大文字伝子の休日14

クライングフリーマン

大文字伝子の休日14

午後9時。池上病院。南原の病室。

「そうですか。今回もDDの関与なしでしたか。」「お陰で、俺らは次の日の交通安全教室の打ち合わせをゆっくり出来たよ。」「半日で解決ですか。あれ?デジャブー?前にもこの会話を・・・あ。前は高遠さんでした。」

「みんながいる所に南原氏がいないと寂しいよ。南原氏の代わりに接待係、引き受けたが、緊張するなあ。やっぱり、向いてないなあ。」と物部はため息をついた。

「そんなことはないですよ。僕と違って、教師経験がないとか教育経験がないとかで落ち込む必要ないですよ。物部さんは、世慣れていらっしゃるから、色んな人生経験があり、日々お客を相手にしておられるから、常識ある会話が出来るんです。DDでもまとめ役は、大文字先輩じゃなくて、物部さんでしょ?」

「うん。僕もそう感じる。先輩のマンションに通うようになったのは、オープンだから。同じ先輩を持っていても、それぞれが違う感性で先輩と接している。大学の翻訳部だけで凝り固まっていたら、お付き合いしませんよ。」と服部が言った。

「それは、右に同じ。」と山城が言った。「いい人間関係だと思うわ。ウチの蘭でさえ、『蘭』『先輩』と呼び合って楽しんでいるわ。」と南原の母、京子が言った。

「龍之介さん。お義母さんのおっしゃる通り、素晴らしい人間関係だわ。実は私、部活やったことがないの。大文字さんの吸引力統率力、高遠さんと物部さんのサポート力は素晴らしいとしか言いようがない。あなたの妻になって、随分得しちゃった。」と文子は言った。

「べた褒め大会ね。前に言ったかも知れないけど、高遠君は、死んだ息子の後輩だった。一時期卓球のコーチもしてくれた。大文字さんのコミュニティーよ。共同生活はしていないけれど、この場合は、共同体という意味のコミュニティーよ。時々、この中に息子がいる、みたいな錯覚に陥るのよ。」と、入って来た池上院長が言った。

「ああ。物部さん。南原さんは、もう食事もちゃんと出来るようになったのよ。後は右脚だけど・・・少し時間がかかるかも。ある程度経ったら、リハビリ始めます。そう伝えて下さる?高遠君や大文字さんに。」「承知しました。」と物部がにっこり笑って言った。

同じ頃。ウーマン銭湯(「大文字伝子が行く44」参照)。

「おねえさま。いいんですか?3人だけで。」となぎさが言った。

「みちるがまた、僻むかもね。で、また変な踊りをあかりと踊ったりして。」とあつこが言った。

「止めてくれ、聞いただけで目眩がする。物部用に胃薬2箱買ったよ。」と伝子が言った。

「そうだ、あつこ。幹部会議ってことにしないか?」「幹部会議?」「それなら、みちるも文句言えないかも。」「銭湯で会議か。はははは。」3人が笑った時、1人の女性が入って来た。「朝湯セールは明日からなんですけどね、大文字ご一行なら歓迎しますわ。」

「あなたは、オーナーの杉本さん。え?明日からでしたか。」「おねえさま、誰に聞いたの、朝湯セール。」「ヨーダ。」「あいつ、今度絞めてやる。」とあつこは鼻息荒く言った。

「私も入りますわ。」と言って、杉本は脱衣コーナーに向かって、他の湯船にドボンと入った。湯が大量にこぼれた。

「一度、こういうの、やってみたかったんだ。」と杉本は舌を出した。

3人とも同じことをして、杉本の入った湯船は一気に湯が溢れ、4人の女の女子会になった。

午前10時半。モール。喫茶店アテロゴ。

高遠が入って来る。「いいのか、高遠。油売ってると、怖い嫁さんにどやされるぞ。」と物部は言った。「今日は、ウーマン銭湯の『朝湯』行ってます。辰巳君、コーヒーね。」

「今、池上病院に行って来た。アイの力は凄いぞ、高遠。後は右脚だけだってさ。」と物部が言うと、「良かった。伝子さん。闘いから帰ったら、『南原も闘っているんだよな』って、しみじみ言ったりするんですよ。この頃、行けなかったから。」と高遠が応えた。

「まあ、仕方が無いさ。EITOが忙しいからな。そう言えば、一昨日の水管橋事件、どうだった?また怪我人出たのか?」

「一人も。副部長。人間、何処でどう転ぶか分かりませんね。伝子さんと総子ちゃんが倒した大松。もう会社畳んでるって言うんです。」「え?乱闘したって言って無かったか?」

「それ、『死の商人』が送り込んでいたんですって。大松はね、拳銃撃つのが趣味で、ハワイによく撃ちに行ってたらしいんですよ。で、死の商人にスカウトされた。でも、札束積まれた日から、随分時間がかかった。それで、『無駄遣い』しちゃったんですって。ハワイに拳銃撃ちに行ったりして。」

「暢気だなあ。」「で、死の商人が決行の指示に来たら、何の用意もしていない。怒った死の商人に、乱闘の要員を派遣してやるから、水管橋の爆発物は何とか用意しろ、って言われたんですって。で、爆発物のリモート受信装置の予算がなくて、幾つか水管橋のパイプに設置しただけだった。あつこ警視もびっくりした、って言ってました。これじゃリモコンあっても爆発はしないって。それで、水管橋の通路に立っていた。普通、爆発物の近くにいないでしょ?」

