第11話 あの日の続きをしませんか……?

 初陣ういじん翌々日よくよくじつ、広報部・百合の花は、もう一つの初陣をむかえようとしていた。


 殺風景さっぷうけいな部室にイツメンが集合したところで、私はねぎらいの言葉から口にした。


「みなさん、土曜日はお疲れ様でした。楽しかったですね。ですが、これで終わりじゃないです」


 私は、黒板をチョークでトントンとたたいた。


「今日からSNSを稼働かどうさせます。写真も動画も沢山集まりました、素材は十分です。……が、あくまで目的はクイラの丘の魅力みりょくを伝えることと、私たち広報部・百合の花が発信力はっしんりょくをつけることです。プロモーションをするうえで、それらの目的を意識していきましょう」


 何も最初から上手くいくだなんてこれっぽっちも思わない。失敗をして、じゃあどうするべきかと検討けんとうして、また挑戦して、また失敗して、また検討けんとうして。そういった過程かていを繰り返して、成長していけば良い。そこに、この部活をやる意義いぎがあると思うから……!


 私としては、士気しきを高めるために発言したつもりだった。いつもならここで「おー!」と一致団結いっちだんけつするけれど、今日にかぎっては違った。


 カミクルカップルがどこか遠くを見つめていたのだ。さらに、快活かいかつ天使ことミミさんも、バツが悪そうに身をよじっていた。


 どういうこと……?


「……な、何かありました?」


 問いかけるも、カップルちゃんは放心状態ほうしんじょうたいのまま。代わりにではないが、ミミさんがおびえた仔犬こいぬのようなひとみで私を見つめてきた。


「……あのさ、昨日のことなんだけれど」


「昨日って、日曜日ですよね……」


「そう……。あたしさ、昨日さ、広報部・百合の花のSNSアカウントでさ、土曜日のことを投稿しちゃったんだよね……」


「ええっ?! そうだったんですか?! それならそうと言ってくれれば良かったのに」


「カミちゃんクルちゃんには言ったけれど、マナちゃんには言い出せなくってさ」


「もしかして……トラブルでも起きましたか……?」


 おそるおそるくと、すぐにカミーアさんがノートPCの画面を私に向けた。


 そこに表示されている文字列を見て、私は私の目をうたがった。


「え……」


 言葉がなかった。絶句ぜっくする私に、クルミさんが現実を突きつける。


「バズっちゃったんですよねー……私たち……。投稿とうこうをしてから丸一日でフォロワーは一万人到達とうたつ、投稿のお気に入り件数は五万件……」


 一万……? 五万……? どういうこと……? 立ちくらみをしてよろけた私の身体を、ミミさんはほとんど飛び込むような形で支えてくれた。


「ごめんマナちゃん、ごめんみんな。あたしが気軽きがるに、しかもダマで投稿しちゃったばっかりに……」


 返す言葉がなかった。というか、脳が正常に機能きのうしてくれなかった。


 影響力えいきょうりょくをつけることは一つのゴールでもある。だけど、け出しの広報部・百合の花にとって、この結果は上出来すぎて理解が追いつかなかった。


 ガラガラッ。


 静まり返る教室。その静寂せいじゃくを切りいたのは、部員ではなく生徒指導の先生だった。歳は三十前後だろうか、そのさわやかな見た目からは想像できないくらいきびしい指導をすることで有名だ。


 いきおい良く扉を開いた先生の表情は、非常にけわしいものだった。


「お前たち……」


 学校側とのネゴシエーター的ポジションのカミーアさんも、このときばかりは委縮いしゅくしきっていた。


 こ、怖いけれど、ここは部長の私が矢面やおもてに立つしかない……!


