第10話 桜色の感情を伝える、桜の木の下で……

 今日は待ちに待った観光かんこうの日!


 それと同時に広報部・百合の花の初陣ういじんの日!


 幸運こううんなことに、本日は晴天せいてんなり。見上げれば、雲一つない空が広がっている。その清々しい空を見ると、まるでお天道様てんどうさまが笑顔で見守ってくれているような、そんな気分になれた。


 気合いが入りすぎたあまり、約束の駅前の地には私が一番乗り。ちょこっとだけ早すぎたかも……。


 パーカーの袖口そでぐちさわると、私は思わず笑みがこぼれてしまった。この日のために洋服を新調しんちょうしたのだ。上は桜色のパーカー、下は白のジーパン、肩には大きなリュックサック! よそおいが変われば、新しい私に出会える。今日の私の心は、ふわふわとちゅうき上がっていた。


 ホォーヅリィの南部ということもあり、駅員さんは不在。改札かいさつから見える景観けいかんも、田畑たはた住宅じゅうたくがあるだけ。ザ・田舎いなかという感じだった。そのうえ人の往来おうらいも少ない。ああ……ここにいると何だかセンチメンタルになってくる……。


 景色けしきだとか人口じんこうだとか、そういったことが原因でさみしくなっているわけじゃない……。多分私は、空気もんでいて、緑も多くて、この町全体がのどかで……こんな平和な場所がフィーチャーされていない事実に、寂しくなっているのだと思う。


「マナちゃーんっ!」


 ホームの方から私を呼ぶ声がして、私は振り返った。私の次に到着とうちゃくしたのは……ミミさんだった!


 髪型かみがたはいつもの白髪ツイン。洋服もシンプルで、白シャツに黒スキニーというボーイッシュな格好かっこうだ。胸にはボディバッグをつけているけれど、お弁当が入るのか心配になる小ささだった。


 改札を抜けたミミさんは開口一番かいこういちばんあやまってきた。


「ごめん、待った?」


「ううん。私が早すぎたんです」


「あー! もしかして、楽しみにしてて早く来ちゃったのっ!?」


「それはまあ……ちょっとだけ、そうです……。こ、広報部・百合の花の初めてのロケですから」


「嘘つけー! こんな可愛い格好しちゃって、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだろー! こんにゃろー!」


「えっ、あっ、んんっ?!??」


 こしょこしょしてくるミミさん。私はこらえきれずに、無人駅で大きな声を出して笑った。


 両手を挙げて降参こうさんポーズをとるも、ミミさんは許してくれなかった。ドSだよこの人……!


「や、や、や、や、やめてくださぁぁぁああああははははっ!!!!」


「ダメダメ! ちゃんと『めちゃくちゃ楽しみにしてました!』って白状はくじょうしないと」


「あはははっ! んーっ! わかりましたっ! 言いますっ! 言いますからっ! 私、今日の日を楽しみにしてましたっ!」


「それだけっ? めちゃくちゃ、でしょ?!」


「あははははっ! あーはっはっはっ! はい! はいっ! めちゃくちゃ楽しみにしてました!」


素直すなおでよろしいっ!」


 そう言って、ミミさんはようやく攻撃こうげきの手を止めてくれた。こ、こんなの、素直でも何でもないよ……! もうほとんど強制きょうせいだったよ……!


 こちょこちょ地獄じごくから解放かいほうされて、ふーっと息を吐いていると、今度は可愛らしい女の子二人が、そろって電車のなかから現れた。もちろん、カミーアさんクルミさんカップルだ。


 カミーアさんは、大人っぽい花柄はながらのワンピースに、肩から小さな黒のバッグを下げている。彼女のクルミさんはというと、マントを羽織はおり、ハットをかぶり、ステッキを持っていた。クルミさんの方は通常運転だ。


