第三十七話 小蝶と椿と秋祭り。

 十八の秋――長月ながつき

 わたくしと姉さまが、人間の村の秋祭りに行った夜。


 人がいない場所で。

 姉さまに一目惚れをした大きな百足ムカデのあやかしが、『俺様の女になれ』と言ってきた。

 そして。

 姉さまが『嫌よ』と断ると、おそってきたのだ。


 百足のあやかしは、上半身が大柄で、筋肉質な男。下半身は、薄紫色の百足だった。

 薄紫色の髪と、黒い瞳。

 そのあやかしは、口から毒を吐く。


『毒に触れても死なないから、安心しろ』

 そう、百足のあやかしが言ったのだけど、安心はできなかった。


 百足のあやかしと戦う姉さまの頭からは、金色の二本角が現れ、口からは牙が生え、爪が鋭くなっている。

 あやかしが見える人間がいれば、すぐに鬼だとわかるだろう。


 そんな姿で月明かりの下、隠し持っていた小刀を持ち、着物姿で戦う姉さまは美しい。

 弱いわたくしを守りながら、姉さまは戦っていたのだけど、百足の毒で苦しそうだ。

 わたくしには毒が当たってないのに、ガクガクと震える身体。ビリビリして痛い。

 この痛みは知っている。姉さまと、百足のあやかしの力が原因に違いない。

 強い者ならなんともなくても、弱い自分にはつらいのだ、


 血と毒と、百足男のムンムンとした臭いがきつくて、吐きそうだ。

 手で、鼻と口をおおっても、臭いで頭がクラクラするし、涙が出るし、目が痛い。


 姉さまに小声で『逃げなさい』と言われて、自分がいてもなにもできないので、無我夢中で逃げ、木の陰に隠れる。呼吸を整え、涙をふいた。

 そして、そっと、姉さまを見る。


 月が出ていなくても、夜目がきくのだけれど、今夜は空で、月がかがやいているので、姉さまの姿がよく見える。


 ドキドキしながら、大きな百足のあやかしと戦う姉さまを見ていた時だった。


 背の高い男が現れた。彼のふじ色の髪を見て、百足男の仲間かと、不安になったが、着物姿のその男は、姉さまを助けてくれた。


 姉さまを助けてくれた男は、藤色の髪と目の美しい男だった。

 彼が、弥太郎やたろうと名乗ったことと、彼から、藤の香りがしたことで、噂で聞いていた藤の精霊の血を引く者だと理解した。水の神さまとも親しいらしく、人々からあがめられていると耳にしたことがある。


 毒と傷の痛みで苦しむ姉さまを藤色の髪の男が抱き抱える。

 彼の家まで運んでから、治療してくれるのだそうだ。


 姉さまは嫌がったが、わたくしは姉さまを助けてほしかったので、彼にそう伝えた。

 その結果、わたくしと姉さまは彼の家に行くことになり、姉さまが治療を受けている間、わたくしは彼の家に昔からいるという、屋敷神のマツリさまと遊ぶことになった。

 マツリさまが、遊びにさそってくださったからだ。

 マツリさまはわたくしに、弥太郎の両親や祖父母を紹介してくださった、庭にあった藤の木の精霊と会わせてくださったりした。


 わたくしと姉さまは鬼なのに。双子なのに。

 弥太郎の家の人たちや、人ではない者たちは、みんなやさしかったのでおどろいた。


 明るく無邪気なマツリさまが、「またきてね」って、さそってくださったので、わたくしは「はい」と答えたのだった。


♢♢♢


 姉さまは熱を出していたが、彼女と共に、夜明け前に帰ることになった。

 姉さまだけなら、いつでも帰ることができるのに、角を隠すことができないわたくしがいるからだ。


 体調が悪い姉さまを気遣って、弥太郎が、鬼の里の結界に入る場所にある神社まで、送ってくれた。

 石段の一番上まで彼が一緒にきてくれたが、二つ目の鳥居をくぐったのは、わたくしと姉さまだけ。


♢♢♢


 離れにもどり、姉さまを彼女の部屋まで送ったあと、わたくしは自分の部屋にもどり、侍女の若菜わかなに、身体をぬれた布でふいてもらってから眠った。


 若菜に起こされたのは昼すぎだ。


 みやびさまがいらっしゃったと聞いたので、急いで着替えたわたくしは、待っていてくださった雅さまとお話をした。

 雅さまは姉さまのお見舞いに行ったついでに、わたくしの元にも顔を出してくださったようで。

 のんびりと寝ていた自分が恥ずかしかった。


 でも。


 両親には、ケガと熱を出したことを秘密にしててほしいと、姉さまが離れの者たちに言ったのに、どうして雅さまがご存知なのだろう?


 気になって、あとで姉さまにたずねてみたら、「神社のさくらの精霊に教えてもらったらしいわ」と、くやしそうな顔で教えてくれた。


 姉さまは強い鬼なので、桜の精霊と念話ねんわ契約を交わしてる。

 だけど、あの精霊と親しいわけではないようで。

 桜の精霊は、雅さまを気に入ってるらしい。


♢♢♢


 だれもくるなとは言わなかったし、わたくしはそのあとも何度か、姉さまと共に、弥太郎の家に遊びに行った。

 そうしている内に、わたくしは、弥太郎に惹かれている自分に気づいた。

 それは姉さまもで。


 わたしたちが住む離れで、二人きりになるとよく、姉さまは弥太郎の話をしていた。楽しそうに。


 雅さまがくださった恋愛絵巻のおかげで、姉さまが恋をしていることに気づいた。

 きっと姉さまも、気づいているはずだ。わたくしが弥太郎に、惹かれているということに。


 姉さまには許婚いいなずけの雅さまがいる。

 わたくしと姉さまが十九になるのは、春――睦月むつき


 年が改まった瞬間、全員が一斉に、一つずつ年をとる。


 春――弥生やよいに、婚姻こんいんを行う予定だと聞いている。


 なのに。


 姉さまは、外が明るい時間に、人間に化けた姿で一人、里を出て、弥太郎に会いに行くことが増えた。

 わたくしはそのことが不安だった。そして、さびしかった。


 姉さまが、遠くに行ってしまったような気がして、こわくて。


 姉さまが帰ったと侍女の若菜から聞くと、すぐに会いに行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る