「どうされましたか……?」


「見たぞ、SNS」


「あー……はい。もうごらんになりましたか……」


「ご覧になりましたか、だと? 当たり前だろっ!」


「ひ、ひぃっ?!?!?!」


 見たことのない大人の剣幕けんまくに驚いた私は、反射的に涙を流してしまった。先生は、怯える私を不審ふしんそうに見て、首をかしげた。


「ん? どうして泣いてるんだ?」


「……いや、だって……先生は私たちを……しかりに来たんですよね……」


「はあ……? どうしてそうなる」


「……へ?」


 百合の花が全員でハモった「……へ?」だった。


 何かかんづいたのか、先生は「さては」とつぶやいて、こう続けた。


「SNSで顔出ししたこと、後悔してるんだろ?」


「……そうじゃないです。ただ、混乱こんらんして……」


「はあ、そういうことか。違うぞ。俺はなあ、お前らをめに来たんだよ」


「褒めに……?」


「当たり前だろ。こんなにも沢山の方々に見てもらって、投稿についたコメントも好意的こういてきなものが大半をめている。先生はな……というか、俺以外の先生方もそうだが、勉強を教えることはできても、発信力や影響力をどうやってつけるかまではわからんのだ。だからまあ、よくやった。偶然ぐうぜんでも何でも、良い形で拡散かくさんされた事実がこのSNSには詰まっている。広報部……百合の花、だったか? 部活として認めよう、俺が学校の許可ももらっておいた」


「えっ。ええええええぇぇぇえええええっ?!」


 ハモりにハモり、お互いの顔を何度も見合わせる私たち。さっきからドキドキしっぱなしで、私の心臓はいまにも音を立ててこわれそうだった。


「ただしっ!」


 興奮こうふんして、動揺どうようして、歓喜かんきする私たちに、先生はピッと人差し指を立てて、さとすように言った。


「ただしだ。SNSってのは、良い側面もあるが、コインに裏表があるように、当然悪い側面だってある。使い方一つで、自分の人生だけでなく他人の人生も左右できてしまうような代物しろものなんだ。それを子どもたちに一任いちにんするほど、学校も野暮やぼじゃないからな。ってなわけで、俺が顧問こもんになる。いいな?」


 いいな、と言われましても……。私は、言葉をわすことなくみんなの了承りょうしょうを得て、堂々どうどうと返答した。


「もちろんです。先生、よろしくお願いします!」


 そう言うと、三人も私に続いた。


「よろしくお願いしますっ!!!」


「うむ、よろしい。では、生徒会長。書類の手続きがあるから、職員室まで来てくれるか」


「はいっ……!」


 急展開きゅうてんかいに次ぐ急展開。これが急転直下ちょっかではなく、急転直上ちょくじょうで良かった……。


 二人が教室を出た後、残された三人はどんちゃんさわぎをした。


 幸せすぎるよ……!




 夕とも夜とも言い難い時間に、私は学校の屋上にやってきた。どうにも落ち着かなくて、家に帰る気になれなかったのだ。


 ……あれから、広報部・百合の花は、手続きを経て、部活動として認められることとなった。その朗報ろうほうを届けてくれたのは、もちろんカミーアさんだ。カミーアさんは部室に戻るや否や、裁判所さいばんしょの前に立って、勝訴しょうそと書かれた紙をかかげるように、部活動受理の書面を高々と掲げた。


 私たちは、手を取り合って、喜びをわかち合った。有頂天うちょうてんとはこのことかと思った。


 でも、冷静に考えてみたら、大変な事態に発展はってんしてしまったと不安になった。何の変哲へんてつもない、何の取りもない、何の特徴とくちょう特技とくぎもない、普通の、一般的な、普遍的ふへんてきな高校生の私が、ある日突然、顔も知らない人たちから支持しじを受けたのだ。ミミさんもカミーアさんもクルミさんも、魅力いっぱいの女の子だから人気が出たのは理解できる。だけど、私は違う。


 いまの気持ちは「るんるん! でも、うーん……」といった感じ。この先、上手くやっていけるのかな……。


 パープルの空をながめていると、私はふと悲しくなった。クイラの丘に行ったあの日、ミミさんにプレゼントも渡せたし、気持ちも伝えられたけれど、肝心かんじんの返事をまだもらえていない。私の目には、ミミさんもまんざらではないようにうつったけれど、私の思い過ごしだったのかな……。


