第二十七話 あやかしと神さまのこと。空斗君の秘密と、ハムスターのあやかしの気持ち。鬼の里のこと。

「――ちょっとー!! 琴乃ことのちゃんに触って、なにやってんのかと思ったら、なんで泣かせてんのよっ!!」


 セミにも負けない、大きな声を上げながら、桃葉ももはちゃんが駆け寄ってくる。

 あれ? リッカさんがいない。

 なんて思っていたら、桃葉ちゃんが目の前にきた。

 ゼエゼエ、ハアハア、苦しそうだ。


「大丈夫?」


 心配で、声をかけたら、「違うからっ! わたしが琴乃ちゃんのことを心配して、ここまで走ってきたのっ!」って怒鳴られたので、ビクッとした。


 おどろいたあたしの顔を見て、ハッとした桃葉ちゃんが、悲しそうな顔をしたあと、「ごめん」と謝り、頭を下げた。


「えっ? だっ、大丈夫だよ。大きな声だったから、びっくりしたけど……。桃葉ちゃんはあたしのことを心配してくれたんだし、こちらこそごめん……」


 謝ったあと、顔がぬれているような気がして。

 そういえば泣いたあと、顔をふいてなかったなぁと思い出したあたしは、ゆっくりとしゃがんで、ハムスターを下に置き、立ち上がる。

 手の甲で、顔についた涙をそっとぬぐったあたしは、あれ? と、首をかしげた。


「どうしたの?」

 桃葉ちゃんのふしぎそうな声が耳に届いたので、あたしはゆっくりと彼女の目を向ける。


「あのね、空斗そらと君がね、君の前世のお姉さんが生まれ変わってても、おかしくないって言ったから、このハムスターが、前世の双子の姉の生まれ変わりだと思ったんだけど……」


 あたしは自分の足元にいるハムスターに目をやってから、再び、桃葉ちゃんを見た。 

 彼女はなぜか、ニヤニヤしてる。


「桃葉ちゃん、なんで、ニヤニヤしてるの?」


「えっ? なんでもないよ。そうだね。このハムスターが、琴乃ちゃんの前世のお姉さんの生まれ変わった姿なのかもしれないね。ハムスターのエサは、スーパーに売ってるから、一緒に住んだら?」


「一緒に?」


「うん。野生のハムスターはね、虫を食べたりするみたいなんだけど……。野菜や果物、干し草や、穀物も食べるみたいだよ」


「そうなんだ。よく知ってるね」


「うん、初等部の時に、教室で飼ってたから、たくさんハムスターの本を読んだんだ」


「あたしも小学生の時に、教室で飼ってたけど……。この子、あやかしだよね? ハムスターのあやかしがなにを食べるのか知らないんだけど……」


「わたしも知らないけど……この子の力が弱いのはわかるから、危険性はないよ」


「……この町、猫のあやかしがたくさんいるから、危ないと思うんだけど……」


「猫のあやかしはね、人間に飼われているハムスターは食べないんだ。人間に飼われているハムスターは、人間の匂いがするから、わかるんだって」


「そうなの? すごいね。そういえば、家にある食べ物がなくなったとか、そういうことはないなって、今気づいた」


「人間のお店で売られている食べ物や、人間の家にある食べ物をね、あやかしが勝手に食べたらいけないんだ。昔は……勝手に食べるあやかしが多かったらしいんだけど、問題になったんだって。だから、この辺りでは、その土地の神さまが厳しく管理しているみたいだよ。あっ! 人間も食べなくなったんだっ!」


「そうなんだ……。図書館の栗鼠りすが、本についた匂いや汚れを食べたり、本をかじる虫やねずみを食べてるって思ってたけど、違ったのかな?」


「違わないよ。図書館の栗鼠のあやかしは、人間が喜ぶことをしてるから、問題ないんだと思うよ」


「そっかぁ」


「ただ、ハムスターだから、気になる物をかじるかもしれないんだ。でも、ちゃんと教えれば、わかってくれると思うよ。琴乃ちゃんのことが好きみたいだし。双子だもんね。記憶があるかわからないけど、きつけられるものがあるんだよ。きっと」