「だよなあ。もう生きてくのも嫌な気分だったのかな?」「拳銃落とされて悟ったらしいですよ。もう終わりだな、て。」

「あ、そうだ。キーワードは?」と物部は高遠に尋ねた。

「そんなだから、欠片も聞いていない。勿論、『段ボール作戦』なんて分からない、と言っているようですね。」

「じゃ、また自力でキーワード探して、未然に犯罪防ぐ?そう、うまく行くか?」と物部が言うと、「辰巳君。お代わり。まあ、無理かな。大文字伝子でも、全知全能じゃない、ですよね。」と高遠は応えた。「お前、言うようになったなあ。」

辰巳はコーヒーを持って来ると、「高遠さんが編集長にお見合いさせたら?って勧めてくれたそうですね。」と言った。「迷惑だった?」「いいえ、実はその・・・。」

「辰巳は乗り気なんだよ。実はナア、高遠。編集長が持って来た写真2枚。迷っているんだと。」と、物部は写真を見せた。

「美人だなあ。そりゃあ迷うなあ。」「両方、お見合いすればいい、って言っているんだよ。」「僕も副部長に賛成ですね。締め切りいつ?」「今月中です。」「時間あるじゃない。向こうの都合に合わせて、2回お見合いすれば?」と高遠が言うと、「そうですね。会ってからでないと何も始まらないですよね。」と、辰巳は納得した。

午前10半。ウーマン銭湯。

3人が帰ろうとすると、「確か警察関係の方ですよね?」と、杉本が言ってきた。

そして、チラシの裏に書かれた殴り書きの文章を伝子達に見せた。

『オープンを止めないと、ぶっつぶすぞ。』と書かれていた。

「脅迫状?マフィアとは関係なさそうだな。どうする?」と伝子はあつこに言った。

「おねえさま。警部達に張り込みさせましょう。緊急時にはEITOが加勢することにして。」と、あつこは言った。

午後1時。伝子のマンション。「まずは、様子見だな。」「爆破予告も愉快犯ばかりだったしねえ。『ぶっつぶす』。抽象的だな。文字通り解釈すると、あの銭湯が邪魔な奴がいる訳だ。」と、高遠が言った。

「それで、久保田さんに、恨み持つ奴を調べて貰っている。」と、伝子はため息混じりに言った。

午後3時。TVのニュースでは、志田総理が病気の為、退陣して、志田総理推薦の市橋氏が総理総裁の任に着く、と官房長官と市橋氏が記者会見をしていた。TVを見ながら、伝子は高遠と雑談していた。

「やっぱり命が惜しくなったか。」「『死の商人』なんかに頼むから。いや、つけこまれたんだった。マスコミにばれたら大変だよ。解散総選挙だな。」

「元々頼りなくて、総理に向かなかったし。国葬儀決めたのも、英断でもなんでも無くて、周りに言われたからだ、って言われている。」

久保田管理官用のPCが起動した。

「管理官。志田総理、退陣って今ニュースでやっていましたよ。」「ああ。機密事項だが、総理は亡命するらしい。もう密かに渡米している。いつ暗殺されるか分からないからな。ところで、ウーマン銭湯に不満を持ちそうな輩のリストを作った。一番怪しいのは、サウナの老舗、グレイトサウナかな?スーパー銭湯は、それなりに支持層があるし、こっちは風呂よりイベント目当ての客が対象だからな。」

「ありがとうございました。」

翌日。午前8時半。ウーマン銭湯。朝湯オープンを前に長蛇の列が既に出来ている。

そこへ、チンピラ5人がやって来て、追い返そうとした。

「出歯亀の嫉妬か?」と、みちるがやって来た。男達はスタンガンでみちるに襲いかかったが、みちるは電磁警棒でスタンガンを全て叩き落とし、男達に平手打ちをした。気が収まらないのか、みちるは警棒を振り下ろそうとしたが、結城警部と新町あかりに羽交い締めにされ、止められた。

青山警部補率いる警官隊が彼らを逮捕連行していった。

オーナーの杉本が、「オープンを前倒しにします。整列して、ご入場願います。」とメガホンで叫んだ。

午後2時。伝子のマンション。伝子は寝室で電話を取った。「ふぁあぁい。」

「何だ、寝ていたのか。道理で、画面に出ない訳だ。もう2時だぞ。」と管理官が言った。「すいません。夕べ徹夜で。」

「ああ。予想通り、グレイトサウナが雇ったチンピラだった。不思議なことに、グレイトサウナにも『死の商人』は札束を積んだそうだ。どうやら、反社系のサウナと勘違いしたそうだが、ウーマン銭湯は潰されるべきものだ、と言ったらしい。キーワードらしき言葉も聞いていない。」

「また、謎が増えましたね。」「ああ。謎だ。以上だ。」

電話が切れると、ベッドで伝子の隣にいる高遠が言った。「事件の前に、子作りの続きしよう、伝子。」「勿論よ、ダーリン。愛してるわ。」

二人の夜は、『今』だった。

―完―





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