「ごめんなさい、遅かった?」


 カミーアさんが頭を下げると、それにクルミさんも続いた。


 私は、「まったく遅くなかったよ」と伝えたかったのに……私よりも先に、ミミさんが嬉々ききとして二人にって、とあることを言った。


「おー! お二人とも、休日の昼間ひるまっからお熱いねー!」


 あおるような返答に、カミーアさんはこめかみを押さえた。


「カップルというのは、大体が休日の昼間からお熱くなるものなのです」


「言うねえ。しっかし、私も早くマナちゃんとあっつあつになりたいなあ……」


 ちらと私を見て、ウインクをするミミさん。私は、返す言葉に困って、咄嗟とっさうつむいてしまった。


 そんなこと言われたら、冗談じょうだんでも本気にしちゃいそうだよ……。


「立ち話もほどほどにして、早速ですがクイラの丘に行きましょうね」


 微笑ほほえみながら、かじを切ってくれるクルミさん。……おそらく、一秒でも早くお弁当が食べたいのだろう。


 でも、クルミさんの言ったことはまとている。私は、胸の前でグーを作った。


「そうですね。行きましょうか」


 私の言葉で、四人は息を揃え、こぶしかかげた。


「えいえいおー!」




 田園風景でんえんふうけいかこまれながら、つつまれながら、私たち百合の花は列をなして、畦道あぜみちをるんるん気分で歩いた。


 いやされる緑だった。いつかは、こんなところに住んでみたいと思うくらい、癒される緑だった。


「あれだなっ!」


 安穏あんのんとした雰囲気のなか、突如、ミミさんが前方を指差した。


「おー!」


 三人の声がハモるほどの絶景ぜっけいが、そこには待ち受けていた。


 もちろん遠方えんぽうからでも山々は見えていたけれど、細部までは視認しにんできていなかった。けれど、接近せっきんするにつれ、丘のもつ色彩しきさいの美しさが際立きわだっていくのがわかった。


 赤青黄色、それだけじゃない。もっともっと沢山の色の花が、丘を装飾そうしょくしている。そのなかでも特に目を引くのは、いただきにそびえ立つ桜だ。もちろん周辺にも桜は咲いているけれど、てっぺんの桜はその比にならないくらい存在感のある桜だった。


「上手く言い表せませんが、ここからながめているだけでも、うっとりしてしまいます……」


 私がそうつぶやくと、カミーアさんが眼鏡を整えながら同調どうちょうした。


「はい、心があらわれますね。これだけでもホォーヅリィに来た価値がありました」


 かゆいところに手が届くナイスなコメントに、クルミさんが一言える。


「すごしやすい気候きこうで、自然も癒してくれて……風情がありますよね。それにしても、あの桜を見ていると、桜あんぱんが食べたくなりますね。本当、お腹が空きますね」


「最後ので台無しに?!」


 うんうんとうなずいていた私が馬鹿みたいじゃん……。やっぱり、この部活にはクルミさんのえさやりがかりが必要なのかも……。


 私がまいったな、と頭をかかえていると、頭の後ろで手を組んだミミさんが、三人の顔を見てこう言った。


「でもまあ、改めてさ、これを部活にできるかもしれないって、奇跡きせきのような話だよね。あたし、楽しいんだ。こうして歩ているだけでもさ、こうして話しているだけでもさ、あたし楽しいんだ。これから、広報部・百合の花の存在そんざい証明しょうめいするためにも、あたしたちが住む地域の良さを届けないといけないねっ!」


