桃葉ちゃんの家と前世と、先祖返り。秋祭りの写真。池と鯉と、亀のあやかし。薫子さま。柚晴と雅さまとトラの夢。

第十五話 縁結びの神社と、桜さんと伊織さんと、桃葉ちゃんの家。

 泣きやんだ桃葉ももはちゃんが、空斗そらと君と手をつなぎ、歩いてる。

 そのうしろをあたしと栗本くりもとさんが歩く。

 ふいに、ハムスターのことを思い出して、足をとめたあたしは、大丈夫かなとふり返る。


 ハムスターがいない。

 飽きたのかな?

 そう思い、あたしは三人のあとを追った。


♢♢♢


 四人で、橋を渡り終えると、『縁結び』と大きく書いてあるのぼり旗が見えた。

 少し進むと、石でできた鳥居と、石段が見える。

 あたしがちらちらと、神社がある方を気にしていると、「縁結びが気になるの? 好きな人がいるってこと?」って、ちょっと、機嫌の悪そうな声で、桃葉ももはちゃんが聞いてきた。


「好きな人? 好きな人ってなに?」

 あたしは立ちどまり、首をかしげる。


 同じように足をとめた桃葉ちゃんが、真剣な眼差しであたしを見つめて、口を開く。


「好きな人というのはね、また会いたいとか、話したいとか、触りたいとか、もっと一緒にいたいって思う人のことだよ。わたしが言いたかったのは、恋愛的な意味で。この人と長く一緒にいたいとか、共に生きてゆきたいとか、もっと相手のことを深く知りたいって思うことだよ」


「そうなんだ……。あたしはあまり、人としゃべらないし、人に触られるのも苦手だから……。あっ、今日、桃葉ちゃんに触られても、大丈夫だったけど……」


「えっ? そうなの? わたしは大丈夫なのっ?」


「うん。大丈夫だったよ」


「そっかぁ」


 桃葉ちゃんがニマニマしてる。

 どうしたんだろう?

