第9話 思いっきり楽しむために、思いっきり準備しよう!

 大晦日おおみそか以上の大掃除を終えた次の日の放課後、部員四名はピカピカの部室に集合していた。


 そして、私はいま、ミミさんからの命令で教壇きょうだんに立たされている。ミミさんクルミさんカミーアさんが、私を見つめている。うう……ずかしい……。


 私は、いのるように手を合わせて、ミミさんに問いかけた。


「どうして私がみんなの前に立つんですか……?」


「そんなの、可愛いからに決まってるじゃん」


「ええ……」


 脈略みゃくりゃくがなさすぎる回答に、私はたじろいでしまう。だけど内心では、可愛いと言われて嬉しいとも思っていた。


「ミミさん。やっぱり考え直してもらえませんか? 私、ちゃんとした理由がないと……」


「ないと……?」


「ないと……あの……その……恥ずかしいです……」


「かあぁああっ! 可愛いなぁっ!!!」


揶揄からかわないでくださいよー」


 あははと笑うカミーアさんとクルミさん。そして、クルミさんは「仕方ないですね」と言って、スクールバッグからあんぱんを取り出した。


「これを差し上げるので、そのままそこに立っていてくださいね」


「食べ物でろうとしてる……?!?! あんぱんは好きですが、いまはお腹空いてないですから。……というか、そういう問題じゃないですから……!」


 私が拒否きょひすると、カミーアさんのケモ耳がピクッと反応した。


「クルちゃんからプレゼントされるなんて、ちょっと嫉妬しっとします」


「クルミさん。いますぐカミーアさんにあんぱんをあげてください! いますぐカミーアさんをこの場に立たせてください!」


「マナさん落ち着いてくださいね」


「そうだよマナちゃん。マナちゃんは可愛いんだから」


 加勢かせいしてくるミミさん。言っていることがめちゃくちゃだ……。


「はあ……わかりましたから、ここに立たないといけない、本当の理由を教えてください」


「言ったら怒るんじゃないかと思うんだよね」


「嫌な予感が……」


「聞きたい?」


「……はい」


「マナちゃん、部長になったから」


「……えっと。はい……?」


 受け止めきれない私。参ったなとひたいに手を当てるミミさん。


「もう一回ちゃんと言うよ? 広報部・百合の花の部長はマナちゃんになったから。だから、あたしたちの前に立って進行しんこうしてほしいの」


「部長って……え……ええええぇぇぇえええええっ!?!?!?!?!?!?!?」


 私は、ショックのあまり、その場にくずれ落ちてしまった。


「でもでも! やっつけで決めたわけじゃないんだよ? だって、あたしは頭領とうりょうというよりも特攻隊長とっこうたいちょうって感じだし、カミーアちゃんは生徒会と風紀委員をかけ持ちしていていそがしいし、クルミちゃんはお腹が空いているからさ。ってなけで、しっかり者のマナちゃんが適任てきにんでしょっ?」


「クルミさんだけ理由がおかしいですが……。それにしても、私に相談してくださいよ! カミーアさんとクルミさんには言っていたなんて……」


「言われてないです」「初めて聞きましたね」


 そろって初耳はつみみだと答える二人。じゃ、じゃあ……。


 ミミさんは、どういうわけだかエッヘンとかえっていた。


「当たり前だよ、あたしがいま決めたんだからっ!」


「部長を任命にんめいされたことよりも、そんな大切なことを一人でっ! しかもいまっ! 突然決めちゃうミミさんの思考回路しこうかいろの方が問題ですよ!!! ……もう、いま相談してくれれば良かったじゃないですか」


「ズバッと決めちゃう! それがあたし、でしょっ?」


「まあ、確かに……。それに、ミミさんの言っていたことも間違いじゃないように思いました。なので、みなさんが了承りょうしょうしてくれるなら、その……頑張りますが……」


「りょーしょうするっ!」「右に同じ」「右に同じですね」


「そ、即答そくとう……」


 こんなにも簡単に部長になって良いのかな……? でも、せっかく賛同くれたんだし、やるしかないよね。


 そうと決まれば、まずは……うん、具体的に活動をどうスタートさせるかだねっ!


