第2話 リベリオン
馬鹿ほど散らかってんな。
親父の工房。入ったのは3年振りくらいな気がする。
銃の研究開発なんて興味なかったし。
けど、親父は毎日の様にここで寝ていた。
飯もここで食ってたみたいだし。
作っては失敗し、作っては失敗し。
いつか1度成功すればいいのだから。
そう言って、終ぞ成功する事は無く死んでいった。
死の間際。
もう少しだった。
そう言っていた。
どこまで本当か分かったモンじゃないけどな。
なんで、ここに入ったんだろうか。
ミレイやお父さんの事が気がかりだから?
ここに在る研究成果を然るべき場所に売り払う。
そうすれば多少金になるかもしれない。
親父が死んで、ここを引き払おうとでもしたのか?
研究成果など、恨みの感情のまま全部燃やしてやろうか。
全部違う。
なんで俺はここに来たんだろうか。
親父が生きた頃は、寄り付く事すら無かった。
俺や母さんが、働いている横で、親父は銃の話だけは楽しそうにしていた。
そんな姿が、本当にムカついた。
ぶん殴ってやろうかと思った。
実際殴った事もある。
それでも、親父は作り続けた。
馬鹿の一つ覚えみたいに。
無意味な研究を続けた。
「死んでくれて清々する」
言葉に出してみる。
何も、感じる物は無かった。
「おっ、いんじゃん」
「は?」
振り返ると、そこには男が立っていた。
銀髪に青い目の男。
ガサツそうな印象を受ける。
耳と唇にピアスが十個近く見える。
如何にもという、ガラの悪そうな奴。
しかし、今は相手の印象よりも何故居るのかが重要だ。
ここは俺の家。
そして、こいつは知り合いでも何でもない。
親父の知り合いかとも思ったが、親父の友達なんて一度も見た事ねぇ。
「誰だあんた。俺の家だぞ!」
「俺? ボルフってモンだ。
一応冒険者をやってるんだ、お前の先輩になるのかね」
喋りながら、無遠慮に男は歩いて来る。
そのまま手を伸ばし。
ボルフ、その人物の事を思い出した辺りで、俺は胸倉をつかまれた。
「なっ……何すんだアンタ!」
「いや、一応忠告しとうこかなって。
お前、あの家族に肩入れしたらぶっ殺すからな」
「……は?」
「惚けんなよ。
隣のカフェなんてやってる親子だ。
あいつ等が頼るとしたらお前くらいだからな。
金を無心しても殺す。
あいつ等を逃がす手伝いをしても殺す。
分かったか?」
「不法侵入だぞ……!」
腕力が圧倒的に違う。
魔力の扱い、純度、総量が俺とは別格だ。
それは身体強化の練度となる。
少なくともこの距離感での戦闘なら、こいつは俺より格段に強い。
そう判断していた矢先、頭を思い切り殴られた。
「ぐっ!」
「お前さ……俺の事知らねぇの?」
「知ってるよ」
「良かった。
知らねぇなら、教えてやらねぇといけねぇとこだった」
「クソ野郎だろ?」
そう言うと同時に、拳が俺の顔を捕らえる。
鼻血が出始めた。
「まぁ、合ってんだけど。
あの家族には借金の肩に娘を売って貰わねぇと行けねぇ訳。
俺のバックにマフィアがいんだけどな。
仲良くしてる貴族様がどうしてもあそこの看板娘が欲しいんだと。
なぁ、いいよな?」
不幸は重なる物だ。
母さんが死んだのは丁度去年。
親父も流石に母さんの死には、心を痛めたのか少しずつ床に伏せるようになった。
俺も1年でC級冒険者と言えば聞こえはいい。
けれど、冒険者としての知識は増えても強くなる事は無かった。
魔術学院を卒業した時が、俺のレベルアップのピークだった。
C級までは1月で上がったんだ。
けどB級には11カ月かけても上がれなかった。
ミレイは奴隷として売られるのだろう。
こんな犯罪を平気でやる貴族に買い取られて、碌な人生を送れるとは思えない。
お父さんとお母さんはどうなるのだろう。
口封じに殺されても、何も可笑しな事は無い。
なんかもう。
色々、めんどくせぇ。
「聞いてっか? あ?」
死ねよ。
「死ねよ。
冒険者として成功できねぇから、裏の人間だとかカッコつけてるだけだろ?
