第5話 S級依頼


 リベリオンには二種類のカートリッジがある。


 銃弾の運動を強化する、ブラックバレット。

 魔力を付与する、ホワイトバレット。


 俺は白いカートリッジをリベリオンに装填する。

 黒と白のカートリッジの違い。

 それは、銃弾に内臓されている式符の違いだ。


「エレメントバレット」


 白の弾丸は、銃弾に属性を付与して射出する。


 銃口から対象へ向けて、雷が走ったような跡が残る。

 それは一瞬で消え、同時に弓を構えたゴブリンが地面に倒れる。


「これで、俺を攻撃できたかもしれない唯一の存在が消えた」


 剣、槍、多様な武器を構えたゴブリンが俺に突進してくる。

 俺は、そいつらに銃口を向け、冷静に引き金を引いていく。


 視界の端にある物陰が揺らぐ。

 瞬間、そこから隠れていたゴブリンが飛び出して来た。


 銃口は前を向いている。

 腕を捻って、こいつに対処するのは間に合わない。


「残念」


 俺は腰に構えていた左手を引き抜く。

 そこには、もう一丁のリベリオンが存在した。


 バン。


 魔法陣が点火し、精密な流れで銃弾内部の火薬が爆発する。

 その軌道は、突如現れたゴブリンへ真っ直ぐと。


「ゴブリン程度なら、黒も白も関係ないな」


 属性弾エレメントバレットは、物理的な攻撃を無効化したり強い耐性を持つ相手に特化した弾丸だ。

 死霊系や皮膚の硬い魔物だな。


 ゴブリンはどちらでもない。

 知能が低い人間の劣化種だ。

 人間が殺せて、ゴブリンを殺せない道理はない。


 今日、俺が受けた依頼内容はゴブリンの集団に占拠された街の奪還。

 任務難易度はB+。

 これは、あのボルフでも単独では達成は難しい依頼だ。


「オデ・ノ・クニ。

 ニンゲン・ユルサレナイ」


 ゴブリンよりも少しだけ知能が発達した存在。

 魔物は動物とは違いは、世代を跨がず進化する事ができる。

 魔力が関係していると思われるが、詳しいメカニズムは不明だ。


「まぁ、たかがゴブリンの上位種だ」


 ――バン。


 正式名称をゴブリンジェネラル。

 ゴブリン、ホブゴブリン、のもう一つ上だ。


「ナニ……?」


 膝を地に付き、腹から紫の血が流れ出ている。

 弾は既に背中から抜けたな。


 狙った箇所が悪かった。

 腹は撃っても一撃で死なない。


 黒いカートリッジが入ったリベリオンを構え、撃つ。


 動きは止まった。

 狙いは頭だ。


 この銃の威力では、頭蓋を跳ねる可能性もある。

 だが、黒弾の強化術式があればそれはない。

 回転力、推進力、加速力。

 あらゆる物理運動が強化されるのだ。


 頭蓋程度簡単に砕く。


 街で一番大きな館があった場所。

 瓦礫に変わったその上で、踏ん反っていたジェネラルは討伐した。

 雑魚ゴブリンも殆ど掃討している。

 これで、依頼は達成だな。


「キサマ、オレのリョウドでナニをシテイル?」


「は?」


 ゴブリンジェネラル。

 それが、この集団のボス。

 そう言う話だった。


 なのに、現れたのはどう見てもそれ以上の上位種だ。


 ゴブリンジェネラルと同等の巨体。

 大剣を担ぎ、宝石の埋め込まれた棍棒を持っている。

 そして、纏う魔力の量は人外の化物だ。


 こいつは……。

 厄災級モンスター。

 ゴブリンロード。


「A+案件じゃねぇか」


 ゴブリンロードなんて怪物の討伐は基本的にSランク、最高峰の冒険者の仕事だ。


 ロードはその種族の進化を促進する事ができる。

 放っておけば巨大な群を作られる事になるのだ。


 育ち切ったロードの群に、国が飲み込まれたなんて話もあるくらい強力な存在。


 けど、そういう意味じゃ俺はそれなりに運がいい。


 不幸中の幸い。

 まだ、このロードは誕生して日が浅いのだろう。

 ジェネラルの様な上位種は、さっきの一匹しか見ていない。


 試し撃ちとランクアップを兼ねて仕事を大量に熟していたが……

 しかし、まさかこんな事になるとはな。


「丁度いい」


 どうせ、目指すはSランクだ。


「行くぞ」


 受け止められるのなら、やってみるがいい。

 二丁のリベリオンをゴブリンロードに向ける。


「ム?」


 知らないだろう。

 この武器を。

 人間だって知る奴は少ない。

 知っている奴でも、この武器の完成品など想像もしていない。


 ロードに進化したのは認めよう。

 人と同等以上の知能を得ていることも。


 けれどこの武器の殺傷性は、その備えを撃ち破る。


 バン。


 発射された銃弾は黒のカートリッジの弾丸。

 弾速は音すら置き去りにし、ゴブリンロードへ飛来する。


「フン!」


 棍棒をロードは振り払う。

 弾丸が、弾かれた。


「コノテイドカ?」


 それは予想外だ。


 A+案件。

 ゴブリンロードの力。


 高がこの程度なのか?


