二者択一
「えっと……いい所……?」
「そう。好きな所でもいいわ」
世話になった事ももちろんあるから、探せばいくらでもありそうだ。
「す、好きな所は、その、顔と手、それから……胸……はい」
「正直ね」
可愛らしい部分もあるし、女性とも、女の子とも呼べるその人は、はっきり言って私のどストライクだった。
ただ、お酒は作れても料理はからっきしダメ。
「私と一緒にいてくれたら、いくらでも好きに出来るよ」
ソファから一歩も動いていないのにすぐ横にいる様な、上にのしかかってる様なそんな感じがする。私は天井を仰いでいる。
「今なら私、あなたのこと誰よりも愛す事が出来るわ」
「……来なきゃ良かった」
後悔はしてないし、別に本心からそう思っている訳じゃない。
雪はまだ降ってないけど気温は段々と冬に向かいつつあったので、外の寒さからか、もう暖房が弱くではあるがついている。
冷蔵庫から水の入ったペットボトルを出している。
「あのてんちょ――」
「
「私にも水……え?」
「私の名前。知らなかった?」
店長としか呼んでいなかったから、名前なんてほとんど聞いた事なかった。でも確かに常連客がそうやって呼んでいたような気がする。
「知ってたような」
「どっちでもいいよ、ほら起きて」
冷蔵庫に入っていたペットボトルの水はキンキンに冷えていた。冬なのに。
そのまま私の隣に座る。
「私ね、こうやって誰かと普通に話とかしたかったの」
「彼女さんはそうじゃ無かったんですか」
ペットボトルの蓋を開けるとパキパキと心地いい様な、人によってはそうでも無い様な、そんな音がする。
「あの子はそうじゃなかった。恋人がいるっていうステータスが欲しかっただけだったから」
「人なんて誰しもそうじゃないんですか? 本当に好きだから告白とかしない――」
そんなセリフを言ってからアーニャの顔を思い出した。
「本当に好きだから、言葉にするんでしょう。いつまでも自分の中に閉まっておくだけなんてもったいないわ」
「――そうですね」
人を好きになった事が無いから分からない。母も妹も、家族として好きだったから。
「あなたが恋人とこういうホテル選ぶ時は何があったらいいとか、そういうのあるの?」
「き、急になんですか……」
あまりにも突然だったから変な声が出た。経験が無いから答えられない。という答えはいいのだろうか。
少し考えて出した答えは、
「す、スープが美味しい所……ですかね……?」
あと綺麗で安価な所とも付け足しておいた。
突拍子の無い質問には突拍子の無い答えを返す。
「あなたらしい答えね。好きよそういうの」
「で、でも好きな人となら、その、家がいい、です」
あまりお互いにそういう知識が無いから、安心出来る場所を選ぶだろう。
店長、いや心湊はきっとこういう所には慣れているのだろう。
「経験が無いので分からないですけど」
「経験無い、経験無いって言うけど、どういう経験?」
「人を好きなった経験ですかね……?」
「家族は好きでしょう?」
「それはまあ、はい。でも家族と他人って違うじゃないですか」
「同じ様に好きになればいいのよ」
家族に恋愛感情なんて持ったことが無い。現状、それが私の頭を悩ませる原因である。
「元は他人同士だったんだから、好きになるのは簡単でしょう?」
「でもそれは……」
「あれこれ理由付けて、恋愛から逃げてるだけじゃあないの?」
恋愛なんてしたことが無い。
好きなんて人に言ったことだって無い。
それを逃げているなんて言われたって仕方が無い。
「何度も好きになろうとしましたけど、どうしても家族の域を越えないんです」
「うーん? ああ……なるほど」
バフっとなる様に後ろに倒れる。
「あなたの恋人って、そういう事ね」
「言ってません……でしたっけ?」
「初耳。あー、すっきりした。てっきり友達から告白されて悩んでるんだと思って」
まあ、あの子とは腐れ縁みたいな物で、ずっと一緒にいるから姉妹と間違えられる事もある、あった。
「妹、なのよね?」
「…………はい」
右腕を引っ張られベッドに倒される。細いけど力のある腕と、あまりにも形容しづらい大きな胸に抱きしめられる。
