ハムスターのあやかし。鯉のあやかしと、河童が川で、水かけっこ。白猫、リッカさんのこと。空斗君の秘密。桜の精霊がいる神社と、鬼の初音さん。月夜の夢の続き。

第二十六話 ハムスターのあやかし。鯉のあやかし、ルージュさんと、河童が川で、水かけっこ。鬼ごっこする桃葉ちゃんと空斗君。白猫、リッカさんのこと。初音さんと出会った神社と、桜のこと。

 桃葉ももはちゃんと空斗そらと君と共に、門扉もんぴをくぐると、ハムスターがいた。

 あめ色と真珠しんじゅ色の毛並み。

 瑠璃るり色のくりっとした瞳。


 忘れてたけど、ついてきていたんだった……。


 あたしが静かにハムスターを見ていたら、空斗君が「可愛いねぇ」と言って、ハムスターに近づいた。

 ハムスターは、「ギッ」と低い声で鳴き、空斗君から素早く離れる。


「綺麗な色だから、触りたいのになぁ。残念」

 残念そうな顔で、つぶやく空斗君。


 ちらっと、桃葉ちゃんがいる方を見たら、ちょうど、門扉を閉めたところだった。


 彼女は面白くなさそうな顔でこっちにきて、「この子、和風の雑貨屋さんの近くにいた子だよね? 琴乃ことのちゃんが困っているようだったから、わたしが離れた場所に持って行ったのに……」と、つぶやく。


「ねえ、桃葉ちゃん。あのハムスターって、あやかしだよね?」

「うん。ハムスターのこと、よく知ってるわけじゃないけど、触った時に、あやかしだって感じたから、あやかしだと思う」

「触って、わかったんだね。すごい……」

「なんで、ついてきたのかはわからないけど、害はないと思うから、行こっか」

「うん」


 桃葉ちゃんの言葉に、あたしは小さくうなずいた。

 そして、三人で、駅がある方に向かって歩き出したのだった。


♢♢♢


 石でできた大きな橋を三人で渡っていると、どこからか、楽しそうな声が聞こえてきた。

 みんなで川を見下ろすと、くれない色の長い髪の毛をポニーテールにした美女がいた。


 あの水着美女は、こいのあやかし――ルージュさんだ。

 美女に化けたルージュさんは、一度しか見たことないけど、インパクトがあったので、よく覚えてる。


 彼女が水かけっこをしている相手は、河童かっぱだ。


 青竹あおたけ色の身体。身長は、中学生ぐらい。

 頭には水色のお皿があり、その周りに、しっとりとぬれた若竹わかたけ色の髪の毛のようなものが生えている。

 真っ黒なつぶらな瞳。

 檸檬れもん色のくちばし

 背中には、立派なあんず色の甲羅こうらを背負っている。

 両手に、水かきがあるので、足にもあるのだろう。たぶん。


 あたしは念のため、「あれって、河童?」と、桃葉ちゃんにたずねてみた。

 彼女はふわりと微笑んで「そうだよ。河童だよ」と教えてくれた。


 そうか。河童でいいのか。


 ルージュさんって確か、イケメンが好きなんだよね。

 イケメンが好きって、歌っていたような気がするし。

 ということは、あの河童さんは、イケメンなんだな。


 あたしにはよくわからないけど……。


 そう思ったあたしの耳に、「きゃあん、河童さんったらぁ」という、甘えるような声が届く。

 アハハ、ウフフと、楽しそうなのだけど、あれが青春というものだろうか?


♢♢♢


 蓮夢はすゆめ駅から、電車に乗ったあたしたちは、星月ほしづき駅で降りた。

 ハムスターのあやかしも、一緒に電車に乗って、同じ駅で降りるのを見たけど、しょうがないので、見なかったことにした。 


 改札を通り、北口から出るのは、いつものことなんだけど、今日は、桃葉ちゃんと空斗君がいるので、夢なのかな? っていう気持ちになる。


 暑いからなのか、駅前の広場にはだれもいない。

 セミの声はするんだけど、人だけじゃなくて、猫もいない。


 しばらく三人で歩いたあと、あれ? いつも歩く道だなって、そう思った。

 ふしぎに思いながらも、桃葉ちゃんと空斗君と共に、あたしは進む。


 しばらくして立ちどまり、桃葉ちゃんに視線を向けて口を開く。


「ねえ、あたしのアパートに向かっているような気がするんだけど……」

 あたしと同じように足をとめた桃葉ちゃんが、無表情で口を開く。


「アパートまで、送ろうと思って」

「えっ? 送らなくてもいいよ。っていうか、聞いてなかったと思うのだけど、初音さんってどこに住んでるの? あたしは名前のわからない神社で、初音さんらしき鬼と出会ったのだけど……」


