第四十七話 空斗君の前世と、栗本さんの前世と、空斗君の弟さんと妹さん(双子)の前世。

 さくらさんが、桃葉ももはちゃんの名前を呼んで、「離してあげて」と、やさしく言ったことで、桃葉ちゃんが空斗そらと君から手を離した。だけど、桃葉ちゃんの顔は泣き出しそうで。

 見ているあたしも、泣きそうになる。


 なにを思ったのかは知らないけれど、桜さんが話し出した。


 空斗君が、姉さまと弥太郎やたろうの息子の静流しずるだということは、水の神さまから聞いていたので、薫子かおるこさまは知っているらしい。

 薫子さまが桜さんに話したので、彼女も知っていたようだ。


 マツリさまは、空斗君が初めてこの家にきた時に、気づいたという。

 初音はつねさんも、空斗君と初めて会った時に気づき、記憶を読んだらしい。


 そして、伊織いおりさんは、空斗君と初めて会った時に、彼が前世の息子の生まれ変わりだと気づいたのだそうだ。


 桜さんの話を聞いて、ポロポロと涙を流す桃葉ちゃん。


「わたしは十歳の誕生日に思い出したのに、だれも教えてくれなかった……。静流という名前は忘れてたけど、彼と初めて会った日から何度も、会ってたの、思い出したのに……。前世のわたしは、母さまに顔が似た彼のことが気になってたけど……彼の両親のことはもう、考えたくなくて。毎日、母さまのことばかり考えてたし、跡継あとつぎだから、覚えないといけないことが多くて、いろいろ忙しくて。もうあの家には行かないと決めてたし、彼を見ると、あの日のこと思い出すから嫌で……。彼がいるってわかると逃げてた。彼が、空斗君だと気づいたのに、わたしの気持ちがわかるはずの空斗君はなにも言わなくて、本当は、前世のことを覚えてるんじゃないかと思って……。空斗君のことが信じられなくなって。でも、嫌いって思う時があっても、別れたくはなくて……。好きで……。好きだけど怒りあって、でも、言えなくて……。わたしがこんなにつらいのに、いつも笑顔で楽しそうな空斗君が嫌だった。なにも話してくれないのが嫌で。でも、聞けなかったんだ……。空斗君がなに考えてるのか、本音を聞くのがこわかったから」


 桃葉ちゃんの言葉を聞いた空斗君が、つらそうな顔で、「ごめん」と謝る。

 桃葉ちゃんが、空斗君をにらみながら口を開く。


「ごめんって言えば、なんでもゆるされるわけじゃないんだけど」


「……うん」


むぎちゃん、空斗君の前世の、お嫁さんだよね? 一緒にいるの、見たんだから。でも、麦ちゃんは大切な人なの。友達なの。嫌いになんてなれない。でも、空斗君は渡さない。悔しいけど、空斗君が好きなの。ムカつくけど」


「うん。大丈夫だよ。僕は前世でも今世でも、桃葉ちゃんに恋してるんだ。麦ちゃんはね、前世でも、今世でも、僕を特別視しないで、普通に接してくれる貴重な存在なんだ。だから感謝してるけど、彼女は、今も昔も友人であって、恋する相手ではないんだよ。大事ではあるけどね」


「そう」


「僕もね、十歳の誕生日に思い出したんだ。前世のこと。僕はそれまで、前世のことを全く覚えてなかったから、同じではないけどね。でも、前世でも君が好きだったって思い出して、運命だったと思って、感動したんだ」


 空斗君は目をかがやかせながら、前世の話を始めた。


「静流はね、十歳の時に、柚晴ゆずはると出会ってから、彼のことが忘れられなかったんだ。柚晴のことが気になって、また会いたくて、毎日、水の神さまをまつる神社に行き、柚晴に会いたいと願った。柚晴と会えても、彼に無視されたり、逃げられたし、ずっと避けられてた。それでも静流はあきらめなかった。初めての恋だったんだ。柚晴は男で、静流も男だったけど。柚晴は里長の子で、一人っ子で跡継ぎだったし、静流も一人っ子。柚晴の父親のみやびさまは、好きなら告白したらいいって言ってたけど、告白なんてできなかった。祖父母が孫を楽しみにしていたし、マツリさまとふじの精霊のために、家を残したくて婚姻こんいんしたんだ。仲が良かった幼なじみのうめと」


