第九話

スクリュードライバーを飲み終わった瑞樹がちらりと横目で隣を見ると目が合った。どうやら椛は此方を見ていたらしい。


「どうした?俺の顔になにか付いてるのか?」

「ううん。ただ私が見てたいだけ〜」


いつもよりも声が高い、それに心做しか顔が赤い。もしや、と思った瑞樹は彼女に問い掛ける


「お前酔ってんのか……?」

「酔ってないよぉ〜」

「これは……」


マスターもこれには驚いていた。彼が飲んでいるカクテルやカウンターの向こうに置いてあるボトルなどから漂う酒の匂いだけで彼女は酔ってしまったようだ。


「どうすりゃ良いんだ…?」

「家に連れて帰ればよかろう?」

「此奴の家の場所を知らんぞ。それに殺人鬼に自分の家を教えるやつが居るか…」


なんて話をしている間に椛は瑞樹の隣から彼に凭れ掛かっていた。


「おーい、寝るんじゃねぇぞ?俺はお前の家を知らねぇんだから送ることが出来ねぇぞ」

「起きてるぅ…。んへへ〜」

「大丈夫だろうなぁ…オイ……」


彼は早く店を出ようとして体の向きを変えて立とうとすると、椛が彼に飛びついた。


「はぁ?何してんだお前…」

「お兄さ〜ん。えへへ〜」


どうやら少女は酔うと甘えん坊になるようで、瑞樹に抱きついて胸元に顔を擦り付けている。流石の彼も驚きで声が出ないようだ。少女の頭を撫でたりしているが流石にここまでされるとは思っては居なかったのだろう。


「と、取り敢えず酔った此奴は置いといて金を払うか」


右手で少女を抱きとめつつ料金を払う瑞樹は溜息を零していた。しかしここに連れてきたのは自分自身なのでこうなることを少しは考えておくべきだったか等と考えながら席を立つ。


「起きろ〜。ったく、少し触るぞ?」


そう言い彼は椛を引き剥がすと抵抗してさらにくっ付く椛に彼は呆れつつも引き剥がす。体の向きを変えて背中を彼女に向けるとそのまま背負う。


「マスター、また来るわ」

「次に来るときは足を洗っておけ」


彼の言葉に瑞樹は椛の荷物等を持ちながら笑みを浮かべて背を向け手を振る。


「そうなったら俺は死んじまってるよ」

「そうか…。なら、ヘマをするなの方が良かったか」

「余計なお世話だ爺。じゃあな」


そう言い彼は店をあとにする。マスターが浮かべていた優しい笑みの意味に気づくことなく。

表道に出ると瑞樹は椛を背負ったまま歩いていく。すると椛に耳元で囁かれる。彼女の息が耳に掛かって擽ったそうにしているが瑞樹は質問に答える。


「ねぇ〜、お兄さん大丈夫なの〜?」

「んあ?サツに見つかるかどうかって?問題無ェだろ」


大学生が酒気を帯びた中学生女子を背負っていることから警察が来るのではという意味で聞いたのではなく、殺人鬼である瑞樹がこうやって表道を歩いて大丈夫かと聞いているのだろう。


「俺がそうだっていう証拠はないからな。そもそも証拠なんてもんは残してねぇけど」

「ほへ〜。あ、其処を右にぃ〜」


酔いながらも道案内をする椛だが急に瑞樹が止まるので首を傾げる。彼と同じ方向を見ると警察官が二人此方に向かってきていた。椛は酔いが覚めた。もしや自分のせいで青年が捕まってしまうのではないかと考えていると、彼から小さい声で


「(俺の行動に合わせろよ)」

「(演技上手くないよ…?)」

「問題無ェよ。ま、辻褄わせを手伝ってくれ」


そして二人の警官が目の前に立つと瑞樹は首を傾げる


「えぇっと?僕ってなにか悪い事しましたかね?」

「あぁ、違うんだよ。此処には殺人鬼がいるかも知れないから皆に聞いてるんだ。怪しい人は見てないですかって」

「そうですねぇ……。見てないですね、椛。君はどうだい?」

「えっ!わ、私も見てないよ…」

「寝てたのかい?人の背で寝るって君ねぇ…」


と瑞樹はいかにも知りませんと言った風に、関係ありませんと言った風に演じていた。そして二人は兄妹であるかのように見せていたことで警官達は別の人に聞き込みをしに向かった。


「はぁ…。お前なぁ…俺が合わせなかったらどうなってたよ」

「ごめんなさい…。というかお兄さんってあんな風な声出せたんだ」

「そりゃぁお前…。俺は21だぞ?大学生らしい言動くらい取れるわ。───で、此処がおまえの家か?」

「うん。お兄さん此処で下ろして?」


其処にあったのは真っ白の壁で赤い屋根の一般的な二階建ての家だった。椛が家に向かおうとする前に瑞樹は彼女を呼び止める。


「連絡先よこせ」

「え?まさか私を?」

「期待した眼でこっち見んな…。俺だって暇なときぐらい有るんだよ。それにお前が虐められてんだとしたら、相談に乗ってやってもいいしな。これなら俺とお前にも利が出来るだろ?」

「分かった。お兄さんのスマホ見せて〜」

「まだ酔ってんじゃなかろうな…」


そう言いながらもスマホを渡す彼は自身の顔に浮かんでいた笑みには気付いていなかった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る