第十九話 三歳の桃葉ちゃんと、桃葉ちゃんのおばあさん。桃葉ちゃんの前世のご縁。
「十月に、前世のことを思い出したあと、わたしはおばあちゃんに、怒りや悲しみをぶつけてたり、おばあちゃんにもらった
「嫌いな人からもらった物を見ると、相手のことを思い出すもんね。でも、珊瑚を部屋に置いてて、嫌じゃなかったの?」
「わたしが小さかったころはね、お父さんとお母さんと一緒に寝てたんだ。だから、わたしがよく行く両親の寝室や、子ども部屋の珊瑚の原木には、桃色の布がかけてあったの。珊瑚の原木は、ガラスケースに入ってたから……その上から、布がかけてあったんだけどね」
「そうなんだ。やさしいね」
「うん……。おばあちゃんは、前世のわたしのことを覚えてたの」
「覚えてた?」
あたしの声に、つらそうな顔でうなずく桃葉ちゃん。
「会ったのはね、一度だけだったんだ……」
「前世で?」
あたしがたずねると、桃葉ちゃんはコクリとうなずく。
「――母さま、前世のわたしの母親がね、悲しい気持ちになると思って、行かなかったんだ……。でも、み……じゃなくて、前世のわたしの父親が、時々その家に行ってたし、父親が、わたしと一緒に里を出た時に、家を教えてくれていたから、家がある場所は知ってたの」
「里に住んでたんだね」
「うん。でもね、家の場所を知ってても、家に行ったりはしなかった。父親と一緒だったし。父親は、あの人たちと仲良しみたいだったから……。そんな父親なんて、見たくなかったんだ」
「お父さんのこと、好きだったんだね」
「好き? うーん、あのころはね、怒りがあったよ。
「……飄々? 胡散臭い? えっと、お父さんは、よくわからない人だったんだね」
「……うん。美しいからって、金持ちの男や女に
「……そう」
「十歳の時にね、初めて一人で里を出たの。父親から教えてもらった家を見てたらね、仲が良さそうな人たちが出てきたの。三人いて。顔を見たらね、すぐにわかったんだ。母さまが愛した鬼だって」
「鬼?」
胸が、ドキドキする。身体が熱い。
「――あっ!! ……うん、鬼。で、その鬼が愛している相手がいて、子どももいたの。その子はね、髪の色と、目の色が違っても、母さまに顔が似てたから……ショックだった。自分は、父親に似てたから……」
話しながら、ものすごくつらそうな表情をする桃葉ちゃん。
母親に顔が似てるとか、なんで? って思うけど、桃葉ちゃんの顔を見て、せつなくなる。
なんて言ったらいいのか、わからない。
「…………」
「わたしと同じ年に生まれた男の子がいるって、前に、父親が言ってたから……すぐにわかったんだ。母さまが愛した相手の子どもだって……」
「愛した相手の、子ども?」
胸が苦しい……。
あたしは自分の胸に手を当てた。
ゆっくりと、深呼吸をする。
「――
あたしの顔を覗き込んでくる桃葉ちゃん。
彼女は心配そうな表情をしている。
なのであたしは、「大丈夫だよ」と答えて、胸から手を離してから、口を開く。
「……桃葉ちゃんは前世で、自分の父親じゃない相手が好きだって、そう母親に言われたのかな?」
ドキドキしながらたずねると、桃葉ちゃんは首を横にふる。
「母さまは言わないよ。でも、母さまがその相手のことを気にしてるのは知ってたし……。屋敷で働く者たちが噂してるのを聞いたから、父親や、自分の周りにいた者たちに聞いたの」
「父親は、なんて言った?」
「……えっと、自分より好きな相手がいるとか、どうでもいいって。自分のことを愛してなかったとしても、敷地から出す気はないって。なんか、そんなこと言ってた。あと、自分と、お前の母親が結ばれなかったら、お前は生まれなかったって言われて、悲しかった。それはとてもつらいことで、考えたくないけど、でも。母さまはずっとあの鬼のことを想ってて。わたしのことは見ているようで、見てなくて。愛してほしくて。苦しかった」