「はあ……部活もより一層いっそう頑張らなきゃだし、ミミさんとの関係性もはっきりさせないとなあ……」


「あたしが何だって?」


「いやだから、ミミさんとの関係性を――」


 口がすべりそうになって、というかほとんど滑ってから気が付いた。嘘だ、嘘だ、嘘だ、と願いながら振り返ると、そこにはミミさんが立っていた。


「あたしとの関係性を……?」


 イッツァパニック。晴天せいてん霹靂へきれきとも呼べる状況に、脳内が悲鳴ひめいを上げていた。


「いや、あの、その、これは、別に、何というか、何でもないというか、いや、でも、何でもあるというか、いや、その、やっぱり特に深い意味はないというか」


「マナちゃんが壊れた……」


 口を開けて、目を見開いて、唖然あぜんとするミミさん。


 私は、いつもの自分に戻ろうと深呼吸しんこきゅうをした。……よし、これで大丈夫。


「いや、あの、その、これは――」


「さっきと変わってないよっ!!!」


 ミミさんのツッコミが空にう。


 ……あれれ、どうしちゃったの私! ドードー、ドードー。……よし、今度こそ。


「えーっと……わ、私が言いたかったのは……部活の知名度が上がったから、もっともっと頑張らないと、ってことで……」


 私が言葉を選んで発言していることは、誰の目から見ても明らかだった。


 ミミさんは、怪訝けげんな表情を作ってとがめてきた。


「だ、か、ら。あたしがきたいのは、あたしとの関係性があーだこーだってところ! マナちゃんは何を言いたかったの?」


「んー。ミミさん、意地悪です!」


 何を言おうとしてたかなんて、ミミさんのことだから見抜いているはずだ。なのにミミさんは、わざわざ私の口から言わせようとするのだ。


「意地悪? 何のこと? ねー、マナちゃーん、早く言ってよー」


「んー! も―知りませんっ!」


 ぷいっとそっぽを向く私。ミミさんはすかさず、私の正面に回ってきた。


「ごめんごめん。……はあ、しゃーない。あたしから言うか。ってか、本当はあたしから言うべきだしね」


 そう言って、ミミさんはスカートのポケットから、小さな箱を二つ取り出した。一つは私が渡した赤い箱、もう一つの青い箱は……?


 小さくため息を吐くミミさん。ツインテールの尻尾しっぽの部分を手でいじりながら、私から目をらしている。いつもと様子が違う、心なしかほおも赤らんでいるように見える。


「……あのさ、この間はありがと」


「こ、こちらこそっ!」


「ちょ、声大きいって」


「すみません、つい……」


「って、それはよくて。だからさ……あのさ、うーん。こういうときって何て言えばいいんだろ。何て言えばいいと思う?」


「え……? 私に訊かれても……」


「そっか、そだよね……」


 会話が途切とぎれてしまい、気まずいときが流れる。


 一体いつまでこうしているんだろう、と気があせるほど、私はミミさんの言葉を待った。


 口にしようとしている、形にしようとしている、伝えようとしている。そわそわして、何かを言おうとして、またそわそわして。……私は、そんなミミさんのことが好きだった。


 人生のなかで、これだけはケリをつけなければならないと、直感でわかった。たとえそれが不幸な結果に終わっても、答えを出さないと、区切りをもうけないと、互いに歩き出せない。


 もし回答を保留ほりゅうにしても、見かけのうえでは、他人から見れば、私たちは成長して、変化して、それぞれの道を進んでいることになるのかもしれない。でもそれは、第三者の気持ち。私たちは違う。違うよ。


 きっと、今日の日のことを引きずる。


 時間は解決してくれないから。忘れても、ふと思い出す。私たち自身が向き合わないと、よどんだ心は晴れないんだ。


 だから、未来の私が納得できる選択を――。


 私は、ミミさんの手から赤い箱を取って、なかに入っていた指輪ゆびわを、彼女の白くてやわ薬指くすりゆびに、壊れないように、くずれないように、この関係性が終わらないように、そっとはめた。


 ここでようやく私と目を合わせてくれるミミさん。今度は、ミミさんが青い箱にある指輪を、私の指にはめてくれる。そのまま、ミミさんは言葉をつむいだ。


「あの日、途中でどっかに行っちゃってごめん」


「これを買いに行ってくれたんですか」


「うん……」


 恥ずかしそうにうつむき、私の指を、指輪を、優しくでるミミさん。


 このうえない幸せ。ミミさんも同じだったらいいな。


「ミミさん」


「……うん、言うよ。あたしもさ、マナちゃんのことが好きなんだ。友達としてじゃない。一人の女のこととして好き。だからさ、ずっと一緒にいてほしい。あたしのそばにいてほしい」


「嬉しいです。心から嬉しいです」


「……じゃあ」


 肩がれ合って、くちびるが重なった。


 時間にしてみたら一瞬の出来事。けれど、感じたことのない幸せが、この胸のなかにあふれていた。


契約けいやく成立せいりつだね」


 ミミさんの言葉に、私は笑ってうなずいた。

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カースト上位の女子から「女の子が女の子を好きとかおかしいっ!」と言われてハブられたので、高校デビューをして百合を満喫できる部活を作ります! 水本しおん @shion_mizumoto

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