第十六話 友達。桃葉ちゃんの部屋と、蝶々柄。

「こっちだよー」


 桃葉ももはちゃんが、ニコニコ笑って、広くて長い廊下をパタパタ歩く。スリッパで。


「楽しそうだね」

 空斗そらと君が笑うと、桃葉ちゃんはうれしそうな表情で、「うん、楽しい」と答えた。

 素直でいいなと思う。


 今日は、いろんな感情を出す彼女を見た。

 これが、本当の桃葉ちゃんなのだろう。


 幼いなって思う気持ちもあるけれど。それだけじゃない。大人な彼女も、ちゃんといるというか、なんだろう?

 大人な桃葉ちゃんと、子どもな桃葉ちゃんがいるって感じかな。

 なんとなく、そう思った。


♢♢♢


 明るくて、綺麗な廊下をしばらく進む。

 壁も窓も、全部綺麗だ。

 新築なのかな?


 あっ! 階段だっ!


「わたしの部屋、二階にあるんだっ!」

 なんて言いながら、桃葉ちゃんが階段を上がり始める。


 あたしと空斗君も、階段を上がった。

 この階段は広いから、安心して上がれる。


 階段を上がりながら桃葉ちゃんが、「この家、築百年ぐらいだから、リノベーションしたんだよ」って、教えてくれた。


「リノベーションってなに? リフォームみたいなの?」

 あたしがたずねると、桃葉ちゃんは足をとめて、ニヤリと笑う。


「リノベーションはね、リフォームの進化系っていうか、リフォームよりもすごいんだよっ!」

 って、自信満々な顔で教えてくれた。


「そうなんだ……。よくわからないけど、すごいんだね。この家、すごい綺麗で……新しい家みたいだなって、思ってたんだ」


「わたしも、リノベーションしたあとの家に入った時、すっごく感動したんだっ! 明るいなぁ、綺麗だなぁって」


「……えっと、この家がリノベーション? されるまでは、どこにいたの?」


「おじいちゃんの妹さんの家にいたんだっ! おじいちゃんの妹さんも、近くに住んでるんだー! 大きな家なんだよっ!」


「そうなんだ。すごいね」


「うんっ!」


 二階に上がったあたしたちは、洗面台で手を洗ったあと、桃葉ちゃんの案内で、彼女の部屋に向かった。


♢♢♢


 友達の部屋って、行ったことがないんだよね。

 昔、同じクラスの子たちが、友達の部屋が可愛かったとか話してて、いいなと思っていたんだよね。

 あれ? あたしたちって、友達って思っていいのかな?

 友達じゃない人を自分の部屋に、連れて行ったりしないよね?


 立ちどまり、考えていると、桃葉ちゃんの声がした。


「どうしたの?」

「ねえ、桃葉ちゃん。あたしたちって、友達なのかな?」

「――えっ!?」


 目を見開く桃葉ちゃん。

 どうしたんだろう?

 ふしぎに思っていると、ガッと、肩をつかまれた。痛いんだけどな。


 でも、桃葉ちゃんの目がギラギラしていて、こわいから、そんなことは言えない。


「とっ、とっ、とっ、友達だよっ! わたしたちは友達だよっ!」

「えっ? そうなんだ……知らなかった」

「一緒に雑貨屋さん行ったしっ、ハンカチ、プレゼントしたしっ、かき氷とおだんご食べたしっ、家にもきてるしっ、花火大会にも一緒に行くからっ、わたしたちはすっごく友達なんだよっ!」

「そっ、そうなんだね……。わかったよ。教えてくれてありがとね」


 ドキドキしながらお礼を言うと、桃葉ちゃんが、しあわせそうな顔をして、あたしの肩から手を離す。

 空斗君は、桃葉ちゃんのふわふわな桃色髪をやさしくポンポンしたあと、あたしを見て、ニコリと笑う。


「僕も友達だからね。琴乃ちゃん」

「えっ? 空斗君も?」

「そうだよー。桃葉ちゃんの友達は、僕の友達でもあるからね」

「そっ、そうなんだ……。知らなかった」

「じゃあ、行こっか」


 空斗君がニコッと笑い、歩き出す。

 あたしと桃葉ちゃんは、顔を見合わせて笑い、歩き出した。


♢♢♢


「ここだよー!」

 桃葉ちゃんが、うれしそうに笑って、ドアを開ける。


「電気つけるね」

 桃葉ちゃんが手を伸ばす。

 小さな音のあと、部屋が明るくなった。


 広い部屋だなぁ。黄色いカーテンが閉まってる。


「どうぞ。入って」

 桃葉ちゃんに言われたので、あたしと空斗君は、部屋に入った。

 涼しい。

 あっ! 大きなテレビがあるっ!


