第二十話 柚子茶と、三歳の桃葉ちゃんの入園検定の話。幼稚部の桃葉ちゃんと、いちご狩り。

 しばらくして、桃葉ももはちゃんが話し始めた。


「最初はね、みんなで、昔の話をしたの。みんな、前世のことを思い出してたから、いろんな話をしたの。お茶を飲みながら……って、わたしと初音はつねちゃんは小さかったから、ジュースと、子ども用のお菓子だったんだけどね」


「初音さんも小さかったの?」


「うん。あの里の鬼は、人間と同じように年を取るんだ。寿命は百年ぐらいだし。あの時の初音ちゃんは、五歳だったんだ。一月一日生まれなんだよ」


「えっ? あっ!」


 そうだっ! 寿命は百年ぐらいだったっ!


 って、なんで知っているんだろう?

 あたし、初音さんと同じ里の鬼だったの?


 えっ? あたし、初音さんと、前世で会ったことないよね?

 もし、会ってたら、記憶を読んだ時に言うよね?

 えっ? 言わない?


 なんか、頭が痛くなってきた……。

 ズキズキする頭を片手で押さえると、「大丈夫?」という、声がした。

 桃葉ちゃんの声だ。


 あたしはゆっくりと顔を上げて、彼女に視線を向けた。

 心配そうな表情の桃葉ちゃんに、「大丈夫だよ」と伝えたんだけど、彼女は「そうだっ! 柚子ゆず茶飲む?」と言って、立ち上がる。


 桃葉ちゃんは、白くて小さな冷蔵庫から、柚子茶入りの瓶を取り出し、持ってきたあと、「そうだっ! 新しいスプーン持ってくるね」と言って、あわただしく部屋を出て行った。


 そして。


 急いでもどってきた桃葉ちゃんが、あたしが紅茶を飲んだあとのティーカップに、ジャムみたいな黄色い柚子茶を入れてくれた。

 そのあと、柚子茶入りのティーカップに、電気ポットのお湯をそそいでくれたのだった。


「はい。飲んでみて。苦手だったら無理しないでね」

「えっ? うん」


 コクンとうなずき、あたしはドキドキしながら、柚子茶入りのティーカップに唇を近づけた。

 甘酸っぱい味がする。ちょっと苦い?


「どう?」

 不安げな顔の桃葉ちゃんに聞かれて、あたしは「おいしいよ」と答えた。


「僕も飲みたいなー」

「キッチンにお母さんがいるから、新しいスプーンもらってきて」

「えー? 桃葉ちゃんが僕に冷たい。僕よりも、琴乃ことのちゃんのことが好きなのね?」


 コテリ、首をかしげる空斗君。


「うん、好きだよっ!」

 ニッコリ笑う、桃葉ちゃん。


「えー? ショックー。僕ちゃん、泣いちゃう」

 エーンエーンと、泣きまねをしながら、空斗そらと君が部屋を出て行く。

 涙は出てないし、悲しそうな顔には見えないから、あれは泣いてない。大丈夫だ。


 しばらくして、彼は自分のスプーンと、桃葉ちゃんのスプーンを持って帰ってきた。


 喜んだ桃葉ちゃんが、二人分の柚子茶を用意して、二人はおいしそうに柚子茶を飲む。

 あたしは柚子茶を飲み終わったので、ぼんやりしてた。

 もう、頭は痛くない。


♢♢♢


 桃葉ちゃんが、「えっと、十一月に、おばあちゃんとさくらさんと、初音ちゃんと話したあとの話をするね」と言って、あたしは「えっ?」っと、おどろいた。


「さっきの話は終わりなの?」

 ドキドキしながらたずねると、桃葉ちゃんがうなずいた。


「うん、終わりだよ。なんかね、前世で出会った相手が三人もいて、自分の気持ちを話したり、他の人の気持ちを聞いたりしてたら、なんかスッキリしたんだ。あの時は」


「そうなんだ……」


「じゃあ、入園検定があった日の話をするね」


「うん……」


「お父さんとお母さんと一緒に行ったんだけど、わたしだけ先生が、別の部屋に連れて行ったんだ。そこは広い部屋で、玩具おもちゃとか、絵本とか、お絵かきの道具なんかがあって、わたしと同じくらいの年齢の子が五人くらいいたの。もっと多かったかもしれないけど……。先生が何人かいて、わたしたちに言ったんだ。好きなことをしていいって」