「それでは……広報部・百合の花が正式な部活になるために話し合いをしましょう」


 ぎこちなさ全開の進行だけれど、私は必死に頭をひねって言葉をつむいでいった。


「これは私の個人的な意見ですが、初めに大きな目標を一つ立てて、次はそれを達成するために必要な目標を三個から五個程度考えたら、向かうべき方向や課題が整理できると思います。どうでしょう……?」


「さっすがマナちゃんっ! 異議いぎなしっ! カミーアちゃんもクルミちゃんもそう思うよね?」


完璧かんぺきだと思います」「お腹が空きましたね」


 相変わらずハングリーなクルミさんは置いておくとして……。じゃあ、大きな目標を立てるところからっ!


 カッカッカッ。


 私は、不慣ふなれながらも懸命けんめいに、『大きな目標!』と黒板に書いてみた。


 くるっ。


 みんなの方を向いて。


「ということで、一番大きなゴールを決めるところからですね! いまの私たちのゴールは、さっきも話しましたが『広報部・百合の花を正式な部活に!』ですね」


 うんうん。


 三人がうなずいたのを確認してから、私は目標を追記ついきした。


「次は、いわゆる中くらいの目標決めです。何か意見はありますか?」


 すっ。


 カミーアさんが即座そくざ挙手きょしゅしてくれる。私もすぐさま「はい、カミーアさん」と言った。


「地域と学校の紹介をしてその二つの活性化かっせいかはかる、それこそが百合の花の目的です。ですが、単に学校の宣伝せんでんをしても、どんなそうにも需要じゅようがなさそうなので、注目を集めることは難しいと思うのです。そこで提案ですが、順序じゅんじょを工夫してみませんか?」


すかさず、「順序って?」と補足ほそくを求めるクルミさん。


「学校のことは一度わきに置いて、地域の広報こうほうから始めるのです。その段階で、私たち――広報部・百合の花が一定いってい発信力はっしんりょくます、そしてその後に学校の紹介をする。この順番が合理的です」


 三人ともに、カミーアさんの考えに圧倒あっとうされていた。


 秀才しゅうさい――カミーアさんは、付け足すように続ける。


「私たちがらしている地域――ホォーヅリィは、北部に行けば繁華街はんかがいがあって、南部には心安こころやすらぐ自然があります、この時期は桜も満開まんかいでしょう。ホォーヅリィって、世間的せけんてきにもっと認知にんちされていてもおかしくない、魅力的みりょくてきな場所だと思うのです」


「……カミちゃんって、可愛いし、頭の回転も早いし、本当、穴がないですね」


「いやいや、そんなそんな……」


 耳が真っ赤になるカミーアさん。本人は大袈裟おおげさだと思っているのだろうが、クルミさんの言ったことはもっともだ。


 カミーアさんの言ってくれたことをまとめると……えっと……。私が頭のなかで整理していると、ミミさんが代弁だいべんしてくれた。


ようは『地域の宣伝をして私たちが発信力を得る』というのを一つ目のちゅう目標にして、『学校の宣伝をしてもっと人気のある学校にする』を二つ目に設定したらいいね! おー、楽しくなってきたなー!」


 ばんざいして喜ぶミミさん。カミーアさんは微笑ほほえみながら同意した。


「想像するだけでわくわくが止まりません」


 そこに。首をかしげたミミさんが、疑問を投げかけてくれる。


「でも、中目標は三つから五つは立てるんですよね? その通りにするなら、少なくとも残り一つは必要になってきますね」


「確かに……。マナちゃんは、何か思いつく?」


「えっ、私ですか? う、うーん……」


 正直、早くも出尽でつくした感はある。ただ、いて言うならこれ、というのがないわけでもない。


「二つ目の目標が上手くいったら、私は最後に、還元かんげんをしたいです。感謝を伝えたいというか、ウィンウィンでありたいというか、ピースが良いというか……。目標が達成できたら、そのときは色んな人にありがとうって言いたいんです」


