第11話 邪悪なる影
気が付くとベッドの上だった。ぼんやりした頭で見覚えのない天井を見つめるうち段々と意識がはっきりしてくる。のろのろと上体を起こすと聞き慣れた声が隣から聞こえる。
「おう、気が付いたか」
横を向くと丸い籐椅子に座ったリネアさんの姿があった。愛用のロングソードを布で拭いている。
「ここは……」
「村の家だよ。空いてるベッドを貸してもらってお前を運び込んだんだ」
「僕、倒れちゃったんですね。すいません、付き添ってくれてたんですか」
「まあな。騎士団の連中は集落の連中を運ぶんでてんてこ舞いだからよ。オレに見ててくれって頼まれてな」
「スネイル族の皆さんは?ルルーナさんは大丈夫ですか!?」
「そう興奮するなよ。集落の連中はほとんどが火傷や怪我を負ってるが重症者は少ない。しかし三人の死者が出たそうだ。ルルーナは軽症で家で休んでる。お前が回復魔法をかけたんだろ?」
「ええ。簡単なものですが……」
「頑張りすぎなんだよ。お前が倒れたのは魔力を使い過ぎたことと過度に精神を集中しすぎたことによる過労が原因だそうだ。馬鹿みたいに膨大な魔力を持ってるお前がそこまでなるってのは普通じゃないぜ」
「そうしないといけない状況でしたから」
「まあ魔獣が立て続けに来た上にあの訳の分からないガキたちの相手をしたんだからな。その上集落の連中を助けるとなりゃハードワークになるのは当然だ。だがお前自身が倒れたんじゃ元も子もねえ。もう少し自分を大切にしろよ」
「リネアさん……」
こんなに優しいことを言ってもらえたのは初めてだ。僕はじん、としてリネアさんを見つめる。
「何だよ、その妙な顔は」
「いぇ、リネアさんにそんな優しいこと言ってもらったの初めてだから嬉しくて」
「お前、普段オレをどんな目で観てんだよ。オレはいつだって優しいだろうが」
主観の相違ってやつだな、と思ったが無論口にはしない。せっかくの感激の余韻を無駄にはしたくない。
「たからその妙な顔はやめろ!」
リネアさんが怒鳴ると同時にドアがノックされ、リオンが部屋に入って来た。僕の顔を見てホッとした表情を見せる。
「エリオット君、気が付いたか。よかった」
「すいません、ご心配をおかけして」
「何を言ってるんだい。この村とスネイル族の集落がこの程度の被害で済んだのは君のお陰だ。皆に代わって礼を言うよ」
「い、いえ、そんな」
「まあ確かに今回はお前はよくやったよ。少しは見直したぜ」
「リネアさんにまでそう言われるとくすぐったいのを通り越して怖くなってきますね」
「お前がオレをどう見てるのか本気で問いただす必要がありそうだな」
リネアさんが指をポキポキ鳴らしながら近づいて来る。引き攣ったような笑顔が怖い。
「まあまあリネアさん。病み上がりの少年を虐めないでやって下さい」
リオンが苦笑しながら言い、リネアさんは憮然とした顔で再び籐椅子に腰を下ろした。
「それでリオンさん、集落を襲った奴らのことなんですが……」
「ガディム殿から詳しい報告は受けた。どうにも尋常じゃない連中のようだね。君の機転で何とか乗り切れたとガディム殿も感謝していたよ」
「いえ、あの女の子のおかげです。そういえば彼女は?」
「まだ幕舎で眠っている」
「あのガキもうある意味尋常じゃねえな」
リネアさんの言葉にリオンが頷く。
「確かにあの子は普通じゃない。集落を襲ったそのローダンとか言う少年は彼女のことを知っている様子だったんだね?」
「はい、彼女のことを
「尸童か。意味は分からないが、彼らにとって重大な存在なんだろう。まさか彼女の名前じゃないだろうしね」
「はい。それに彼らの目的は例の
「やはりあの少女と
「赤ん坊相手じゃ会話も何もあったもんじゃねえしな」
「そうですね。とにかく調査を進めるしかないだろう。手掛かりはまるでないが、改めて集落を襲った連中について本部に報告の者を遣わした。本部に応援を頼んでおいてよかったよ」
「あれから魔獣は?」
「幸い現れていない。充分に警戒はさせてあるがね。それでエリオット君には他にも報告しておくことがある。先程カルネリアに向かわせた部下が帰って来たんだが……」