裏が本業だから、冒険者が上手く行ってないのは当たり前なんですって?
マフィアがバックに居てBランクって、お前才能ねぇからさっさと辞めちまえよ」
中指を立てて、俺は嗤った。
「テメェ、俺にナマ言うとか覚悟できてんだろうなァ!!」
言葉と同時に腰の短剣を抜いて、俺の肩にそれが突き刺さった。
「うっ、あぁあああああ!」
「お前はもう許さねぇ」
◆
痛ぇ。
全身が痛ぇ。
顔とか、ひでぇ事になってるんだろうな。
鏡見たくねぇわ。
全身がひりひりする。
俺の使える下級の回復魔法を何度も欠けているが、止血がやっとだ。
ナイフの傷を薄く塞ぐ程度しかできない。
殺されなかっただけ御の字なのかね。
しこたま殴られた。
骨折も幾つかある。
切り傷も十カ所以上。
魔術師じゃ無かったら出血で死んでる。
「いてぇ」
涙が溢れた。
俺はなんでこんなに弱ぇんだよ。
腫れた瞼の痛みを耐えながら、薄っすらと目を開くと右手の先に手帳が転がっていた。
親父の物だろう。
どうしてか、なんとく俺はそれを開いた。
それは日記だった。
毎日の事が、特に面白みも無く綴られている。
『何故、お前が死ぬんだ。
死ななければならないんだ。
分かって居る。
俺が弱いからだ。
魔術師としての才能も無く、銃なんて莫迦にされた廃棄物を漁っている。
そんな俺と結婚してしまったから、お前は死んだ。
お前を殺したのは俺だ。
俺が弱いからだ。
必ず、俺は魔法銃を完成させる。
強くなって、多くの人間に認めさせる。
お前の選んだ男は、天才だったと。
俺を愛してくれて、ありがとう』
そのページには、母が死んだ日の日付が載っていた。
「自分の妻が死んでも結局最後は自己肯定かよ」
下らねぇ。
母さんが死んだのが自分のせいだと思うなら、自分のやってる事を改めろよ。
自己中で、傲慢な男だった。
それは最低と言ってもいい。
けど、それが俺の親父なんだ。
日記の最期のページを見る。
一昨日の日付だ。
『雷管も薬莢も完成した。
薬莢の構造を二重にする事で、術式の付与も可能になった。
あぁ、何故だ。
俺の魔力の属性が火か雷だったなら、この銃は完成したも同然なのに!』
「あんた本当にバカだろ……
自分の息子の属性も知らねぇのか」
俺は火と雷の二重属性だっつの。
だから、ボルフに魔法で対抗できなかった。
使えば家が燃える。
本当に興味があるモン以外、何も興味ねぇんだな。
完成された現物が、この工房にはある。
説明書と言えるほど丁寧では無いが、研究資料は山の様にある。
銃を扱えるようになる練習の時間。
一月もある。
「俺や、俺が幸せになって欲しいと思ってる人が不幸になりまくってる。
そんなのは可笑しい、変だろ。
俺の周りが幸せにならねぇ世界なんて、間違ってるに決まってる」
親父が作り上げた銃の名は、リベリオン。
反逆の名を冠す、この世に一つしか存在しない武器。
使い物になるかは、やってみないと分からない。
けれど、可能性はコレしか無く。
――腹は決まった。
狼煙を上げよう。
世界に。
反逆の狼煙を。
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