琴乃の夢・小蝶と椿。

第三十六話 双子の鬼。

♦♦♦


 わたくしは、双子の鬼として、ある里に生を受けた。

 双子の姉が椿つばきという名前で、わたくしは妹の小蝶こちょうだった。

 姉さまは、どの鬼よりも強くて美しく、賢く、そして、やさしかった。

 わたくしも姉さまも、顔は同じだ。

 だけど、先に生まれた姉さまの方が身体が大きく、健康で、金色の二本角を持っていた。

 金の角は、鬼としての力が強い。銀の角は、鬼としての力が弱い。

 わたくしは、銀色の二本角を持っていた。


 だから、姉さまとわたくしの両親と祖父母は、姉の椿を跡継あとつぎにすることにした。

 わたくしと姉さまのおじいさまが鬼の里の長――里長で、次の里長がお父さまだ。

 両親も親戚も、屋敷に訪れた商人なども、みんな、姉さまを褒め称えた。


 わたくしは、自分はダメなんだと思い、姉さまと、姉さまの許婚と、彼の乳兄弟、それから、わたくしの侍女の若菜わかな以外の鬼と会うことを嫌った。

 姉さまも、侍女の若菜も、姉さまの許婚も、わたくしのことを可愛いとか、綺麗だとか褒めてくれるけど、それはやさしさなのだと知っていた。


 だって、鏡で自分を見ても、そんなことは思えない。

 同じ顔であるはずなのに、姉さまの方が美しいと、そう思うのだ。


 姉さまは、いつも凜としているし、自分みたいに、泣いたり、弱音を吐いたりしない。

 性格が違うせいなのか、力が違うからなのか、わたくしと姉さまは雰囲気が違う。

 角の色が同じだったとしても、だれも間違えたりはしないだろう。


 姉さまは赤い色が好きだったけど、椿柄は好まない。牡丹ぼたん柄の物を好んでた。

 花は、さくらが好きだった。

 月も好んでいて、よく一緒に月見をした。


 わたくしは、赤や桃色にあこがれたけど、似合わないと思い、瑠璃るり色や、翡翠ひすい色の着物をよく着ていた。

 紫も好きだった。

 花は、いろんな花を好んだ。


 姉さまは跡継あとつぎなので、里のいろんな鬼と会うし、人間に化けて、里の外に出かけることも多かった。

 わたくしは人間に化けることができないので、屋敷で書物を読んだり、庭の花をながめたりした。


 いろんな書物を読んだけど、恋の話にとても惹かれた。

 自分も素敵な恋がしてみたいなんて、夢のようなことを思った。


 わたくしには許婚がいないけど、姉さまには、三つ年上の許婚――みやびさまがいる。

 雅さまはこの里で、姉さまの次に強い鬼だと言われている。

 男の鬼の中では、一番強いのだそうだ。


 雅さまはことを奏でるのが上手だ。彼の奏でる筝曲そうきょくを姉さまと共に聴くのが好きだった。

 雅さまは女装をなさるので、変わり者と言われているらしいのだけど、わたくしにもやさしくしてくれる貴重な存在だ。

 だけどそれは、わたくしが姉さまの妹だからだ。姉さまに好かれたくて、わたくしにやさしくしてくれているだけ。


 とてもやさしい雅さまは、姉にだけではなく、わたくしにも、美しい布や、物語の絵巻物なんかを持ってきてくださった。

 恋愛絵巻が多かったのは、彼の好みだと思うのだけど、わたくしは恋愛というものにあこがれた。


 わたくしは力の弱い鬼なので、里の外に、一人で出ることはできない。


 外にいるあやかしたちや、人間たちから、里を守るためにある結界は、弱い鬼だけで、外に出るのをゆるさない。


 だからわたくしは、姉さまが一緒の時にしか、外に出ることができないのだ。

 侍女の若菜は、わたくしと同じ、弱い鬼。他に、頼れる鬼はいない。

 姉さまの許婚の雅さまは強いけど、頼ってよい相手ではないのだ。


 わたくしと姉さまが幼かったころは、よく雅さまと、彼の乳兄弟である鷹彦たかひこさまも一緒に、里の外に遊びに行った。

 とは言っても、三人と違って、わたくしは弱い鬼なので、人間に化けることができない。

 なので、わたくしが里から出る時は、いつもかさをかぶってた。


 わたくしと姉さまが、双子だと人間に知られるだけでも、騒ぎになるかもしれないので、わたくしが里の外に出る時は、黄昏時たそがれどきか夜だった。

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