 おてんばなミミさんが口にしたことは、百合の花の総意そういだった。ここ数日、私はずーっと幸せを感じていた。心温まるこの気持ちを、もっともっと大切にしなきゃ。


 そして、いま私の胸のなかに感じているすべてを、SNSのその先にいるみんなにも伝えていきたいな……。


 私は、リュックから一眼いちがんレフのカメラを取り出して、三人にレンズを向けた。


「そろそろ一枚、りませんか?」


 カミーアさんとクルミさんは「いいですねー!」と言ってくれた。けれど、ミミさんはかぶりを振って、私のカメラを取り上げてしまった。


「嫌でした……?」


「ううん、そうじゃなくて。記念すべき最初の一枚なんだし、四人でうつろっ?」


「ああ、そういう……ミミさんはやっぱり素敵です……」


「ん? 何か言った?」


「いえ。四人一緒、それが良いですね!」


 パシャッ。


 広報部・百合の花の最初の一枚は、スマホのうちカメラで撮影さつえいされた。その写真は、丘をバックに四人の満面の笑みが映し出された最高の一枚でもあった。




 登頂とうちょうしてすぐ、全員で天然てんねんのカーペットにくずれ落ちた。


「想像よりも消耗しょうもうしましたね」


 花の香りを感じながら、私はそう口にした。


「ね。成長したはずなのですが、子どものころよりもずっと疲労感ひろうかんがあります」


「マナ&カミちゃんに同意ですね。これだけ運動すれば、きっとお昼ご飯も美味しいはずですね」


 過去にこのキツさを経験していたカミクルカップルも、数年ぶりだからかこたえているようだった。


 ただ、唯一ゆいいつミミさんだけはへっちゃらみたい。


「この程度でへばってたら将来動けなくなるよ? やっぱ、あたしみたいに運動を習慣化しゅうかんかしないと」


「ミミさんの言うことも一理あるのですが。ミミさん、先生方からマークされていますよ。スポーツは誰よりもできるけれど、勉強になんありって」


「ええっ?! あたしマークされてるの?! カミーアちゃんが言うんだから信憑性しんぴょうせいありありじゃんっ!」


 ありあり、というか、もう確実にマークされていると思う……。まったく、極端きょくたんな四人が集まったなあ。


 視線しせんの先は、青い空。駅にいたときは気が付かなかったけれど、ここに来て、白い雲がふわふわと浮かんでいるのがわかった。そのなかに、一本の線のような雲があった。


 つかめそうなくらい細く、追いかけたくなるほど真っ直ぐな、ひこうき雲。


 しばらく見つめていると、もろはかなく、消えてしまった。消えた瞬間、私は一抹いちまつの不安を覚えた。


 ため息を吐く寸前すんぜん、私の手がぎゅっとにぎられた。私は、胸の奥が熱くなっていくのを感じながら、彼女の方を見た。


「消えちゃったね」


 二人には聞こえないように、小声でつぶやくミミさん。私は頷いて、「消えちゃいましたね」とだけ返した。


 それから五分ほど、私たちは広大こうだいな空を見上げていた。心が新鮮しんせんな空気でくされてから、私は深呼吸をして座り直した。みんなもそれに続いた。


「お昼にしよっか!」


 ミミさんの一言で、それぞれが持ち寄ったお弁当を広げた。あえて言うまでもなけれど、クルミさんのお弁当の量は、私たちの三倍以上はあった。主に肉っ! 茶色くて美味しそうなお弁当だ。


 クルミさんの幸せそうな笑みを、彼女のかたわらで微笑みながら見守るカミーアさん。この二人、カップルというよりも、親子の方が近いかも……?


 そんな私のお弁当は親子丼! ではなくて、サンドイッチ! 手間がかからなくて美味しい、ピクニックの王道だ。ちなみに、ミミさんもカミーアさんのお弁当箱のなかには、おにぎり、タコさんウィンナー、卵焼きなどなど、王道の食べ物が綺麗きれいならべられていた。


 はあ。可愛い女の子たちと食べるお昼ご飯って、至高しこうだなあ……。


 文字通り私のほおが落ちそうになるのを、ミミさんが両手で受けて止めてくれた。


「頬が落ちそうになってるじゃん?! どゆこと?!」


「心から頬が落ちそうになる場面に立ち会えば、誰だってこうなりますよ」


「ほんとになってるから信じるしかないな?!」


 桜が咲きほこるクイラの丘で、私たちはランチを満喫まんきつした。昼食後は、夢中むちゅうで遊んだ。子どものように、無邪気むじゃきにかけっこをしたり、けんけんぱをしたり、縄跳なわとびをしたり、鳥籠とりかごをしたり、はしゃぎにはしゃいだ。


 クイラの丘は童心どうしんに帰ることができる、自然豊かな丘だった。いまの季節は、桜が鑑賞かんしょうできるだけでなく、桜の雨をびることもできる。春の特権とっけんだ。


 鳥たちが運んできた風が、桜の花びらをふわっと宙に羽ばたかせる。私は、花びらたちと一緒にジャンプをして、一緒に宙へと浮かんだ。


 そして、地に足がついて、またもや大の字になる。あのミミさんでさえ、体力の限界げんかいが近づいていた。それくらい、私たちはこの青春を謳歌おうかしていた。


 すー。すー。すー。


 カミクルカップルの可愛い寝息ねいきが聞こえてくる。疲れて眠ってしまったみたいだ。……ということはつまり……またミミさんと二人だけの時間に……。


 この日のミミさんは、やけに積極的せっきょくてきだった。恋人つなぎをして、さらに接近して、ぎゅっと包み込んでくれる。


 距離がちぢまるたびに、彼女の熱を感じるたびに、私はどうしようもない衝動しょうどうられた。


「ねえ、マナちゃん。あたしのこと……どう思ってる……?」


 意地悪な質問だった。そんなこと、ミミさんが一番よく知っているくせに、とっくに気付いているくせに……。だけど私は、そういう彼女も好きだ。


 私は、鼓動こどうが聞こえないように胸に手を当てて、ふるえる声で懸命けんめいに言葉をつむいだ。


「……私は。私は……ミミさんのことが……ミミさんのことが……一人の女の子として……」


 あとちょっとのところで、私のくちびるに、ミミさんの人差し指が当てられた。


「ダメだよマナちゃん。もっと小さな声で言って。二人が起きちゃう」


「うん……。私、ミミさんのことが……」


 私は、パンツのポケットから、赤色の小さな箱を取り出した。その箱を開いて、ミミさんに手渡した。


「好きです。どうしていいのかわからないくらい、好きなんです」


 ささやくことができなかった、心のさけび。


 どうなるのかなとそわそわしていたら……カミーアさんが目を覚ましてしまった。


「……ああ、寝ちゃってた」


 クルミさんもゆっくり身体を起こした。


「はー、熟睡じゅくすいしちゃいましたね」


 ミミさんは、二人に見つからないように、小箱をポケットにしまって、そのまま立ち上がった。


堪能たんのうできたことだし、帰ろっか!」


 結局その日、ミミさんからの返事を聞く機会を逃してしまった。帰り際、何かあるかなと期待していたのに、ミミさんは「用事ができたっ!」と言い残して途中下車とちゅうげしゃした。


 プレゼントは受け取ってくれたし、一応成功だったのかな……。


 夜になっても、お布団のなかで延々えんえんと考え続けた。

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