 まあいいか。


「あのね、あたしの地元にも、縁結びの神社があったんだ。それで、気になっただけだよ」

琴乃ことのちゃんの地元にも、縁結びの神社があったの? それって運命だねっ!」

「運命?」

「そうだよ。わたしたちは、この土地で出会う運命だったんだっ!」


 この土地で出会う、運命か……。


♢♢♢


 栗本さんと別れたあたしたちが、広い歩道を歩いていると、こっちに向かって歩いてくる人たちの姿が見えた。


 ドキリとする。


 桜柄の着物姿のおばあさんと、鉄紺てつこん色の着物姿の彼だ。


 おばあさんは、黒いレースの日傘を差し、上品なバッグを持っている。

 この人は確か、さくらさんという名前だ。


 白銀しろがね色の短い髪と眉毛まゆげとまつ毛と、切れ長の黒い双眸そうぼうを持ち、ふじの香りを身にまとう彼の名前は、伊織いおりさん。


 彼のネックレスとブレスレットは、そのままなのだけど、ふじ柄の風呂敷を持ってない。

 確か、空斗君から聞いた話では、桃葉ちゃんのおばあさんに、西瓜すいかを渡すんだったな……。

 そのあと、風呂敷をしまったのだろう。


 じっと、伊織さんを見てしまう自分がいて、なんだか恥ずかしかった。

 彼も、あたしのことを見ている気がするし……。

 気のせいだとは思えないんだよね……。


 桜さんが、「こんにちは。また会ったわね」と、にこやかにあいさつをしてくれたので、あたしたちは、「こんにちは」と返した。


 そのあと空斗君が、伊織さんに「よおっ!」と、あいさつをしてた。

 伊織さんは、「ああ」と答えてた。


 あたしは彼らを見て、ふしぎだなーって思いながら、ちらっと桃葉ちゃんに目を向ける。

 彼女はすねたように、淡い桃色の唇をツンと、とがらせていた。


 よし、見なかったことにしよう。


♢♢♢


 あたしは桃葉ちゃんと空斗君と共に、広い歩道をのんびり歩く。

 歩きながら、高い塀が続くなー、大きな家が見えるし、蔵があるし、お金持ちだなーと思っていたら、立派な門扉もんぴがあったので、びっくりした。

 桃葉ちゃんに、「ここだよ」と言われて、さらにおどろく。


「すごいね」

「そう?」


 桃葉ちゃんがふしぎそうな顔をしたあと、インターホンを押す。

 すると、女性の声がして、桃葉ちゃんが話し出した。

 お母さんと呼んでるから、相手は、桃葉ちゃんのお母さんなのだろう。


 緊張するなぁ。

 と思っていたら、ガチャと音が鳴る。

 なんだろうと思っていたら、インターホンでの会話を終えた桃葉ちゃんが、門扉を開けた。


「あれ? さっきの音って、鍵?」

 首をかしげたあたしを見て、桃葉ちゃんがクスリと笑い、「そうだよー。お母さんが開けてくれたんだ」と、楽しそうに言ったのだった。


♢♢♢


「先に入って」

 笑顔の桃葉ちゃんに言われて、あたしと空斗君は、「わかった」とうなずいた。

 二人で門扉をくぐり、敷地内に足を踏み入れる。


 その瞬間。


 ――嫌っ!


 そう、感じる自分がいた。


 なにが嫌なの?


 ――嫌いっ!


 なにが嫌い?


「琴乃ちゃん?」

 空斗君の声がして、あたしは彼に目を向ける。


「大丈夫?」

 心配そうな顔の空斗君。


 彼を見て、あたしは、「なんでもない」と答える。そして、足を進めた。


 広い庭だなぁ。

 大丈夫。今は夏。


 藤の花が咲いてるわけでもないし、紫色のなにかがあるわけでもない。

 周りを確認したあと、あたしは、桃葉ちゃんが、門扉を閉めるのを見守った。


 それから、あたしはもう一度、広い庭を見渡した。

 二階建ての大きな家と、蔵がある。


「ここからだと見えないけど、池もあるんだよー。いろんな色のこいがいるんだっ!」


 無邪気な笑顔を浮かべた桃葉ちゃんが教えてくれた。

 あたしはなんだかうれしくなって、「すごいねっ!」って、気持ちを伝える。

 そうしたら、桃葉ちゃんがうれしそうに笑って、「うんっ!」と、大きくうなずいた。


 なんだろう? 心がふわふわしてるというか、しあわせって感じだ。

 幼いころにもどったような……。


 あれ? あたしが幼いころ、こんな気持ちになったっけ?