 慈愛じあいに満ちた眼差しで話す桃葉ちゃん。


 ふむふむ、そうか。

 と思ったあたしの耳に、「ウソだからね」という、空斗君のささやきが届いたので、びっくりして、彼がいる方を向き、あっ! と気づく。


「そうだっ! ハムスターのことを姉さまだと思って泣いた時、空斗君が、違うよって言ったんだったっ!」


 思い出し、叫ぶあたしの耳に、「チッ」という、音が聞こえた。


「ん? なんか、音がしたような……」

 キョロキョロしたけど、あたしのそばにいるのは、不満顔の桃葉ちゃんと、にこやかな表情の空斗君だけだった。


 ハムスターもいるか。

 あたしは、自分の足元にいるハムスターに目を向ける。


「キュッ」

「うん、君は、チッ。じゃないよね」 


 つぶやき、あたしは再び、空斗君に視線を向けた。

 そして、あることを思い出す。


「……空斗君に肩を触られても嫌じゃなかったんだけど、なんでだろう? あたし、人に触られるの、苦手だったはずなんだけど……大丈夫になったのかな? 桃葉ちゃんも、大丈夫だったし……」


 ひとりごとのようにつぶやくと、「桃葉ちゃんは、前世の知り合いだからじゃないかな?」と、空斗君が言ったので、あっ、そうかと思った。


 空斗君は話を続ける。


「表面的な意識の顕在意識けんざいいしきが覚えてなくても、潜在意識せんざいいしきが覚えていたら、身体はそれに従うからね。この人は大丈夫だって、無意識にわかるんだ」

「この人は大丈夫?」


 あたしはじぃっと、空斗君を見つめた。


「ん? そんなに見つめてどうしたの? 僕にれちゃった? ごめんね。僕、百年先も愛したい、最愛の彼女がいるんだ。だから君とは付き合えない」


 空色の眉尻まゆじりをへにょりと下げる空斗君。


 告白してないのにフラれてしまった。


「好きじゃないです」

「えっ? 僕のこと、嫌いだったの?」


 ショックを受けましたって顔で、こっちを見ないでほしい。


「……桃葉ちゃんの彼氏としては好きです」

 あたしがそう言うと、空斗君はクスクス笑って、「琴乃ちゃん、可愛いなぁ。好きだよ。桃葉ちゃんが一番好きだけど」とつぶやく。


 あれ? あたしたちって、なんの話してたっけ?


 確か、桃葉ちゃんは前世の知り合いだから触られても大丈夫とか、そんな話を聞いた気がするな。


 ということは。


「空斗君も、あたしの前世の知り合いなの? あれ? 空斗君は、前世の記憶がないんじゃ……」

 あたしの言葉を聞き、空斗君が笑う。


「琴乃ちゃんはさ、人に触られるのが、苦手なんだよね?」

「うん」

「あのね、僕、ここだけの話なんだけどさ……水の神さまの血を引いてるんだ」

「えっ? 水の神さまって、空斗君のおじいさんが宮司ぐうじさんだっていう、この町にある神社の神さま?」


 あたしがおどろくと、空斗君は楽しそうに笑って、うなずいた。


「そうだよ。この町の神社で、真っ白な大蛇だいじゃを見たでしょう? その蛇さんが僕のご先祖さまなんだ。伊織いおりみたいな、先祖返りではないんだけど、それでも、ふつうの人間にはない力を持っていたりするんだよ」

「どんな力を持ってるの?」

「動物の気持ちが、なんとなくわかるんだ。だから、そのハムスターが、琴乃ちゃんの役に立ちたいと思って、近づいたのもわかるんだ」

「あたしの役に立ちたいの?」


 足元にいるハムスターに向かって、たずねてみたら、ハムスターが「キュキュキュッ!」と、うれしそうに鳴いた。

 あたしもうれしくなったその時。


 空斗君のやさしい声がした。


「その子はね、紙や布についた匂いや汚れを食べるんだって。だから、琴乃ちゃんの役に立てると伝えたいみたいなんだ。それ以外の食事は外で食べるから、用意しなくてもいいんだって」

