春と君と

IORI

日常だった

 薄紅色と若草色が混じり、季節の変わり目を告げていた。君の髪を撫でる風さえ、ほんの少し熱を帯びる。視線を上げると、いつものように無邪気に笑って、もうブレザーは暑いと項垂れている君。いつの間にやら追い抜かされた身長は、日に日に大人びる姿を強調しているようだった。通学路にいる欠伸をしている猫、挨拶を交わしてくれる近所のおばあさん、そして、君のいつも同じところにある寝ぐせ。いつも変わらない朝の光景。私はたまらなく好きで、当たり前に続いていくと思っていた。

 人は自分が思っている以上に、自惚れやすいことを知らない。この笑顔を向けてくれるのは、その声で楽し気に名前を呼んでくれるのは、心のどこかで私だけだと期待して、そうであってほしいと信じて疑わなかった。君の隣は私なんだと妙に確信めいた気持ちでさえ、愚かにも抱いていてしまっていた。

 

 

 嗚呼、君はそんな顔もするんだね。


 知らない表情の君は、あの子の名前を呼んで、弾けたように駆け寄っていく。私の隣からすり抜けていく。その後ろ姿は、あまりに遠くて、現実を知らしめるのにはあまりに十分だった。君は愛しそうに眼を細めて、いじらしそうに微笑みかけている。言わずともその感情の正体に、どうしても理解できてしまう自分も嫌だった。

 ねぇ、あの子は知っているのかな。本当は虫が苦手なこと。パプリカが嫌いなこと。手先が不器用なこと。飽きっぽいこと。君のことなら、多分私の方が知っているよ。並んで歩く彼らの背中に、もう叫んでしまいたい。辛いだなんてお門違いだ。そんなこと分かっている。でも、この衝動をどこに捨てればいいの。そんなことは誰も教えてはくれない。私の頼りない両手では、こぼれてしまうほどの思い出。今はただ苦しくて、なのに、手放す勇気もなくて、私の首は絞まるばかり。

 

 壊れそうな私の心を支配するこの感情は、意気地なしだったことへの罰だろうか。生ぬるい現状に甘えた仕返しだろうか。今となってはどちらだって構わない。だからどうか、こんな醜い私をどうか君は知らないままでいて。


散りゆく花弁と共に、消えてしまえたらどんなに楽なんだろうな。

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春と君と IORI @IORI1203

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