無詠唱の魔弾士 ~魔法世界で初めて銃を開発したので冒険者やってみる~
水色の山葵/ズイ
第1話 借金
弱った声で親父は言う。
「もう少し……もう少しだったんだ……」
ベッドの上で、痩せ細った顔で、ゾンビの様な声を上げる。
同時、ポロポロと涙を流す。
その姿は、負け犬以外の何でもない。
「諦めろよ親父。あんたの夢は失敗だ」
きっと、死にさえしなければやり直し等何度でもできる。
どれだけ失敗しても、最後に一度成功したならそれでいい。
それが、親父がやっていた事だ。
でも、遂に最期の時まであんたの研究は成就しなかった。
「もう、終わりだ」
「頼む、アマト。俺の後を継いでくれ……」
はぁ……
溜息を俺は押し殺す。
何度も、親父は俺にそう言った。
その度に、俺は断って来た。
アンタのお陰で、俺や母さんがどれだけ不幸だったと思う。
母さんは働きづめで、アンタより先に逝っちまったよ。
俺だってバイトした。
魔術学院の学費は自分で稼いだ。
けど、入った学院じゃ友達なんて1人もできなかった。
理由は俺が、親父の息子だから。
親父も昔は魔術師だったらしい。
それは、学院で悪い意味で有名だった。
銃なんていう、魔術以下の無駄な物を信じた馬鹿。
それが、親父だ。
「分かったよ」
俺は、嘘を吐く。
どれだけ嫌われ者でも。
どれだけ家族に迷惑を掛けたとしても。
それでも、親父は俺の親父だ。
「必ず、完成させてやるから。さっさと寝ろよ」
「あぁ、ありがとう。
ありがとう、アマト。
本当に、お前は自慢の息子だ……!
うぅ……うぅ……」
それから30分くらい、親父は泣き続けていた。
「こんな俺が、親父でごめんなぁ……」
どこかで、俺や母さんに対する後ろめたさもあったんだろう。
その言葉を最後に、親父は眠った。
永遠の眠りについた。
やっと、俺はこのクソ親父から解放された。
◆
俺は魔術学院を卒業し17で冒険者になった。
それから1年程が経ち、今はC級冒険者というそれなりの地位を持っている。
この1年は、親父に研究費用として金をせがまれ収入の半分以下しか手取りは無かった。
けど、そんな生活ともおさらばだ。
それなりに金を稼いで。
それなりに可愛い嫁を娶って。
それなりに幸せな生活を送る。
そんな予定。
親父を葬儀屋に渡し、焼かれるのを見ながら俺はそんな事を考えていた。
「残念だったね。お父さん」
栗毛の俺と同年の女の子。
幼馴染のミレイが、そう言って俺を慰めてくれる。
俺や親父に知り合いと言える相手は、殆ど居ない。
けれど、お隣でカフェをやっていたミレイとその家族は別だ。
ミレイとは子供の頃から良く一緒に遊んでいた。
家族葬だったが、ミレイとそのお父さんは呼ばせて貰った。
お母さんは、病弱な人で今日も寝込んでいるらしい。
「良いんだ、別に良くして貰った記憶なんて殆どねぇし」
「お父さんにそんな事言っちゃ駄目だよ。
って、アマトはそんな事言わないって私知ってるけど」
「悪いな、ちょっと泣きそうなんだ」
「お父さんの成功を祈ってないと、稼いだお金をお父さんに渡したりしないよ」
ミレイはそう言って、俺の頭の上に手を置く。
「よしよし。アマトは良い子だね」
そうして、ミレイは俺の頭を撫で続ける。
喉が熱くなる。
堪えていた物が、押し出されていく。
親父はクソ親父だ。
そう思っている。
なのに、心のどこかで馬鹿にしてた奴を見返して欲しいと思っていた。
矛盾してる。
結局親父は上手く行かなかった。
クソ親父はクソ親父だった。
「良く耐えたね」
火葬場で、一頻り俺は泣いていた。
涙が引いた頃、ミレイのお父さんがやって来た。
急いで涙を拭いて、俺は立ち上がる。
「ご無沙汰してます。
今日は来ていただいてありがとうございました」
「大人になったねアマト君」