「イナビスという商人は見つかったんですか?」
「ああ、見つかった。……死体でね」
「え!?」
「イナビスというのは昔からカルネリアに店を構えるれっきとした商人らしい。だが部下が訪ねても返事がなく、近所の人に聞くとここ数日顔を見ていないという。嫌な予感を感じた部下はカルネリアの警備兵に連絡を取り、イナビスの店に入ったそうだ。そこで地下の倉庫の中で死んでいるイナビスを発見した。明らかに他殺らしい」
「そんな……何故?」
「可哀想に。何も知らずに巻き込まれたってわけか」
リネアさんの言葉にリオンが頷く。
「冒険者ギルドのカードを持つ君たちが身元のはっきりした商人の所へ荷を運んで来たとなれば詳しいチェックはされないだろう。ましてやエリオット君は貴族の子息だ。サンダースという男はそこまでは知らなかったろうが、結果的には彼に有利になったわけだ」
「それで本物のイナビスに成りすまして荷を……」
「そういうことだ。君たちはイナビスの顔を知らないし、店の中で受け渡しをすれば町のものにバレる心配もない」
「しかしオレたちが指定の時間までに現れなかったんで、何かあったと勘づいて姿を消した、か」
「おそらくね。ひどく抜け目がない。素人の仕事じゃないね」
「だからって本人を殺すなんて!」
「口封じのためだろうが、残忍なやり口だ。とても許せるもんじゃない」
僕は怒りで身が震えた。目的のために簡単に人を殺すなんてとても許せることじゃない。そんな奴らに自分が利用されたのだと思うとはらわたが煮えくり返る思いがする。
「君の怒りはもっともだが、あまり興奮しないことだ。まだ疲れが残ってるだろうし、怒りは正常な判断を鈍らせる」
リオンの言葉に僕は大きく深呼吸をして、込み上げる怒りを抑えた。ふと隣を見るとリネアさんが顔を紅潮させながらぎゅうっ、と拳を握りしめていた。彼女も爆発しそうな怒りを必死に耐えているようだ。
「あの野郎、今度見かけたら真っ二つにしてやる!いや、五体バラバラに切り刻んでやる!オレをこけにしやがって!!」
いや、耐えてはいないか。
「リネアさんの言うあの野郎とはサンダースのことですね?」
リオンの問いにリネアさんが怒りの表情で「ああ」と吐き捨てるように答える。
「確かにイナビスが利用されただけの被害者だった以上、手掛かりはそのサンダースという男だけですね。すでにスレックにも部下をやって聞き込みをさせていますが……」
「荷物の運搬にも姿を現さなかったんだ。まだ近くでうろうろしてるとは思えねえがな」
「そうでしょうね。ですがリネアさんに協力してもらって作った人相書きを持たせていますから、町の人間から何か情報が得られるかもしれません」
「あのローダンとザビロスという二人はやはり仲間なんでしょうか?」
僕の質問にリオンは腕を組んで考え込む。
「僕は直接その二人を見ていないからはっきりとは言えないが……。エリオット君やガディム殿の言う通り常人離れした力をもっているとすれば、わざわざ訳ありの品を君たちに運ばせたか疑問だね。ザビロスという男は転移魔法のようなもので現れたんだろう?一度では無理でも自分たちで移動出来たんじゃないかな」
「となるとあの二人が狙っていた
「その可能性の方が高いと思うね」
「くそっ!金がねえからって怪しげな依頼を受けちまったのが失敗だったぜ」
「今更言ってもしょうがないですよ、リネアさん。それよりこれからどうするか……」
僕がそう言いかけた時、慌ただしい足音が聞こえ、ドアが激しくノックされた。
「隊長!こちらにいらっしゃいますか!?」
リオンが「どうした?」と答えると同時にドアが開き、一人の騎士が慌てた様子で捲し立てる。
「来て下さい!例の少女が!」
「何!?」
その言葉を聞いてリオンだけでなく僕も息を呑み、慌ててベッドから飛び起きた。
異世界魔法発掘隊 黒木屋 @arurupa
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