第十三話 花火大会のおさそいと、白うさぎと、白猫と、神社で出会った鬼のこと。

 あたしは泣くのをがまんして、話し始めた。

 気になっていたことを思い出したからだ。


「……あのね、図書館の本に、妖怪の本はあったのだけど、あやかしのことが書いてある本はなかったんだ。妖怪とあやかしは、なにが違うのかな? こっちにきて、尻尾が二本ある猫とか、二本足で立って、歩く猫とか、人間の言葉をしゃべる猫を見たんだけど……。あれって、猫又とか、化け猫って、呼ばれている猫と同じって、考えてもいいのかな?」


 あたしがたずねると、桃葉ももはちゃんが口を開く。


「同じ、かは、わからないかな……。他の地域の猫のあやかしのことは、よく知らないし。この辺りの猫のあやかしはね、あやかしが見えない人には、ふつうの猫に見えるんだよ」


「ふつうの猫に?」


「うん。あやかしが見える人には、尻尾が二本あるように見えるし、触っても、二本あるように感じるんだ。でも、あやかしが見えない人には、尻尾が一本に見えるらしいの。触っても、一本だとしか、感じられないみたいなんだ。それでね、猫のあやかしが、人間の言葉をしゃべっても、あやかしが見えない人には、猫がニャーニャー鳴いてるように、聞こえるみたいなの」


「そうなんだ……。ふしぎだね」


「うん。神さまでもなくて、精霊でもない、ふしぎな存在のことをあやかしって、呼ぶんだと思うよ。まあ、この辺りでは、あやかしのことを口にすると、悪いことが起きるって、信じてる人が多いから、妖怪とか、化け猫とか、猫又って呼んでる人が、たくさんいるかも。わたしは、猫のあやかしって呼んでるけどね」


「そうなんだ……。教えてくれて、ありがとう」


 お礼を伝えると、桃葉ちゃんがうれしそうに笑ったあと、パチパチとまばたきをする。

 桃色の長いまつ毛と、黒目がちな大きな双眸そうぼうを見つめながら、どうしたのだろうと思っていると、桃葉ちゃんが口を開く。


「……あのね、今度の日曜日、花火大会があるの」


「花火大会?」


「うん。小さいころは大人もいたけど、中等部からは、わたしと空斗そらと君と、むぎちゃんの三人で、花火大会に行ってるんだ。琴乃ことのちゃん、もしよかったら、一緒に行かない?」


「一緒に? うーん。花火は、テレビでしか見たことないから、気になるけど……」


「テレビでしか、見たことがないんだね。打ち上げ花火はね、大きな音がするから、びっくりしちゃうかもしれないし、人がたくさんいると思うから、それも、びっくりするかもしれないけど……。でも、琴乃ちゃんと一緒に行けたらうれしいなーって思うんだ。琴乃ちゃんもさそいたいって思ってて、麦ちゃんと、空斗君にも、話してたんだよ。だけど……」


 急に、泣きそうな顔になったなって、思ったら、桃葉ちゃんがうつむき、少ししてから、顔を上げた。


「ごめん。なんでもない」


 つらそうな顔で首を横にふられても、はい、そうですかと、信じることはできないし、あたしもなぜだか、つらくなる。


 桃葉ちゃんのとなりに座る空斗君が、心配げな表情で、そっと、桃葉ちゃんのふわふわな、桃色髪をなでた。

 すると、桃葉ちゃんはうれしそうに微笑み、空斗君を見つめたあと、「ありがとう」って、お礼を言った。


 仲良しだな。

 そう思っていたら、こちらを向いた桃葉ちゃんが口を開く。


「あのね、わたしたちいつも、浴衣で行くんだ。琴乃ちゃんは浴衣、着たことある?」


「ない……」


「……そっか。この町に、和服屋さんがあってね。着物や浴衣を貸してもらえるんだ。着付けもしてもらえるし、髪も、浴衣に合う感じにしてもらえるんだよ。学生なら、三千円ぐらいで、してもらえるの。巾着袋や、かごバッグ、下駄や足袋なんかも、貸してもらえるから、お店に持って行くのは、お財布とか、ハンカチとティッシュぐらいでいいの。もしよかったら、わたしたちと一緒に、浴衣着て、行かない? 浴衣が嫌だったら、ふつうの服でもいいけど。琴乃ちゃんが浴衣着ないなら、わたしもふつうの服で行くし」


「……あたしも浴衣着る」


「いいの?」


「うん。花火大会、一人で行く気はなかったんだけど、気になってたし、行ってみたい」


 あたしがそう言うと、桃葉ちゃんがニヤニヤしながら、「うれしい」とつぶやいた。

 その顔が、本当にうれしそうで。

 どうして、そんなにうれしいのだろうかと、ふしぎに思うくらいで。


 自分が行くことで、こんなに喜んでくれる人がいるのだなぁと思ったら、笑い出したい気持ちになった。

 恥ずかしいから、しないけど。


 そのあと。


 桃葉ちゃんが楽しそうに、和服屋さんのことを教えてくれた。

 予約なしで行けるし、着付けは、十五分ぐらいでしてもらえるようだ。

 なかなか決められない人もいるので、そういう人には似合う浴衣を選んでくれたりするらしい。


♢♢♢


 空斗君が、あたしたちの分も一緒に、お金を払ってくれているのを女子三人で待つ。

 栗原さんと桃葉ちゃんは、スマホでなにかしているようだ。

 なにしてるんだろう?