ミレイのお父さんは優しい人だ。
実の親父より、この人に遊んでもらった記憶の方が多い。
カフェに行くと、オレンジジュースをくれた思い出は沢山ある。
「少し、2人で話があるんだけどいいかな?」
「はい」
「私はここで待ってるね」
「アマト君を取ってしまって悪いね、ミレイ」
「父さん、アマトに迷惑かけたらだめだよ?」
ミレイは冗談めかしてそう笑った。
彼女の首を傾げる仕草は可憐だ。
少しお父さんと2人で歩き、ミレイに声が聞こえない程歩いたところでお父さんは壁に背中を預けて止まった。
「単刀直入に言うよ」
「はい?」
真面目な顔で、お父さんはそう言う。
そんな真剣なこの人の顔を、俺は始めて見たかもしれない。
「お金を貸して欲しい」
「え?」
唐突に言われたのは、この人が言わなそうな言葉ランキング10位以内に入りそうな言葉。
俺は目を丸くした。
「金貨500枚。一月中にだ」
「無理ですよ。そんな貯金ありませんし、一月で稼げる額じゃない」
「そうだよね、うん。
実は借金があってね、カフェの経営がかなり赤字なんだ」
「そうなんですか……でも金貨500枚って……」
「それだけじゃ無くてね。
何というか赤字なのは、店の修理費がかなり掛かってて」
「修理……ですか?」
そりゃ、建築物は老朽化する物だ。
ある程度の年月が経てば修理が必要になる。
しかし、それだけで金貨500枚にはならない。
金貨なんて、1枚で1人分の1月の生活費に当たる物だ。
「ガラの悪い冒険者が店に来るんだ。
彼等が毎回、店の机や椅子、壁とか天井も、壊していく」
「そんな!
騎士団に通報しましょう!」
「言ったんだ。
けど、相手にされなかった。
その冒険者たちは、マフィアと繋がりがあるらしくてね。
そのマフィアは街の治安を維持する第四騎士団を買収してるみたいなんだ」
酷い話だ。
弱者を食い物にする事が当然の様な。
最近、仕事が忙しくてあまりカフェには行けて居なかった。
その間にそんな事になるなんて。
「ボルフという冒険者なんだけど知ってるかい?」
「あぁ、えぇ知ってます……」
知っている名前だ。
有名な、柄の悪い男。
しかも、そいつが所属しているギルドのボスは、マフィアだともっぱら噂されている。
ボルフのランクはB。
俺が店の護衛をする、というのも無理だろう。
ランクで強さが決まる訳では無いが、俺だって強い訳じゃない。
それに、相手はボルフ1人じゃ無いだろう。
「いや、良いんだ。
最初から金貨500枚を借りれるなんて思ってない。
僕は良いんだ。
別に殺されようと不幸に壊されても構わない。
けど、ミレイは別だ。
あの子に、僕の責任を負わせる訳には行かない。
これは、妻とも話した結果だ」
一息挟んで、お父さんは俺に頭を下げた。
「どうか、ミレイを貰ってくれないか?」
そう聞いて最初に思ったのは、ミレイの不幸でもボルフの残虐さでも無かった。
この人は、俺の親父とは正反対だ。
死の間際まで、自分の研究の事を俺に託した親父。
自分の負債と責任を娘に背負わせない様にと、俺に頭を下げるお父さん。
「少し、考えさせてください」
そして、俺はクズの方の血を引いている。
それを嫌な位理解する。
「あぁ、後一月ある。それまでに答えを聞かせて欲しい」
「はい」
ミレイが言っていた言葉を思い出す。
『父さん、アマトに迷惑かけたらだめだよ?』
ミレイはこの話を察していたのだろう。
そして、察していて尚俺に何も頼まなかった。
自分の事よりも、俺の寂しさを優先してくれた。
そんな子を見捨てて、俺は笑顔で生きていけるだろうか。
埋葬を終えた後、いつの間にか俺は親父の工房に居た。
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