第二十八話 ハムスターのあやかし、ひまわり。桜の精霊と、鬼の初音さん。白猫のあやかし、リッカ。

 三人で、と言っても、あたしの頭の上にはハムスターのあやかしが乗っているから、三人と一匹か。

 三人と一匹で、桜の精霊がいる神社に向かう。


 最初、ハムスターのあやかしが、あたしの肩まで登ってきたんだけど、じゃまだなと思った。

 なので、「そこはじゃま」って伝えたら、頭の上に乗ったんだ。


 ハムスターのあやかしは軽いんだけど、乗ってるなっていうのはわかる。

 肩よりはいいかと思い、あたしはなにも言わなかった。


 空斗そらと君に、名前どうするって聞かれたんだけど、どうしようって悩んだら、ハムスターって確か、向日葵ひまわりの種が好きだったなって思って、ひまわりという名前にした。


♢♢♢


 歩きながら、空斗君が桜の精霊のことを教えてくれた。


 あの神社にいる桜の精霊は、桜色の髪と瞳の女の子なのだそうだ。

 それを聞いて、あの神社で、さくらさんだれかとが話してた気がしたことを思い出した。


 あたしはその声を聞いて、女の子の声だと思ったんだ。

 あの声の持ち主は、桜の精霊だったのかもしれないなって、そう思った。


♢♢♢


 三人と一匹で、石の鳥居をくぐってから、石段を上がる。

 もう一度、石の鳥居をくぐってから、おやしろをちらと見て、桜がある場所に向かった。


 二回、鳥居をくぐる前に、一礼したのだけど、ハムスターのあやかしは落ちなかった。

 あたしの頭にしっかりと、くっついているようだ。


 セミの声を聞きながら、みんなで、桜がある場所まで行く。

 桜の木は、真夏の太陽の下で、青々とした葉をしげらせている。

 とても元気そうだなと思いながら近づけば、桜の木のすぐ近く、ふわりと女の子が姿を見せた。


 桜色の長い髪と、桜色の双眸そうぼう

 新雪のような白い着物に、若葉わかば色の帯。

 七歳ぐらいに見えるこの子が、桜の精霊なのだろう。


 白磁はくじのような肌の女の子が、薄紅うすくれない色の小さな唇をゆっくり開く。


「久しぶり、桃葉。滅多めったに来ない貴女あなたが来るなんて、驚いたわ」

 高く澄んだ声音。


 彼女の表情は、おどろいているように見えないけれど。

 この声は知ってる。

 あたしがこの場所で、さくらさんと会った時に聞いた声だ。


 そして。

 なぜだろう?


 鼻の奥がツンとして、泣きそうなのだけど。


 美しいけれど無表情な女の子――桜の精霊が、泣き出しそうなあたしをちらと見て、空斗君に視線を向けたあと、再び彼女は、桃葉ちゃんに向かって、小さな唇を開く。


「あの子に会いたいのね」

 つぶやき、目を閉じる桜の精霊。


 空斗君があたしに近づいて、「念話ねんわで、初音ちゃんとお話してるんだよ」と、教えてくれた。


「念話……。遠く離れた相手と、心の中で会話することができるんだ。強い鬼ならできるけど……」


 弱い鬼は、念話の契約を交わすことができない。

 精霊は強いので、できるけど。


 そして。

 鬼にはできないことが、桜の精霊にはできるのだ。

 念話契約を交わした相手を召喚しょうかんすることが。

 ああ、自分で弱い鬼と、心の中で言ったせいか、せつないな。うん、せつない。


♢♢♢


 しばらくして。

 夏の桜の木の前に、美しい鬼が現れた。


 前に、この場所で見た鬼だ。


 黒地に、たくさんの色あざやかな蝶々が描かれた着物を身にまとう、背の高い女性の鬼。

 まとめ髪に、銀色の蝶モチーフのかんざしをさしている。


 整ったその顔が、少しだけ、不機嫌そうに見えるのは、急に呼び出したからだろうか?


 空気がピリピリしている。

 早く帰ろう。そう思った。


 その時。


「初音ちゃん見たでしょ? 帰って」

 と、桃葉ちゃんの冷たい声がしたので、あたしはコクコクうなずいたのだった。


紳士しんしな僕が、階段下まで送ってあげる」

 って、空斗君が言ってくれたので、「ありがとう」と彼に感謝の気持ちを伝えたあと、あたしと彼は一緒に階段に向かったのだった。


「よけいなことは話さないでねっ!」

 って、桃葉ちゃんが叫んでる。


「はいはーい」

 と、空斗君は歩きながら、楽しそうに返事をしていた。


♢♢♢


 神社の石段を空斗君と一緒に下りて、石の鳥居をくぐる。


「じゃあ、またね。気をつけて帰るんだよ。知らない人やあやかしに、おいしいお菓子をあげるから、二人きりになれる場所に行こうよーって言われても、ついて行っちゃぁダメだからね」


 空斗君に笑顔で言われて、返事をしようと思ったら、「キュッ」という声がした。

 そういえば、頭の上にハムスターのあやかしがいたんだった。


 あっ! 名前はひまわりだ。

 よし、覚えるぞ。


 なんて思っていたら、「ジジッ」という声がした。頭の上から。


威嚇いかくしてると思ったら、リッカか」

 空斗君の声を聞いて、あたしは視線を動かした。


 白猫と、目が合った。

 淡い青と、満月色のオッドアイ。


 空斗君が、「リッカがあやかしなの、琴乃ちゃんに教えちゃったー」って、可愛らしく言えば、猫のあやかしのリッカさんが、トコトコこっちに向かってきた。


「ジジッ」

 って、あたしの頭の上で威嚇するひまわり。


「ひまわり。大丈夫だから、静かにして」

 と、あたしが言えば、静かになった。


 人間の匂いがついているハムスターは、猫のあやかしに食べられることはないらしいし、きっと大丈夫だ。

 なんて思っている間に、あたしと空斗君の前まできたリッカさんが、空斗君を見上げた。


「なんで言うのニャ?」

「名前に、さんつけて呼んでくれるのもいいけど、呼び捨てされた方がうれしいんでしょう?」

「そうニャ」


 リッカさんはうなずいたあと、あたしを見上げた。


「琴乃ちゃん、リッカと呼んでほしいニャ」

「……リッカ?」

「そうニャ。この辺りでは、オッドアイを持つ白猫はリッカだけニャ。もっと自信を持って呼ぶニャ」

「うん、わかった。リッカだね」

「ニャ」


 満足そうに鳴いたリッカは、軽やかな足取りで石段を上がって行った。

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