上げた力を自己満足に使うぜ。


 人助けとか。

 クソ親父の才能と認めさせるとか。

 そんな下らいない事には使わない。

 ただ、礼は言っとく。


 ミレイを守れる力をくれて、ありがとう。


「テメェ、俺にこんな事をしてただで済むと思ってんのかぁ!?」


 目の前でボルフが足から出血しながらそう吠える。

 俺は、冷静な表情で銃口を奴へ向けている。


「殺す。必ず殺すぜ。

 必ずお前をぶち殺す!」


「はっ。

 それしか言えねぇのか?」


「俺が誰か分かってんだろうなぁ!?

 テメェは、この街の裏全てを敵に回した!」


 俺には確信がある。

 親父の言葉なんて、昔は全く信用できなかった。

 なのに、今は完全に信じている。


 この魔法銃という武器は、きっと世界を変える。

 今までのあらゆる魔法、武力が無意味に帰す。

 それだけの力を持っている。


 パン。


 乾いた音が店内に響く。


 次の瞬間。


「うっ、うがぁあああああああああ!」


 ボルフの絶叫が響いた。


 これで両足は満足に使えない。


 魔術師の行動には初動にラグがある。

 無詠唱で発動できる身体強化であっても、魔力を全身に流す作業が必要になる。


 対してリベリオンにそれはない。

 銃内部の魔法陣に一度魔力を通してしまえば、弾倉内の全ての弾丸を打ち出せる程度の効果時間がある。


 つまり、今から魔術でリベリオンと対抗するのは絶望的に不可能だ。


「勘違いするな。

 殺されるのはお前の方だ」


 殴られた傷が痛む。

 ナイフで切られた切り傷が疼く。


 親父が俺に言い聞かせて来た、下らない『プライド』が叫ぶ。


「なぁ、理解してるか?

 俺は今から、お前を殺すぜ」


「あ……」


 呆けた表情で、ボルフはそう零す。

 今更理解したのだろうか。

 まさか、自分は絶対に殺されないとでも思っていたのだろうか。


「くっ……!」


 ボルフの眼光が鋭くなった。

 片腕を掲げ、口を開く。


「ウィンド……」


 パン。


「ぐ、ぐぅぁああああああああ!」


 右腕が吹き飛ぶ。

 同時に、手先に集中された魔力は霧散した。


「ま、待ってくれ」


 ボルフが涙を流し始めた。

 四股の3つを失って、漸く理解したらしい。


 もう、お前の死は確定している。


「俺はお前の事は嫌いだが、理屈が間違いだと思ってる訳じゃない。

 強い奴の意思が通り、弱い奴が負ける。

 至極全うな理屈だと思う」


「なんでもする。

 金でも女でも、権力でも!

 全部お前にやる。

 だから……」


「お前の後ろに居るっていうマフィア、それと貴族の事。

 全部吐け」


 銃口をボルフの額に密着させ、俺は静かにそう言った。


「わ、分かった!」


 ペラペラとボルフは喋り始める。


 貴族の事。

 マフィアの事。

 構成団員数。

 拠点の場所。

 頭の名前。

 その他、癒着している重鎮の情報。


「そうか。っふー。

 助かった」


 銃をクルリと回す。

 銃口を掴み、柄の部分でボルフの首をぶん殴った。


「がっ……!」


 ボルフは気絶した。


「アマトく……」


「アマト!」


 ミレイのお父さんの声を遮り、涙を浮かべた少女が俺の名を大きく呼んだ。


 ミレイはそのまま、俺の身体に飛びついて来た。


「怖かった」


 涙を流してそう言うミレイを見て、俺は頭を掻く。


「遅くなって悪かった。

 それと、ちょっとグロテスクなシーンも見せたし」


「違う。

 アマトが悪い人になっちゃったのかもって、怖かった」


 殺意はあった。

 殺す理由など幾らでもあった。

 銃の殺傷能力の証明という興味もあった。


 けれど、俺はボルフを生かす選択をした。


「ただ、強くなっただけなんだよね?」


 俺の胸から顔を出し、上目遣いで見て来る彼女に俺は微笑む。


「強い道具を手に入れただけだよ。

 別に、俺が変わった訳じゃない」


「そっか……そうだね。

 アマトは最初から、強かったもんね」


 一件落着。

 なんて訳も無い。

 いいとこ0.3件くらいだ。


 問題なのはボルフじゃない。

 マフィアなんて組織と、ミレイを狙う貴族の存在だ。


「ミレイ、多分俺はこれから人を殺すと思う」


 今回は相手が1人だから、気を使う余裕があった。

 殺さずとも制圧できた。

 けれど、相手が多いならワンショットワンキルを徹底するのが、最も安パイだ。


「お父さんも、それでもまたここでコーヒーを飲んでもいいですか?」


 我欲を満たす為に俺は人を殺す。

 ミレイを守りたい。

 店を助けたい。

 俺の周りを幸せにしたい。

 全て、ただの欲望だ。


 その欲求を満たす為に、俺は人を殺す事を決めた。

 殺人鬼と変わりなど無い。


 返答は。


 来るなというならそうしよう。

 人殺しに出す物など無いと言うのなら、姿を消そう。

 その決心で最後に聞いた。


「あいつがするより、私は君の方がいい」


 ボルフに視線をくべり、ミレイは言う。


「でももし、どうしても耐えられなくなったら」


 ミレイが口を俺の耳元に寄せて言う。


『私が君を殺して上げるから。安心して』


 どうやら、俺が知っている以上にミレイは強い女だったらしい。

 その瞳には不安の色が見て取れる。

 けれど、それ以上に決意は固まっていると表情で示していた。


「アマト君は、オレンジジュースじゃ無かったかい?」


 茶化す様に、お父さんがそう言って笑ってくれた。


「まぁ、それも好きですけど」


 そう言って、俺は笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る