おもいでづくり

 なんとなく、ただなんとなく前の職場に来た。閑古鳥が鳴いているというより泣いていた『心』は既に看板すらも無く、住居として使っていた階も電気がついていない。もしかしたら誰かいるんじゃないかという淡い期待を持ちながらここまで来た。もちろん誰もいない。

「誰もいないよね、そりゃあ」

 とはいえ誰もいないにしては妙に生活感が漂っている感じもする。郵便受けは開けられた形跡がある。

 もしかしたらということも考えて店舗の入口のドアを開けようとした。もちろん開かない。

 諦めて帰ろうとしたら、勝手口から誰か出てきた。

「あら、物音がするから誰かと思えば」

「店長」

 元店長、と言うべきか。この人はもう店は持っていない。

「入ってく? 寒いでしょう」

「じゃあ、そうします」

 従業員の時はここから出入りする事が多かったから、物珍しさも特に無い。変わったというかものが無くなったというのが正しい。

「明日別の家主が来るから、最後に見ておこうと思ってね」

「思い出作り的な感じですか」

「まーね」

 店舗だった場所、事務所だった場所はもう面影を残していない。

「元々趣味みたいなもので始めたから、いつかこうなるって思ってた」

 そして、従業員時代には行ったことの無い二階に通された。

 一階とはうってかわってリフォームされて、全体的に綺麗だった。

「住んでた時は気づかなかったけど、こんなに広いのねぇ」

「………………」

「ここでご飯食べて、ここでくつろいで、こっちで愛し合って、ここにベッドがあって……」

 思い出を話してるうちに段々と声色が悲しくなってきた感じがする。

「そんなに長い期間じゃなかったけど、楽しかった」

「あの……」

「思い出ばかりの場所じゃないわ、あなたもいて完成するから」

 上下階でこんなに雰囲気が違う。ここは私がいていいような場所じゃない気がしてきた。

「……他にも従業員いたでしょう」

「まあまあ。ちゃんと働いてくれたのあなただけだから」

 確かに私と店長以外はあまり来なかったと思う。

 その、店長の元カノも。

「だからあなたもいて、なのよ」

「……はぁ」

 思いのほか長い事滞在した気がする。人の思い出は自分が思うより、ずっと大きいらしい。

「出ましょうか、あまり長居して汚したりしたら申し訳ないわ」

「なにかする気だったんですか」

「いいえ?」

 心残りが無いといえば嘘になるが、思ったよりあっさり離れることが出来た。私も思い出が無いといえば嘘になるが、私にとってそんなに大切な物では無いのかもしれない。

「この後は予定あるの?」

「誰かいたらいいな程度で来たんで、この後は特に」

「うち来る?」

「うちっていうか……」

「ラブホだけどねー」

 そう言いながら車の助手席を開ける。ここにしか私は座った事がない。

「どうせ暇なんで行きますよ」

 車内での会話は平凡なもので、お互いの働きぶりや、あの従業員はどうだ、この従業員はこうだなんて話をしていた。

 まあまあ久しぶりに来たこの部屋は以前となんら変わりは無い。

 私の体は部屋に入った瞬間から、あのとても広いベッドへ吸われるようにして、真っ先に向かう。

「部屋のベッドもこれだけ広ければなぁ……」

「あらあら」

 部屋の主に何も告げる事無く横になる。母のように優しく包み込む布団のなんと柔らかい事か。

 子供を見るように笑いながらソファに腰掛ける店長。

 あまりにも無防備でいかんいかんと頭を横に振るが、寝心地の良さには勝てない。

「せっかくいいベッドなのに横にならないんですか?」

「毎日寝てるもの、十分知ってるわ」

 なんだか寂しい顔に見えた。

「そんな簡単に寝ているのに、私とは寝てくれないのよね」

「……いやぁ」

「それもあなたのいい所」

 続けて、

「私のいい所は、ある?」

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