 桃葉ちゃんがあたしの話を聞いて、初音という名前の鬼だと教えてくれただけで、本当に、あたしが出会った鬼が初音さんなのかはわからない。

 だから、あたしが出会ったあの鬼が、初音さんなのかどうか知りたいと伝えると、桃葉ちゃんは、苦いものでも食べたような顔をして、黙り込んだ。


 そんな彼女を見ていたら、笑顔の空斗君が口を開く。


「琴乃ちゃんが出会った鬼さんは、初音ちゃんで間違いないよ。初音ちゃんから聞いてるからねっ!」

「――なにそれっ! なんであの子、わたしには秘密にしてて、空斗君には話してんのっ!?」

「えー? それはねぇ、人徳?」


 コテリ、首をかしげる空斗君をなぐろうとする桃葉ちゃん。

 すぐさま逃げる空斗君。


 また鬼ごっこが始まったなぁと思いながら、離れていく二人をながめる。

 暑いのに元気だなぁ。


 ぼんやりと、鬼ごっこをする二人を見ていた時だった。

 どこかで、小さな音がした。

 動物の鳴き声みたいだ。


 そう思い、キョロキョロすると、ハムスターと目が合った。

 ああ、そういえば、いたな。

 一緒に電車に乗って、同じ駅で降りたもんな。と、思い出す。


 飴色と真珠色の毛並み。

 瑠璃色のくりっとした瞳。

 綺麗で、可愛らしいハムスターだ。

 あやかしだけど。


 しばらく見つめ合ったあと、ハムスターが「キュッ」と鳴いて、ゆっくりと近づいてきた。

 そしてあたしの足元までくると、また、「キュッ」と鳴いたのだった。


「なにが言いたいのか、わからないんだけど……」


 ハムスターを見下ろしながら、つぶやいた時。

 足音が近づいてきたので、二人がもどってきたのかなと思い、顔を上げた。


 もどってきたのは、空斗君一人。

 桃葉ちゃんの姿をさがすと、遠くで、しゃがんでるのが見えた。


 ん? 猫? 白猫がそばにいるなぁ。

 ここからでは、目の色まではわからないけど……オッドアイなら、リッカさんかな?

 この辺で、リッカさん以外のオッドアイを持つ猫を見たことないし。


「気になる?」

 やさしい顔の空斗君に話しかけられたので、あたしはドキドキしながら口を開いた。


「えっと……桃葉ちゃんのこと? それとも、猫のこと?」

「もちろん猫のことだけど」

「……そう。えっと、あの白猫は、リッカという名前の猫?」

「そうだよ」


 空斗君はやさしく微笑み、うなずいたあと、話を続けた。


さくらさんの家の猫なんだけどね、あやかしなんだ」

「あやかし? 猫の?」


 おどろきながら、たずねれば、空斗君が、ふわりと笑う。


「この話は、桃葉ちゃんにはないしょなんだけど、リッカから、君と何度か会ったって聞いてたんだ。名前を呼んでくれるけど、よけいなことをしゃべったらいけないから、ふつうの猫のふりをしてるって言ってたよ」

「よけいなこと?」


 あたしが首をかしげると、空斗君がクスリと笑う。


「琴乃ちゃんが引っ越してきたあと、水の神さまが、薫子かおるこさまにそのことを伝えて、薫子さまが桜さんに話して、桜さんがリッカに教えたんだって。琴乃ちゃんのことを。それで、伊織いおりと一緒にいる時に、琴乃ちゃんと初めて会ったらしいんだけど、その時には、琴乃ちゃんのことを知ってたらしいんだ。話していいことと、ダメなことがよくわからないから、あやかしだとバレないようにしてたみたいだよ」