「好きなこと? 入園検定だよね?」


「うん。好きなように遊ばせて、どんな子なのかとか、観察したんじゃないかな? 話しかけてくる先生もいたよ。なにを話したかは覚えてないけど……」


「三歳だもんね。覚えたいことしか、覚えないよね。でも、これだけ覚えてるのはすごいと思うよ」


 あたしがそう言うと、桃葉ちゃんがうれしそうに笑った。


「ありがとう。でね、その結果、合格したんだよ」

「そうなんだ。よかったね。って、昔の話だけど」

「うん、そうだね。でも、琴乃ちゃんにそう言ってもらえてうれしいよ。ありがとう」


 桃葉ちゃんが喜んでくれて、あたしもうれしかった。


 そのあと。


 桃葉ちゃんがニコニコしながら、入園式の写真を見せてくれた。


「私服なんだね」

「そうだよー。虹花女学園にじはなじょがくえんの幼稚部、初等部、中等部、高等部は、制服がないんだ。鞄も自由なんだよー」

「そうなんだ……。すごいね」

「すごいかな?」


 桃葉ちゃんは首をかしげたあと、再び口を開く。


「服は自由なんだけどね、お面をかぶったり、着ぐるみで学校行くのはダメなんだよ。学祭ではいいけどね」


「学祭って、文化祭のこと?」


「そうだよー。うちの短大は、十一月に学祭があるんだよ。高等部の時に行ったけど、おいしい食べ物がいっぱいあったし、お祭りみたいで楽しかったよ」


「ふーん、そうなんだ」


「琴乃ちゃん、興味ない?」


「うーん、学校の行事とか、楽しいって感じたことがなかったし、よくわからない……」


「そっかぁ。あとね、放課後、恋人や婚約者とデートする子もいるし、親と一緒に、高級なお店や、パーティーなんかによく行く子とかもいるし、習い事の発表会でメイクをしなきゃいけない子もいるから、マナーの授業でメイクを習うんだ」


「メイクを?」


「うん。初等部からは学校でも、メイクしていいんだよ。メイクした姿を人に見てもらって、感想を聞くことも大事だし。わたしはマナーの勉強、苦手だったから、あんまり覚えてないんだけどね」


「そうなんだ……。メイクしてもいいとか、マナーの勉強があるのとか、すごいね」


「そう? 有名なブランドのキッズコスメを使ってる子が多かったよ。子どもの肌にやさしいのじゃないと、大人になった時に困るからって」


「キッズコスメ、なんてのがあるんだね」


「うん、子どもが大人用のコスメを使うのは、お肌に良くないからね」


「そっかぁ。髪の毛も染めていいの?」


「子どもの髪は繊細だから、十代後半ぐらいまでは染めない方がいいみたいだよ」


 そう言って、桃葉ちゃんが、写真アルバムをめくる。


 幼稚部に通っていたころの桃葉ちゃんと、空斗君の写真だ。


「あれ? 空斗君は男の子だから、一緒の学校じゃないよね?」

 あたしはちらっと、空斗君に目を向ける。

 彼はコクリとうなずいた。


「そうだよ。僕は、公立の幼稚園に行ってたんだ」

「そうなんだ」

「――琴乃ちゃん、写真見て」


 桃葉ちゃんに言われて、あたしは「うん」と返事をして、写真アルバムに目をやった。


「……いちごだ」

「いちご狩りの写真だよ」

「いちご狩り? 保育園の時に、行った気がする……。保育園の子たちはみんな元気にはしゃいでて、楽しそうで。あたしは一人で食べながら、姉さまのことを考えていたような……。あれ? この子、栗本くりもとさん? 黒髪だね」

「……むぎちゃんだよ」


 ん? 桃葉ちゃんの声が、冷たいような……。

 そう思い、彼女の顔を見ると、不機嫌そうだった。


 急に、どうしたんだろう?

 不安になったあたしに気づいていないのか、桃葉ちゃんが話を続ける。


「入園したばかりのころは、あまりしゃべらなかったんだ。だけどこの日から、いっぱい話すようになったの」


「そうなんだ……。栗本さんは笑ってないけど、桃葉ちゃんは、笑顔でいちごを持ってるね」


「うん。この日にね、初めていちごを食べたんだ。赤い色ってだけで、いちごが嫌いだったんだけど、麦ちゃんがね、ものすごくおいしそうにいちごを食べてたから、ドキドキしながら食べてみたの。そしたら、甘くておいしくて、好きになったんだ」


「そうなんだね」


「空斗君にその話をしたらね、空斗君が、空斗君のお母さんと一緒に、いちごを使ったお菓子を作って、持ってきてくれたんだっ!」


「そうなんだ。よかったね」


「うんっ!」


 桃葉ちゃんが次に見せてくれたのは、彼女の卒園式の写真だった。


 それから桃葉ちゃんは、二冊目の写真アルバムを開き、初等部の入学式の写真を見せてくれたんだけど、写真を見つめる彼女の表情が、沈んでいるように見えた。


「どうしたの?」

 心配になって、たずねると、桃葉ちゃんがうつむいた。

 しばらくして、顔を上げた桃葉ちゃんが、真剣な表情で、話し始める。


「……あのね、一年生の夏休みにね……わたしと空斗君は、『さくらなあん』に行ったの。わたしのお母さんと一緒に。そうしたらね、伊織君がいたの」

「伊織さんが?」


 胸が、ドキドキした。

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