「そうだな」


 よく考えて欲しい。

 お前が、棍棒を振り払い構え直す間に、俺は銃弾を5発は叩き込める。


 バン、バン、バン、バン、バン。


 ゴブリンロードの腹に防ぎきれなかった3発の弾丸が練り込む。

 銃弾は腹を裂き、血を噴出させる。


 しかし、血は直ぐに止まった。


「へぇ、自己再生か」


 流石ロード。


「グッ……!」


 だが、既に勝敗は決したと、お前も気が付いているのだろう。


 ロードは大剣を構える。

 右手に棍棒、左手に大剣だ。

 その状態で、俺が連射する銃弾を可能な限り弾く。


 けれど、全てを弾く事など不可能。

 着実に銃弾はロードの身体を貫いていく。


 感覚に優れているのか、頭と胸はガードしている。

 逆に、手足はどんどんボロボロになっていく。


 しかし、音速に勝る速度の銃弾にどうやって反応している?


「なるほど、俺を見ているのか」


 ゴブリンロードの視線が、ジッと俺を見ている事に気が付いた。


 つまり、俺の殺気や感情の起伏を読み取って銃弾が発射されるタイミングを見切っている訳だ。


「マテ」


 バン、バン、バン。


「マッテクレ」


 バン、バン、バン。


「ハァ……ハァ……ヤメ……」


「呼吸が荒いようだな、どうした?」


 まぁ、そりゃそうだ。

 リベリオンの自動拳銃で装弾数は20。

 それが二丁。

 つまり40発だ。


 撃ちきるのにかかる時間は凡そ25秒。


 その間、絶え間なく続く銃弾を大剣と大棍棒なんて武器で弾いているのだ。


 25秒の無呼吸運動。

 疲れない訳ないよな。


「ギャッ!」


 一発、銃弾が右肘に当たる。

 棍棒が取り落とされる。


 片腕、大剣だけで二丁のリベリオンの銃弾は防ぎきれない。


「ガッ、グッ……オッ!」


 3発の銃弾を続けざまに受けて、ゴブリンロードは仰向けに倒れた。


 カチ、カチ。


 同時に、リベリオンも弾切れだ。


「グフヘヘヘヘ、マリョクギレカ?」


 上体を起こし、ゴブリンは残虐な笑みを浮かべる。

 再生能力を持つゴブリンロードは十数秒もあれば復活する。

 そうなれば、勝てる。


 とでも思ったのだろう。


「心外だな。これが、魔法にでも見えたのか?」


 ジャケットの内側のホルダーから、追加のカートリッジを取り出し装填する。


 この時間が銃の最たる隙だ。

 だから、できるだけ早く装填できるように練習した。

 装填に掛かる時間は凡そ3秒だ。


 装填と同時に銃身に魔力を流す。

 銃に刻まれた魔法陣が魔力を吸い取り、雷管を構築する。

 後は引き金を引くだけで、銃弾は出る。


 ゴブリンロードは高い魔力と身体能力を保有する。

 魔法の腕もきっと一級品だったのだろう。

 けれど、銃を相手に悠長に詠唱している時間は無いよな。


「お前の敗因は1対1で俺に勝てると自惚れた事だ」


 ゴブリンが掃討される前に出てきたなら。

 ジェネラルたちと共闘していれば。

 もしかしたら、勝てたかもしれないのに。


 俺は銃口をロードに向けた。


「マテ、タノム」


「世の中、弱者の願いは叶わない物だ。

 俺も最近、それを知ったよ」


 弱者がどれだけ願っても、強者の願いに踏み潰される。


 だったら、強くなろう。

 貴族やマフィアでもぶっ潰せるくらい。

 ミレイを守ってやれるくらい。


 火種リベリオンは得た。


 貴族が好き勝手やってるのが現実だ。

 それが許されているのが現実だ。

 現実は、権力者の為にある。


 だから、俺も権利を手に入れよう。

 貴族家を潰しても、許される程の権利を。


 その為に、お前の願いを踏み潰す。


 ――BAN

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