「……そうなんだ。気づかなかった。あっ! 思い出したっ! あのっ、あたしが出会った鬼が、初音さんという名前で間違いないって、初音さんから聞いたって、鬼ごっこになる前に、空斗君が言ったと思うんだけど……」


 空斗君、あたしが鬼ごっこって言葉を口にした時から、すごい笑ってる。


「……鬼ごっこに見えたんだけど、鬼ごっこじゃなかった?」


 たずねても、空斗君は、しばらくの間、お腹を抱えて笑ってた。


 桃葉ちゃん、帰ってこないなぁ。

 そう思いながら彼女を見ても、桃葉ちゃんはしゃがんだままだ。リッカさんとなにか、しゃべっているのかもしれないな。


 なんか、さびしくなってきた。

 どうしてだろう?


 あっ! そうだっ!

 空斗君に、聞きたいことがあったんだ。


 桃葉ちゃんがもどってきたら、不機嫌かもしれないから、聞くなら今がいいよね。

 そう思い、ニコニコ笑顔の空斗君に話しかけた。


「……あのっ、あたしが初音さんと出会った神社、名前がわからないんだけど、なんの神社か、知ってたら教えてほしくて」

「……あの神社はね、水の神さまをまつる神社の宮司ぐうじをしている僕のおじいちゃんが管理してるんだ。水の神さまも、時々、行っているみたいだよ。桜の精霊がいるから、彼女に会いにね」


 ん?


「桜の精霊がいるの?」

「そうだよ」


 空斗君はおだやかな表情で、うなずいた。


「あの神社の境内にある桜にね、桜の精霊がいるんだ。桜の精霊がいるから、小さかった初音ちゃんは、前世の知り合いである薫子かおるこさまと、桜さんと再会することができたんだよ。神社ができる前からある桜だという話だから、すごい長生きな桜なんだよ。ここだけの話だけどね」


「ここだけの話って、なに?」


「他の人には秘密ってことだよ。桃葉ちゃんとか、知ってる人は知ってるんだけど……。有名になるとね、たくさん人がくるかもしれないから。あの神社はね、鬼の里を守る結界がある場所を守るために、僕のご先祖さまが建てたんだ。神社があると、人はその場所を大切にするからね」


 その言葉を聞いて、身体が震えたあと、鼻の奥がツンとして、涙が流れた。

 あたしはすぐに、手の甲で涙をふく。


「……思い出した。あの神社の裏にあった岩を強い鬼が触ると、里に入れるんだ……。だけどあたしは弱い鬼で、一人では外に出られなかったんだ……。だから姉さまと。えっ? っていうことは、あたしの双子の姉は、鬼の里にいるのかな?」

「ちょっと、琴乃ちゃん、落ちつこうか?」

「ん?」


 あたしが首をかしげると、空斗君がおだやかな顔で話し出す。


「あのね、あの里の鬼の寿命は、今の時代の人間と変わらないんだ。だから、君の前世のお姉さんをさがしても、里にはいないし、里以外にもいないよ。生まれ変わっているからね」

「生まれ変わってるの? 姉さまが?」

「そうだよ。よく考えてみてごらん。君が夢で見た鬼の子、柚晴ゆずはるだった桃葉ちゃんが、生まれ変わってるんだ。そして君も生まれ変わってる。君の前世のお姉さんが生まれ変わってても、おかしくないよね?」

「あっ、そうか。うん、生まれ変わっていても、おかしくないか。でも、姿が変わってたらわからないかも。ハムスターとか……」


 そこまで言って、ハッとするっ!


「さっきのハムスターっ!」


 あわててさがすと、すぐそばにハムスターがいた。


「キュッ」

「えっ? あなたがあたしの姉さまっ!?」

「キュッ」

「そうなの? うわぁぁぁぁん! 姉さまぁ!!」


 泣きじゃくり、ハムスターを片手でつかまえてつかみ、できるだけやさしく、両手で持つあたしの肩をポンッと、軽く叩く空斗君。


 ふしぎに思い、彼の顔に目を向ければ、「違うよ」と、幼い子を見るような眼差しで言われたのだった。


 姉さまじゃない?

 おどろいたら、涙がとまった。


 あれ? 空斗君に触られてたのに、嫌じゃないなぁ。なんでだろう?

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