「えっ? そうなんだ……。ありがとね」

「キュキュキュッ!」


 うれしそうなハムスターを見たあと、あたしは空斗君に目を向けた。

 彼はニコニコしながら、口を開く。


「人間も動物だから、人間が考えていることも、なんとなくわかったりするよ」


「それって、相手が自分のことを嫌っていたらわかるってことだよね? ウソをついてたら、それも……。楽しそうな顔で話してるけど、つらい気持ちになったりしないの?」


「そうだね。学校に行きたくないなって、そう思った時もあったよ。大人ってウソつきだと思って、嫌いになったことも。でもね、この力は、僕がこの世界で生きていくのに、とても必要な力だと思ったんだ。必要だから、僕はこの家に生まれたんだなって、そう思うようになってからは、自分の力をコントロールできるようになったんだよ。十歳の時だったかな」


「……そうなんだ。すごいね」


「まあ、そんなわけで。僕は人間だけど、水の神さまの血を引いてるから、琴乃ちゃんが、人に触られても大丈夫になったとは言えないと思うんだ」


「あっ、そっか……」


 初音はつねさんに触られても大丈夫だったけど、彼女は鬼だったもんな。

 そして空斗君は人間だけど、水の神さまの血を引いているから、人間に触られても大丈夫になったとは言えないのか……。


「空斗君は、鬼の気持ちもわかるの?」

 気になったので、ドキドキしながらたずねると、彼が「わかるよ」と言って、うなずいた。


「鬼も人と変わらないからね。近くにある鬼の里の鬼のことしか知らないけど」


「初音さんがいる里?」


「そうだよ。あの鬼の里の鬼たちは昔、野菜や果物や、木の実やキノコを食べてたらしいんだ。たまに、川の魚を食べてたみたいなんだけど、お肉は食べなかったんだって。最近は、鶏肉や豚肉や牛肉を食べるようになったらしいけど、食べる物も生活も、あまり人と変わらないんだよ」


「そうなんだ……。あっ! そういえば、あたし、桜の精霊がいるとかいう神社にお参りしたんだけどっ、お参りしてよかったのかな? お参りしたいなと思っただけだから、鈴を鳴らして、お賽銭さいせんを入れて、柏手かしわでを打ったりしただけで、願いごとはしなかったと思うけど」


「願いごとがないなら、ないでいいんだよ。神社に行ったからって、無理に願いを言わなきゃいけないってことはないんだ。自分は、どこに住んでるなんとかですって、自己紹介をして、よろしくお願いしますと伝えるだけでもいいし、こんにちはって、あいさつだけでもいいんだ。よく行ってる神社なら、いつもありがとうございますと、感謝の気持ちを伝えるだけでもね」


「そうなの?」


「うん。神社は力のある場所に建っていることが多いから、その場所では、いつも以上に、言葉に力が宿るんだ。だから、覚悟ができてないことは、口にしない方がいいんだよ。神社でも、それ以外の場所でも、強い想いがあれば、その土地の神さまに届いているから大丈夫なんだけどね。でも、届いたからって、なにかしてくれるとは決まってないんだ」


「そうなの?」


「うん。人によって、たましいの目的が違うんだって。だから、たましいが願っていることが叶うんだ。じゅくせばだけどね。たましいの目的ではないことが叶うこともあるんだけど、叶っても、本当の意味では満たされないんだ。一時的に、満たされたと感じる人はいるみたいだけどね」


 生真面目な顔で空斗君が教えてくれた時。

 桃葉ちゃんの声がした。


「――ねえ、空斗君。桜の精霊のこと、琴乃ちゃんに話したんだね」


 背筋がひやりとするような声だったのに、空斗君はアハハと笑って、「そうだよー。だって僕たち、友達だし。仲間外れはかわいそうだよね」と、答えたのだった。


 そんな彼の言葉を聞いて、泣き出しそうな顔をする桃葉ちゃんに向かって、おだやかな表情の空斗君が話しかける。


「琴乃ちゃんも連れて行ってあげようよ。琴乃ちゃんは初音ちゃんが見たいだけなんだし、見たら帰るよね?」

 空斗君があたしを見たので、あたしはコクコクうなずいた。


 すると、少し不機嫌そうな桃葉ちゃんが口を開く。


「じゃあ、見たら帰ってね。空斗君もだよ」

「えー? 僕は、お姫さまをお家に送り届けるまでがお仕事です」

「……じゃあ、わたしが初音ちゃんと話してる間、わたしたちが見えない場所にいてね」

「はーい」


 空斗君が、ニッコリ笑って、返事をした。

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