第3話 反逆の狼煙
「そんでぇ、金は用意できたのかい?」
カフェのテーブルの上に足を乗せる。
男の名はボルフ。
巷では黒い噂の絶えないB級冒険者である。
「いえ……」
店主はそう答える。
待ってましたとばかりに、ボルフはにやける。
その視線の先は、店主の隣にいる看板娘。
ミレイだった。
「そんじゃあ、代わりにそっちを貰ってくしかねぇな」
店主の借金とは、そもそもこの男とその仲間が破壊した内装の修理費だ。
その内装修理の為の借金取りを、どうしてこの男がやっているのか。
決まっている。
全ては最初から仕組まれていた事なのだ。
悔しさに、奥歯がギシギシと鳴る。
しかし、抵抗は無駄な事は分かって居る。
相手は冒険者。
自分は高がカフェの店員。
力量差は明確。
冒険者ギルドに守って欲しい、という依頼を出した事もあった。
けれど、返事は良い物では無かった。
逆に、闇金の男は喜々として店主の信用以上の金を貸した。
全ては、ミレイを奴隷に堕とす為の策謀。
それに気が付いた時には、もう全てが遅かった。
「ミレイ……」
小声で、店主が呟く。
「……?」
「逃げなさい」
「まっ」
そう言って、店主がボルフに飛び掛かった。
「今のうちに! 早く!」
手には調理用のナイフが握られていた。
しかし、その行動と武器、強さでは足りない。
ボルフの顔色は全く変わらなかった。
「ガキがテメェは」
冒険者特有の反応速度、身体能力を以て、店主の腕が掴まれる。
そのまま、腕を捻り上げられナイフが手から零れた。
「往生際が悪いぜ」
「う、ぐぅ……!」
そのまま、腕が少しずつ捻られていく。
その度に、店主の悲鳴が大きくなっていった。
「や、やめて!
私が狙いなんでしょ、父さんは関係無いじゃない」
震えている。
目尻に涙が溜まっている。
それでも、ミレイは気丈に叫んだ。
「そうだな。
じゃあお前が、床に頭擦り付けて俺の靴でも舐めろ。
そうすりゃ、この腕は勘弁してやってもいいぜ」
下衆な笑みを浮かべ、ボルフはそう提案した。
「……」
「ミレイ、今の内に逃げるんだ。
こいつは僕が抑えるから」
「うるせぇぞ、おっさん」
腕が更に締まる。
「うぐっ……!」
「わ、分かったから。
やめて!」
カフェの前には多くの通行人がいる。
カフェの中はガラスで外から見える。
けれど、通行人が心配そうにチラリと覗くだけで誰も助けてはくれない。
相手は悪童ボルフ。
関わればどんな目にあうか、分かった物ではない。
見て見ぬ振りをするのが正解だ。
「父さんを放して」
床に手を付きながら、そう願う。
その様に、ボルフの愉悦の籠った笑みが止まらず溢れる。
「いいぜ。
さっさと靴を舐めな」
そう言って、店主を突き飛ばした。
――その瞬間だった。
「よくやった」
その声よりも速く、何かが店内を走った。
パン!
遅れて音が響く。
何かが弾けたような音。
「ぎ、ぎゃぁああああああああああああ!」
店内に男の野太い悲鳴が木霊する。
良く見れば、男の足から血が滴り落ちている。
カラン。
その音は客の入店を知らせるベルの音だ。
「よぉ、クソ野郎」
「アマト……?」
涙を撒きながら、ミレイは顔を上げてそう呟いた。
「ちょっと待っててくれ、今からこいつもこいつの後ろに居る奴も纏めて潰すから」
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