 考えがまとまっていないせいで、ふわっとした言い回しになってしまった……。正しい表現がわからなくてもどかしい。これじゃ伝わらないよ。


 私がけむくように苦笑くしょうしていると、三人は意外な反応を見せた。


「あたし……やっぱり、部長はマナちゃんしかいないと思うっ! これだけ先を見通せてるんだもん、これだけしっかりしてるんだもん。適任だよ」


「同感です。私もそこまでは頭が回りませんでした」


「カミちゃんが、頭が回らないくらいですからね。私なんかもう、頭が上がりませんね」


「みんな……」


 れ……! 照れちゃって照れちゃって、もう照れ! 照れってびたい気分だ。


 照れながらも、これで中目標も定まった。残すは……。


 カッカッカッ。


 中目標を書き足して、ついでに『目標をまえて……』とでっかく書いた。


「目標が決まりましたね! 今度は、具体的にいまできることを議論ぎろんしていきましょう!」


「はいはーいっ!」


「ミミさん、どうぞ!」


「カミーアちゃんが言ってた、ホォーヅリィの南部地域に行って楽しみまくろうよっ! んでもって、その様子をSNSと学校のホームページにアップしまくろうよっ!」


「しまくりましょうっ! 素敵です!」


 すっ。


 やり取りを聞いていたカミーアさんが手を挙げてくれる。


「はい、カミーアさん!」


おさなかったころに、両親にれられて、とあるおかに行ったことがあるのです。行き方までは思い出せませんが、凄く、凄く空気がんでいて、自然が美しくて、空が開けていて、とっても魅力的なところでした。いまの時期なら、桜も満開だと思います。そこに行くというのはいかがでしょう?」


「へえ、丘ですか! 私も行ってみたいです! でも、どこにあるんだろう?」


「丘……桜……もしかして!」


 心当たりがあったのか、クルミさんがスマホで検索けんさくをしてくれた。そしてすぐに画面が向けられて。


「カミちゃんが行った丘って、クイラの丘じゃないでしょうかね? ほら、桜が満開ですねっ!」


「うひょー綺麗だなっ!」「うわあ、素敵です!」「そう……ここ、ここですっ!」


「良かった! 実は私も、まだ小さかったころに、両親に連れて行ってもらったんですよね。確かに美しかったです」


 クイラの丘! 私は初耳だったけれど、写真からも伝わってくる桃色ももいろ花々はなばなの美しさ! 現地に行って、肉眼にくがんおがむことができたら、どれだけ幸せだろう……!


 とにもかくにも、目的地はクイラの丘になった!


 私は、黒板に『第一弾だいいちだんはクイラの丘!』と書いた。


「ということで! 最初の目的地はクイラの丘に決定しました! まだ百合の花のSNSアカウントがないことと、学校ホームページの使用許可が下りていないこと。現状の課題はそれだけですかね」


「SNSの作成許可も、ホームページの使用許可も下りてます。最低限、そこは認めてもらわないと、出せる成果せいかも出せませんから」


「おーっ! ナイスだカミーアちゃんっ!」


「いえ、当然のことです」


 興奮こうふんするミミさんに、毅然きぜんとするカミーアさん。二人のかけ合いもいやされるなあ。


 カミーアさんの用意周到よういしゅうとうさには感服かんぷくする。そのおかげで、今日のうちに決めたかったことがすべて片付いた。


距離的きょりてきに平日の観光かんこうきびしいです。なので、決行けっこうは明後日、土曜日のお昼過ぎ。集合場所は、最寄もより駅の改札かいさつ前にしましょう。各自、カメラやお弁当など、持っていくものを準備してください」


「はーいっ!」


 百合色の快活かいかつ音色ねいろが教室にひびいた――。


 明日は、買い物にでも行こうかな……。

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