桃葉ちゃんの声を聞いていたら身体が震えた。
泣きそうになったけど、泣かなかった。
そして、桃葉ちゃんに、「続きを教えて」と伝えたのだった。
気になるし。
「……わかった。仲良し家族を見たわたしはね、ずっと言いたかったことを言ってやるっ! って、そう思ったんだ。それで……走って近づいて、怒りの感情をぶつけたの。怒りをぶつけたあと、母さまが愛する鬼がね、悲しそうな顔をしたんだよ。傷ついてるのは母さまなのに……。あんなヤツが悲しむとか、意味わからなくて……」
桃葉ちゃんが顔をゆがめて、泣き出した。
そんな彼女に、そっとティッシュを差し出す空斗君。
彼からティッシュを受け取り、「ありがとう」と言ってから、涙をふく桃葉ちゃん。
彼女は話を再開する。
「でね、母さまを悲しませた大人二人がね、わたしの怒りを静めようとしたのか、やさしい声で、事情を説明してくれたんだけど。母さまの侍女や、父親からいろいろ聞いてて知ってたし、二人の大人の対応が、なんかムカついたの。こっちは感情的なのに、あっちは冷静に話そうとするから……」
「でも、大人が感情的になってたら、ケンカになるよ? 鬼相手に、危ないと思う」
「……それは、そうだけど……」
苦しそうな顔をした桃葉ちゃんはうつむき、少ししてから顔を上げる。
そして。
彼女は話を続ける。
「アイツの息子がね、泣いてたんだ……。母さまに似てるから、わたし、胸が苦しくなって……涙が出て……。でも、泣く姿なんか見せたくなくて……」
と言いながら、また泣き出す桃葉ちゃん。
そんな彼女に、そっとティッシュを差し出す空斗君。
桃葉ちゃんは、彼からティッシュを受け取ると、涙をふくのだった。
「……ごめんね。えっと……どこまで話したっけ? えっと、泣き顔を見られなくなくて、しばらくうつむいてたんだ。泣きながらだけど。ふいてもふいても、涙が出てきて。どうしたらいいのかわからなくて。走って逃げたの」
「そうなんだ……」
「うん。逃げたあとね、一人になって、あの男の子に悪いことしたなって思った。あの子はわたしと同じ年に生まれたから、母さまに会ったことがないし、もしかしたらなにも知らないかもしれないなって……」
「やさしいね」
「やさしいかな? あの子の名前は覚えてないし、だれも教えてくれないんだけどね……」
「そっか……」
「うん……。でもね、前世のわたしのことを、おばあちゃんは、ちゃんと覚えてくれてたんだよ。それで……いろんな話をしてくれたの」
「そうなんだ」
「……わたしのことをわかってくれたって、そう思ったんだけど……。人を憎むのは自由だが、負のエネルギーを出していると、周りに負の影響を与えるし、良くない存在が集まってくるだろうって、そう言ったの。自分を守るために、赤を使いなさいって……」
「桃葉ちゃんのおばあさんは、桃葉ちゃんを守るために、赤が必要だと言いたかったんだね」
「うん。珊瑚にはね、いろいろな色があるんだ。でもね、お守りにするのは、血のように赤い珊瑚じゃないと意味がないって、おばあちゃんは思っているの。血のように赤い珊瑚が、一番強い力を持っているって。他にも、魔除けの石はあるのに……」
「…………」
「まあ、確かにこの珊瑚が一番、効果があるんだけどね。わたしには」
そう言い、自分のピアスに触れる桃葉ちゃん。
「そうなの?」
「うん」
わたしの言葉に、うなずく桃葉ちゃん。
空斗君が、「僕もだよ。この珊瑚が一番魔除け効果あるって思ってるんだー。僕のおじいちゃん、琴乃ちゃんが住んでるアパート近くにある神社の
「えっ? それって、あたしが引っ越しのあいさつをしに行った水の神さまを
「そうだよ」
と、答えてくれたのは、空斗君ではなくて、桃葉ちゃんだった。
桃葉ちゃんが話を続ける。