「浮気なんて言わない、私の事好きになってみない?」
「前も同じ様な事聞きましたよ」
「前は浮気を提案したわ」
私って、いつも抱きしめられてばかりだ。妹にも、心湊にも。
「どれだけ言われても、私は、私? どうしたいんだろう?」
迷いが生まれる。誰をどうやって、私は好きになればいいんだろうか。
「普段いる人とは離れたり、普段一緒にいない人といると分かるかもよ?」
「結構長く一緒にいて、離れられる自信なんて無いですよ」
「別れろなんて言ってる訳じゃないからね? どっちかが実家に一度戻るとかそういう簡単なのでいいと思うし」
誰かに話せば、誰かが答えをくれる。そんな甘い世界で私はずっと生きてきた。今もそうだ。しかし、依然として迷いは晴れない。
何も言えなくて、ひたすら胸の中で黙っている。
「私は悪い女よ」
突然そう切り出した。
「良い女の振りして、悩んで、弱ってるあなたにつけこもうとしているんだから」
世の中には良い人間と悪い人間がいると聞いたことがある。どういう意味かは未だに私は理解していない。良い人も悪い人も一括り、私は人間だって思う。
「でもあなたが好きで好きで仕方が無い。そんな私を好きになって、っていう方が難しいわよね」
人生で二度、人に好きと言われた。こういう事があるとやっぱり子供でいたいと思ってしまう。なんの感情も入れないで好きと言える子供がいい。恋を覚えたらもう大人でしかない。
それを逃げと言うのなら、私は子供のままでいい。
そんな事思ってはいるものの、本物の感情をぶつけられ私の心臓はドクドクとしている。
「なんて返したら良いか分かりません」
「ゆっくり分かれば良いと思うよ」
優しい声色でも強い意志があると思った。
顎を上げられた。何をされるか分からず、ギュッと目をつぶってしまう。怖くなんて無いのに、何をされるか分からない事に目を閉じる。
もしやと思ったら、そのままギュッと抱き締められた。
「ごめんなさい、私ったら……」
ゆっくり解かれるが、離そうとしない。優しく包み込まれ、頭を撫でられる。
「人の物はとれないもんね」
ずっと綺麗だなぁって思ってた顔に、幼い子みたいに可愛らしい微笑みがあった。
もしかしたら大人ってこういう一面もあった方がいいのかな、なんて思った。
身体が熱くなるのを感じる。特に頬。段々と高くなる体温は隠しきれない。心臓の鼓動がとてもうるさい。妹に抱き締められてもこんな感情は覚えなかった。
「別に……そんな……私は誰の物でも……」
口が勝手にそんな事を言った。
頭が真っ白になった。自分を好きと言ってくれた人を、こんな簡単に否定して私は何をしてるんだ。
「私も……好き……です……」
あれ? 私何言ってんだろう。
更に真っ白になる。何も考えられない。
「私に言わされてない?」
「いやでも、アーニャが、妹が……」
ずっとぐるぐるしている。まとまる事を知らない頭に混乱する。だからまとまらない。
ずっとぐるぐるしてる頭を優しく撫でられる。
「もう分かんない」
すがる様にして心湊の胸に泣きつく。
「どうしようもない気持ちが出てきて、心湊さんが本当に好きだって言ってくれて嬉しかった。でもでもアーニャが、妹か好きだって言ってくれてるのに、私はどうしたらいいか分かんなくなって。もう、もう……」
きっとこれが人を好きになる事なんだろうって。自分で気づいた恋は、人として踏み外したら駄目なんだろうって思う。私には恋人がいて、心湊にもいる、いたの方が正しいのかもしれない。
「ちゃんと言えるじゃない。それだけ聞けたら十分」
頬に流れる涙を指で撫で拭かれる。
「それをどうやって妹さんに言うかね。私に言えるんだもの、ちゃんと言えるわ」
こうやって人を好きになるんだなぁって思った。けれどそんなの人それぞれ違うだろうから、口にはしなかった。
私の初恋は多分これで終わりだ。目の前のものと向き合う日が来る。
あと、キスってこういう時にしなくなるんだなぁってついでに思った。
義妹は吸血鬼 幽谷 優 @Yu_kasodani
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