 テレビの横には、観葉植物。

 木製のテーブルと、淡い緑色のソファー。 

 テーブルの上には、木製のテッシュケースに入れられたテッシュがある。

 ソファーには、三個のクッション。

 青色、空色、桃色だ。


 白くて小さな冷蔵庫と、電気ポット。

 すごいなぁ。

 自分の部屋に、冷蔵庫があるなんて……。


 大人っぽい、勉強机と椅子。

 勉強机の上には、ピンクのノートパソコンがある。

 勉強机のそばには、ピンクのプリンターと、観葉植物。


「観葉植物が好きなの?」

 桃葉ちゃんにたずねると、彼女は口を開く。


「それもあるけど……、電磁波のこととか、風水のこととか、いろいろ考えて置いてるんだ。テレビの横にあるのは、モンステラっていう名前で、机のそばにあるのは、ベンジャミンって名前なんだよ」

「そうなんだー」


 あたしは再び、部屋を見回す。

 貴族が持っているみたいな、豪華な本棚。

 扉つきで、ガラスになっているから、中が見える。


 木製のタンス、木製の棚が二台。

 木製の棚には、柚子ゆず柄の布と、いちご柄の布で、カーテンがしてあるので、中は見えない。

 ガラスケースに入れられた――血のように赤い珊瑚さんごの原木。


 壁に、なんかある……。

 白いあれは、クローゼット?


 木製のベッドに、黄色い花柄のベッドカバー。

 あれは鏡台?

 桃色地に黄色い蝶々柄の可愛らしい布がかけてあるから、鏡が見えないんだけど、たぶん鏡台だ。


「ねえ、桃葉ちゃん」

「なに?」


 あたしが話しかけると、桃葉ちゃんがふしぎそうな顔で首をかしげた。


「……あれは、鏡台?」

 あたしが鏡台らしき物を指差してから、たずねると、桃葉ちゃんがふわりと笑う。


「そうだよ」

「鏡台が部屋にあるって、すごいねぇ」


 そう言ったあと、あれ? って思う。


 桃葉ちゃんって、伊織いおりさんのことが嫌いなんだよね?

 伊織さんって、いつも、蝶々のネックレスをしてるけど、気にならないのかな?

 桃葉ちゃん、蝶々柄のハンカチとか、持ってたもんな。


 そう思いながらあたしは再び、桃葉ちゃんの顔を見る。

 ん? なんだか、不安そうに見えるんだけど……。

 どうしたのかな?


「どっ、どうっ? 琴乃ちゃん、この部屋、好きかなぁ?」

「ん? この部屋? 可愛い部屋だなぁって思うよ」


 あたしが気持ちを伝えると、桃葉ちゃんが、うれしそうに笑った。


「ねえ、桃葉ちゃん、蝶々が好きなの?」

 さっき見た蝶々柄の布を思い出したので、たずねると、桃葉ちゃんが、大きくうなずく。


「うんっ! 好きだよっ!」

「ハンカチとか、蝶々柄のを持ってるもんね」

「うわぁ! 覚えててくれたんだねっ! うれしいっ!」

「そんなにうれしいの?」

「うれしいよ。蝶々は、不死不滅の象徴なんだよ。知ってる?」


 首をかしげる桃葉ちゃん。


「えっ? あっ、うん。そうだったような気がする……」

 こっちを見つめてくる桃葉ちゃんから、圧のようなものを感じる。こわい。

 あたしはドキドキしながら、ゆっくりと、部屋を見回す。


「この部屋、カーテンが、黄色だからなのか、明るい感じだね。電気も明るいけど……」

「黄色は、柚子の色だから好きなんだ。あと、黄色は、家庭運や、健康運が上がると、言われてるんだ。しあわせに生きるためには、家庭運も、健康運も、大事だからね」


 桃葉ちゃんの顔と声が冷たいというか、なんかこわい。

 機嫌が悪くなっているような……。

 あたしが話を変えたからかな?

 なんて思いながら、うなずく。


「そうだね。家庭も健康も大事だね」

「うん」


 冷たい表情のままで、うなずく、桃葉ちゃん。


「桃葉ちゃん、桃色も好きだよね。桃の香りが魔除けって言ってたっけ? 桃色は、恋愛運?」

「桃色も魔除けだよ。恋愛運や、美容運が上がるとも、言われてるんだ」

「そうなんだ。すごいね」

「うん」


 ううっ! どうしようっ!

 どうしたらいいのだろう?

 助けを求めて、ソファーに座っている空斗君を見れば、彼は、こっちを見ながら笑っていた。


 笑ってないで、助けてよっ!

 って、心の中で叫んだ――その時。


 ドアをノックする音がして、桃葉ちゃんのお母さんの声がした。


 紅茶のティーバッグと、濃いピンク色の薔薇ばらが描かれたティーカップとソーサー、ミルクとお砂糖。それから、白いお皿に載ったバウムクーヘンと、銀色のフォークを持ってきてくれたのだ。三人分。


 助かったっ!!


 あたしは、桃葉ちゃんのお母さんに感謝した。

 もちろん、心の中で。


 桃葉ちゃんのお母さんが部屋を出たあと、機嫌が良くなった桃葉ちゃんが、トートバッグをフローリングに置く。


 そして、「二人もここに置いてね」と言ったので、あたしと空斗君はうなずいて、トートバッグとリュックサックを置いたのだった。


 それから桃葉ちゃんは楽しそうに、紅茶のティーバッグをティーカップに入れてから、電気ポットのお湯をそそいでくれた。

 三人分。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る