「今ではね、おばあちゃんが言いたかったことがわかるんだ。魔除けの大切さもわかるし。でもあの時は、おばあちゃんが自分のことをわかってくれないって気持ちが強くてね、わたし、毎日すごい暴れてたんだ。周りに、ものすごく迷惑をかけたの。空斗君にも」
そう言って、桃葉ちゃんが空斗君に視線を向けた。
空斗君はふわりと笑って、口を開く。
「みんな、生きているだけで、だれかに迷惑をかけてるんだよ。迷惑をかけたと気づいてるか、気づいてないかの違いだけで。でもね、人は支え合って生きる存在だと思うんだ。だれでも心が弱る時があるし、身体が弱る時だってある。お互いさまなんだ。強そうに見えたとしても、自分を守るためにそうしないと生きていけないって、思い込んでいるだけなのかもしれないし。甘えられない人や、人に頼ることができない人だっているからね」
「……そうだね」
桃葉ちゃんは、空斗君の言葉にうなずいたあと、あたしを見て、話し出した。
「――十一月に、入園検定があるのに、わたしがものすごく荒れてたから、みんな、心配になったんだろうね。無事に入園できるか……。十一月一日に、おばあちゃんが、
「えっ? 桜さんは、桜柄の着物をいつも着てる人だよね?」
「そうだよ」
「初音って人、いや、えっと……初音さんは鬼だよね?」
「……うん。鬼だよ」
「えっと……さっき話してくれた前世の鬼さんが、初音さんなの?」
「……違う」
「違うの? 人は、人に生まれ変わるって、テレビで言ってたから、鬼は、鬼に生まれ変わるんじゃないの?」
あたしがそう言うとなぜか、桃葉ちゃんが、おびえたような顔をした。
なんで、そんな顔をするのだろう?
ふしぎに思っていると、空斗君が動いた。
彼はそっと手を伸ばし、やさしく、桃葉ちゃんの肩に触れる。
すると、桃葉ちゃんが、静かに涙を流し始めた。
そんな彼女のために空斗君が立ち上がり、テーブルの上にあった木製のティッシュケースをこちらに引き寄せ、ティッシュを二枚取り、桃葉ちゃんに渡した。
そして、空斗君があたしを見る。
せつなげな表情の空斗君を見て、心がざわりとした。
なんだろう? この気持ち。
彼が口を開く。
「初音ちゃんはね、前世も今世も、鬼として生まれたんだって。でも、桃葉ちゃんの前世のお母さんを悲しませた鬼じゃないんだ……」
「……じゃあ、桃葉ちゃんの前世のお母さんを悲しませた鬼は、だれなんですか?」
責めているような声になっているのを自分で感じた。ふつうに話してって言われたのに、元にもどってるし。
「……
「伊織さんが?」
ああ……せつない。鼻の奥が痛いし、涙が出てくる。
あたしは手の甲で、涙をふき、顔を上げて、空斗君の顔を見た。
「えっと……伊織さんは、昔鬼で、今は人ってことですか?」
「人?」
首をかしげる空斗君。
「えっ? 人じゃないんですか? 鬼?」
「藤の精霊の血が入っているからね。それと……なんて言ったらいいんだろう……」
空斗君は、悩んでいるようだ。
「言わなくていい」
ぽつりとつぶやく桃葉ちゃん。冷たい声。
伊織さんのことが嫌いだから、彼のことを聞きたくないのかな?
あたしは彼のこと、知りたいんだけどな。
それと、気になることがあるし。
「鬼だった伊織さんが、藤の精霊の血を引く、人? に、生まれ変わったということは、鬼が、人間に、生まれ変わることもあるということですよね?」
「うん、そうなるね」
うなずく空斗君。
「じゃあ、あたしは間違ってなかった? あたしは昔、鬼だった?」
言葉にしたとたん。
勢いよく涙が、流れ出す。すごい量だ。
あたしは手の甲で、涙をふいた。
それでもどんどんと、新しい涙があふれ出す。
すると、空斗君があたしのために、ティッシュを二枚持ってきてくれたので、それを受け取り、涙をふいた。
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