飲みきった缶の底

 目をつぶるとすぐに朝が来る。待ってなくても追いかけなくても勝手に来る。あまりにも身勝手で、私の話を聞いてくれない。やりたくない事も、なにかの締切もそうやって一緒に来る。

 ソファの背もたれによしかかり、眠れない日々を過ごしている。眠りたい事には眠りたいのだけど、隣で眠る妹がいやに気になって眠れない。いつか誤りが起こるかもしれない。そんなどうでもいい事で眠れなくなってしまっている。カフェインのせいもあるかもしれないが、もっと別の理由を探して、そうやってソファに座ってよしかかる。

 何かに自分の心を吸われた様な、そんな感覚だ。

「お姉ちゃん? トイレ行ったんじゃないの?」

 電気も点けないで暗いリビングでスマホを見ていた。静かにベッドから出たと思ったが、どうやら起こしてしまったらしい。

「なんか眠れなくて」

「エナドリ飲む量増えたからじゃない?」

 夜更かしをする理由を探している。探しても見つからない答えはどこにあるのだろう。

「明け方に寝ちゃうのもあるかもね……ははは……」

 トテトテ歩み寄ってきて私の隣に座る。ホーム画面に戻し、スマホをテーブルの上に置く。

 スマホの光だけが二人を照らす。

 膝の上に乗せていた手を取り、包み込む。

「お姉ちゃんの体が心配だよ」

 いつか撮ったホーム画面の写真の中の二人はとてもいい笑顔だ。

「こう見えてもお姉ちゃん、体は強いんだよ」

「そうじゃなくって、もっと休まないと」

 スマホの横、黒と緑の配色の缶を見つけたアーニャ。少し持ち上げ中身を確かめるように振る。

「また飲んだの?」

「気づいたら手に取ってた……」

「そんなに美味しいのこれ?」

 そう言って飲みかけの缶を口にする。

 意識しなければいいのに、恥ずかしくなる。

「んー、変な味」

「それが癖になるっていうか、いつでも止められるって思ってて……」

「中毒になった人は皆同じ事言うって習った。まだ安全だからいいけど」

 比較的安全ではあるけど、いつかボロが出るんだろうなって思う。

 ボロボロになって、そのまま消えてしまう様な感情と同じで。

「飲むのは良いけど、程々にしない。週に二回とか。それでも飲みすぎだと思うし、コーヒーだって飲むでしょ」

 少し間を開け、窓の方を見ていた。

「体壊してお姉ちゃんいなくなるのヤだから」

「大袈裟だなぁ」

「私は心配してるの」

「はいはい、ありがとう」

 変にニヤけながらの返答だった。深夜特有の変なテンションだったのだろう。

 自分がいなくなるなんて、考えた事も無かった。

「もう、バカ」

「お姉ちゃんはバカですよ」

 頬をペチンと叩かれた。

「明日も学校だから寝るね」

「後でちゃんと行くから」

 おやすみって言って、叩いた頬にキスされた。そのままアーニャは二人の寝室へ行った

「…………それが、原因なのかもなぁ」

 缶はまだ半分以上残っている。もちろん全部飲む。時間を掛けて、ゆっくり。

 悩ませる原因をアーニャは気づかない。

 付き合い始めてそんなに長い時間アーニャの事を考えていたかと言われればそんな事無いし、誰に対してか分からない謝罪ばかりしていた気がする。

 好きなのは事実だし、本心を伝えられて嬉しかったのはもちろんだ。好きだから、それ以上が考えられない。周りから見ればそれは無責任なのかもしれない。自分を俯瞰的に、客観的に見られない自分の弱点。一つの視点でしか物事を考えられない自分の弱さ。彼女ならそんな事は無いし、視野が広いから、私以上に彼女を愛せるのだと思うけど、私の妹だからそんな事はさせない。同時に、恋人なのだから。

「そんな事言ったって、どうせ」

 月の光は私を鈍く照らす。

「どうせ――そんな事無くなる、のに」

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