 わからないけど、なんか好きだな、この場所。気分が上がる。


 テレビで、昔からある家や庭や、蔵を見るのが好きだもんな。

 そんなことを考えていたら、茶トラ猫のことが気になった。


「鯉、猫に食べられたりしないの?」

「うちの池には昔から、かめのあやかしがいるから大丈夫なんだー」

「亀のあやかし?」

「うんっ! ふだんはおとなしいけど、池の鯉たちが、猫や鳥にねらわれると、すごい怒るから。ちゃんと鯉たちを守ってくれるんだよー」

「そうなんだ。すごいね」

「うんっ!」


 元気にうなずいた桃葉ちゃんは、「じゃあ、行こっか」と、微笑んだ。

 そんな彼女のとなりには空斗君がいて、ニコニコと笑ってる。


 桃葉ちゃんと空斗君とあたしは、玄関に向かって歩き出す。


♢♢♢


「ただいまー!」 

 桃葉ちゃんが玄関の引き戸を開けると、カラカラカラと、軽い感じの音がした。


「おかえりなさい」

 と、声がして、視線を向ければ、トンボ柄の着物を身にまとった女性がいた。

 さっきと同じ声だから、桃葉ちゃんのお母さんだろう。

 見つめていたら、桃葉ちゃんのお母さんと目が合った。


 彼女は、「いらっしゃい。あなたが琴乃ちゃんね。会いたかったわ」と微笑んだ。

 それから視線を動かして、「空斗君も、いらっしゃい」と、やさしく笑う。 


「おじゃまします」

 明るい声で言って、頭を下げた空斗君が、先に玄関に入る。


 うー、緊張するよぉ。

 あたしはドキドキしながら、「おじゃまします」と言い、頭を下げる。

 それから、玄関に足を踏み入れたんだけど、嫌だなと感じる自分がいた。


 さっきみたいに、強く出てくるわけではないけれど、嫌なんだなって、そう思った。

 嫌だと思う自分がいたとしても、あたしはこのまま進みたい。


 カラカラカラと、音がした。

 ふり返れば、桃葉ちゃんが玄関を閉めたところだった。

 あたしと目が合った桃葉ちゃんはニコリと笑う。

 機嫌が良さそうで、なによりだ。


「さあさあ、上がって」

 桃葉ちゃんのお母さんの楽しそうな声。

 あたしは再び、桃葉ちゃんのお母さんの着物を見て、あることを思い出した。


 トンボは、害虫を取り除く貴重な益虫えきちゅうとして、五穀豊穣ごこくほうじょうの象徴とされていたはずだ。

 前にしか進めず、退かないことから、武士から『勝虫かちむし』と呼ばれ、縁起の良い虫としてもてはやされていたとか……。


 この情報も、どこで知ったのか覚えてないんだけど……まあ、いいか。

 あたしたちは靴を脱ぎ、家に上がり、スリッパを履く。

 なんだろう? 匂いがする。


 甘く、やさしい香りだ。

 白檀ビャクダン


 視線を動かしたあたしは、靴箱の上にある――血のように赤い珊瑚さんごの原木と、花と、香炉こうろに気づく。

 赤い珊瑚の原木は、ガラスケースの中だ。


 あれ?

 あたしはなぜ、これが珊瑚の原木だって、わかるのだろう?

 どこかで見たことがあったのかな?

 思い出せないけど。


 白い花瓶には、元気な向日葵ひまわりが生けられている。

 その横にあるのは、花と小鳥が描かれた翡翠ひすい色の香炉だ。


「琴乃ちゃん、なに見てるの?」

 桃葉ちゃんに聞かれて、「香炉」と答える。


 すると彼女が笑顔で、教えてくれた。


「あれはね、電子香炉だよ。コンセントがなくても使えるんだ。玄関にはね、良い運も、悪い運も入ってくるんだ。良い香りがする場所には、良い運が集まり、臭い場所には、悪い運が集まると言われているんだって。それで、家にいる人たちを守るために、お香を焚いてるんだ」

「そうなんだ……。すごいね。この匂いって、白檀?」

「そうだよっ!」


 桃葉ちゃんは、大きな目をかがやかせて、元気よくうなずいたあと、「この匂いは大丈夫?」って、聞いてきた。

 なのであたしは、「大丈夫だよ」と答えてから、再び口を開く。


「なぜか昔から、お香の名前がわかるんだ……」

「そっ、そうなんだ……すごいね」

 桃葉ちゃんがすごいねって、褒めてくれたけど、なんか表情が……おかしいな。

 あたし、変なこと、言った?


 まあ、あたしもおかしいから、人のことは言えないか……。


 そのあと。


 桃葉ちゃんのお母さんに、紅茶が飲めるかとか、バウムクーヘンは食べられるかとか、聞かれたので、あたしは「はい」と、返事をした。


 桃葉ちゃんのお母さんはやさしく笑うと、「あとで、持って行くわね」と言ってくれた。

 楽しみだ。


 桃葉ちゃんが、彼女のお母さんに「お湯はポットにあるよね?」とか、「エアコンついてる?」とか、聞いている。

 部屋は涼しくなっているようだ。ここもなんか、涼しいけど。


 紅茶とバウムクーヘンは、お母さんが好きだったので、いつも実家にあった。

 なつかしいな。


 紅茶はこっちでも飲んだけど、バウムクーヘンは、ひさしぶりだ。

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