ミルキーレールウェイ

米太郎

ミルキーレールウェイ

電車から見える彼はとてもかっこいい。


身長は180cmくらいかな?少しワックスで立てた短髪をしていて、スポーツが出来そうな印象を受ける。細身なのだが、半袖のワイシャツから見える腕にはしっかりとした筋肉が付いている。

眉も綺麗に整えていて、彼の横顔に思わず見とれてしまう。


毎週火曜日、私は吹奏楽部の朝練があるのでいつもより早めの時刻に電車に乗るのだ。

私が乗る電車の向かい側には、同じ方面へ走るもう1本の電車がある。同じ方面へ走るため、時間帯によってはピタリと横に並び、向かい側の電車の中に乗っている人が見える。彼は私が乗る電車と並列に走る電車に乗っているのだ。


彼を眺められる時間も、もう終わってしまう。

次に見れるのは来週か…。



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最初彼を見つけたのは、曇天の朝であった。

日の出後の時刻だと言うのに、その日は厚い雲が太陽をすっぽりと覆い隠しており、とても薄暗かった。

強豪校でもないのに吹奏楽部の朝練するなんて嫌だなぁと、私は憂鬱な気持ちになりつつ暗い外の景色をぼーっと眺めていた。


停車駅が近づいてきたため、電車は少し速度を落とし始める。すると、暗い景色の中に並列して走る電車がこちらの電車に追いついてきた。

暗い朝景色の中、金属の塊がギラギラと暗く光りながら追いついてくる。

自分の気分と同じである暗い景色をもう少し眺めていたいと思ったのに。私を嫌な所へ運ぶような、ギラギラの人工物は嫌いだ。

相変わらず辺りは暗いのだが、電車の1つのドア付近だけが光に包まれたように輝いて見えた。まさに夜空に輝く一番星のようだった。彼がいたのだ。


ドアの横にもたれかかってスマホの画面を見ている彼。切れ長の目でスマホを見つめる顔がとても絵になる。柔らかそうな薄い唇。清潔でとても爽やかな言葉を発するのであろう。立てた短髪によって顔の輪郭はしっかりと見える。輪郭はとても滑らかで、滑り台だったら怪我をする子供達が続出するだろう。


電車が並列に走る数秒間、私は彼から目が話せなかった。私は一目惚れをしていた。


他の曜日も朝練があるのだが、彼が見えるのは決まって火曜日だけ。



いつもスマホで何しているのかな?

どこの学校に通っているのかな?

何の部活に入っているのかな?



もし、話せる機会があれば聞きたいことはいっぱいある。そんなチャンスもないのだけれども。

ましてや、目の前に来たとしても私は男子とお喋りなんてしたことが無い。

何も話せずに終わってしまうのだろう。

なので、こうしてこっそり彼を見つめる。


1週間で1度だけ見える彼のことを、私は彦星様と呼ぶようになっていた。


今週の彦星様タイムも終わりか。

また、来週会えるといいな。



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7月7日火曜日。

今日は土砂降りの大雨。


私は雨は嫌いだ。憂鬱な朝が更に増長される。

毎週楽しみにしている彦星様も、こんなに雨が降ると見えなくなる。


今週は彦星様見られないのか…。…残念。

せっかくの七夕の日なのになぁ。一目だけでもみたかったなぁ。


大雨で景色が見えないながらも、ぼーっと外を見つめる。

いつもの時間、電車はきっちりと定刻に駅に止まるため、だんだんと隣の電車が近づいてくる。

どうにか彦星様が見えないかなと、私は目をこらすのだが、やはり何も見えない。


結局彦星様は見えないまま電車は停車し、乗客が大量に入ってくる。

雨の日はこれも嫌だ。電車内がとても混むのだ。私は乗車側とは反対側のドアの方へと向かい、ドアの外をみる形で立つ。

大量の乗客が入ると、電車内は肌が触れ合うくらい混むのだ。私の立つ場所は比較的混まないのだが、それでも今日はいつもよりも混んでいる。

はぁ、気持ちが暗闇に沈んで浮かび上がって来ないなぁ…。スマホでもいじって気を紛らわそう。



「緊急停車します。お捕まり下さい。」


いきなり電車は急ブレーキをかけ始めた。

私は片手にカバン、片手にスマホを持っており急に言われても何も掴めない。


キキーッ。


ブレーキの金属音が聞こえてきて、電車が傾く。

…ダメだ、踏ん張れない。倒れる…。


ドン。


倒れる先にいた誰かの胸にぶつかった。どうやら私を受け止めてくれたようで、どうにか倒れずに済んだ。


「…すいません、ありがとうございます。」


顔を上げると、彦星様がそこに立っていた。


「どういたしまして。怪我は無い?大丈夫?」


思っていたよりも優しい声。身長も思ったより高い。


「…はい。大丈夫です。 」


「怪我が無くて良かった。」


……話がしたい。七夕の日にこんな形で会えるなんて。チャンスは今しかない。


「あ、あの……。」


聞きたいことはいっぱいあったはずなのに。

何を聞いたらいいの。頭が真っ白。


「大丈夫、君のことは毎週隣の電車から見てたよ。緊張することないよ織姫様?」


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ミルキーレールウェイ 米太郎 @tahoshi

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