 桃葉ちゃんを見つめながらそう言ったあと、空斗君があたしに目を向けて、ニコリと笑う。


「幼なじみの梅が、麦ちゃんなんだ」

 って、教えてくれたあと、空斗君は再び、桃葉ちゃんを見た。


「静流の髪の色と目の色。そして、藤の精霊の血を引き、座敷神に守られていることを特別視して、ありがたい、神々しいと拝む人がたくさんいたんだ。静流は、人間たちが恐れてるあやかし――鬼の子なのに。それを知らないから、ありがたいなど言えるんだって、そう思ってた。人間ってね、無知で愚かなんだよ。自分にとって都合がよければ、あの人はよい人間だって思い込み、やさしい人って思うんだ。相手が心の中で、なにを考えてるとかどうでもよくて、自分たちのエゴを満たすことしか考えてないんだよ。それで、自分の期待に応えないと、勝手に被害者になってさわぐんだ。自分は悪くないって。だまされたんだって、さわいで、みんなに同情されようとするんだ。自分が、相手のことを見たいように見ていただけなのにね。そのことを認めないで、勝手に理想を押しつけて、思ってたのと違うって、あとでさわいだりする人間が多いんだよ。嫌になる……」


 ふうと、ため息を吐き、彼は話を続ける。


「自己中なのは人間だけじゃないんだけどね。今の僕も、前世の僕も、自分のことしか考えてなかった。静流がやってたことはストーカーだし、自分の夫や父親が、家族じゃない相手のことばかり想ったり、追いかけてたら嫌だと思う」


 空斗君の言葉を聞いて、確かにそうだなと、あたしは思った。


「静流はね、自分のことを特別だと言い、拝む人たちが嫌いだった。でも、梅は違ったんだ。彼女はいつも、ふつうに接してくれていたから。昔はね、あやかしが見える人が多くて、梅もそうだったんだけど、こわがってる様子がなかったんだ。梅に、藤の精霊を紹介した時も、座敷神のマツリさまを紹介した時も、彼女はいつも通りだった。静流が勇気を出して、鬼の柚晴が好きだと話した時も、梅との婚姻が決まり、自分の母親が鬼だと伝えた時も、彼女はふつうで、いつもと変わらなかったんだ。変わらないだろうと思ったから、鬼の血を引いていることを話したんだけどね」


 フフフと、楽しそうに、空斗君が笑う。


「鬼の血を引いてるって話したあと、梅がね、『精霊の血とか、鬼の血とか、そんなのどうでもいいの。静流は静流でしょ?』って言ったんだ。そう言われて、楽になったんだ。梅は、静流の幼なじみで、大切な家族だったけど……静流はね、子ができても、孫ができても、ひ孫ができても、柚晴のことを想っていたんだよ。家族のことも愛してたけど、柚晴のことも忘れられなかったんだ……。だからずっと、雅さまから、柚晴のことを聞いてたんだ。ずっと、柚晴のしあわせを願っていたんだよ」


 泣きながら、話を聞いていた桃葉ちゃんが、「麦ちゃんは、前世のこと、思い出してるの?」って、たずねた。

 すると、空斗君が首を横にふり、「思い出してないよ」と答える。


「そうなんだ。よかった」

 安心したように笑う桃葉ちゃんを見ながら、空斗君が口を開く。


「静流と梅の子どもたちが、僕の弟の千明ちあきと、妹の清花きよかだから、二人はちょっとだけかわいそうだけどね」


「――えっ? 二人が麦ちゃんのことをよく見てるなぁって思ってたけど……前世の子どもだったの? 知らなかった……」


 おどろき、不安げな様子の桃葉ちゃんに、空斗君はやさしく微笑む。


「千明と清花はね、前世の記憶を持って生まれてきたんだ。そのせいか、赤ちゃんの時から力をコントロールできているんだ。僕が力をコントロールできるようになったのは、十歳になって、前世を思い出してからだけど。僕よりも二人は楽に生きてると思うよ。それにね、麦ちゃんが、梅だった時のことを覚えてなくても、二人は麦ちゃんのことが大好きだから。容姿とか性格とか関係なく、二人は彼女の存在が好きなんだ。お母さんだからね」


「……そう」


「……ずっと言わなくてごめんね。前世で、ずっと君から避けられてたから……。昔のことを思い出したなんて言えば、もっと避けられてしまうそうで……。桃葉ちゃん、静流に何度も会ったことを思い出してから、僕のこと避けてたし……。君が悩んでるの知ってたけど、自分を守ることを優先したんだ」


「バカ……」


「うん、僕はバカなんだよ。前世でも今世でも君に夢中な、バカな男なんだ。怒ってもいいから、僕から離れて行かないでほしいんだ。君がいないとダメなんだ。ずっとずっと、君のことが好きだから……」


「――帰る!!」


「――えっ!? ちょっ! 待ってっ!! 待ってよっ!! 桃葉ちゃーん!!」


 走って逃げる桃葉ちゃんを追いかける空斗君。


 そして、二人は部屋から出て行ってしまった。


「あらあら、行ってしまったわね」

 と、桜さん。


「……どうしよう」

 あたしがぽつりとつぶやくと、伊織さんが口を開いた。


「あいつらの問題だ。放っておけ」


「……うん」 


 恋とか愛とか、そういうのは、二人でするもので、二人の話だもんね。

 

 ……前世から、ずっと好きか。知らなかったなぁ。

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