 そう思いながら見ていたら、桃葉ちゃんが顔を上げて、「お母さんに、今から『さくらなあん』を出て、空斗君と琴乃ちゃんと一緒に帰るから、お茶とお茶菓子を用意しといてって、メッセージ中』」って、教えてくれた。


「あれ? 栗本さんは?」

「麦ちゃんは、用事があるから帰るんだって」

「そうなんだ」


 うなずき、あたしは床を見る。

 ふと、上から、だれかに見られているような気がして、あやかし? と思いながら、あたしは天井を見上げた。


 えっ!? うさぎ!? うさぎがいる!!

 黒い天井に、真っ白なうさぎのあやかし。


 ふつうのうさぎは、あんなところにいないだろうから、あれはあやかしだ!!

 全然こわくない、可愛いあやかし。


 三羽のうさぎのあやかしが、ぴょこん、ぴょこんと、跳ねている。

 すごいなぁ。


 床じゃなくて、天井なのに。

 ぴょこん、ぴょこんと、跳ねるだなんて。


 そして。

 うさぎのあやかしたちが、しゅ色の壁をぴょこん、ぴょこんと、下りてきた。

 床に下りた三羽が、ピタッと、とまって、あたしを見上げる。


 紅葉もみじ色のつぶらな瞳。

 可愛い。


「あっちの壁にある絵のうさぎたちと同じだよ」


 すぐそばから、桃葉ちゃんの声が聞こえて、あたしは彼女を見た。


「ここに住んでるうさぎなの? あやかしだよね?」

「うん。あやかしだよ」

「あやかしが見える人にだけ、見えるの?」

「そうだよ。猫のあやかしとは違うから」

「あの絵……さくらさんが描いたって聞いたけど……オッドアイの白猫って、リッカという名前?」


 ドキドキしながらたずねると、桃葉ちゃんが、おどろいたような顔をした。


「――知ってるの? リッカ」


「知ってるというか……春に、えっと……伊織いおりさんが……呼んでるのを見て。あと……七月に、いつもは行かない道を通ったら、神社があって、そこでも、オッドアイの白猫のことを、リッカって、呼んでる人がいて……。あっ。鬼だった。女性の鬼だよ。金色の角が二本生えてた」


「……初音はつねちゃん?」


「名前は、知らないけど……。牡丹ぼたん柄の着物を着てて、椿つばき柄の傘を差してた。あっ! 髪に、銀色の蝶モチーフのかんざしさしてたっ!」


「……初音ちゃんだ。わたし、初音ちゃんから聞いてない……。春に、琴乃ちゃんに会ったこと、話したのに……」


 桃葉ちゃんが、しょんぼりしちゃった。

 彼女がお花なら、お水をあげて、太陽に当ててあげたら、元気になるだろうけど……。

 こういう時、どうしたらいいのだろう?


 すぐそばに、栗本くりもとさんがいるのは知ってるんだけど、話しかけられないし。

 どうしようかと思っていたら、桃葉ちゃんが顔を上げた。


「琴乃ちゃん、女の鬼に、なんか言われた?」


「えっ? 記憶を読まれたあと、『会えるといいわね。貴女の愛するお姉様に』って、言われたけど……」


「……琴乃ちゃん、お姉さんがいるの?」


「あたしは一人っ子だけど……。保育園に通っていたころに、自分は鬼だから、あやかしが見えるのだと思い込んでて……。あと、なぜか、双子の姉がいるって、思ってたんだ。でも、こっちにきて、たましいとか、前世についてのテレビ番組を見てね、人は人に生まれ変わるって、話してる人がいたから、あたしの前世は鬼じゃないし、幼いころの、あたしの妄想で、ただの思い込みだって、思ったんだ。なのに……あたしの記憶を読んだ鬼に、姉がいるようなことを言われたから、びっくりしたというか……。あの時、どんな感情だったか、あまり、覚えてないんだけど……。神社を見つけた時から、ずっと、泣いてた気がするんだ……」


「……そう、なんだ……」


「鬼さんと出会ってからは、なんか、悲しい夢を見るんだ。お姉さんが、どこかに行ってしまって。姉がいなくて、悲しくて、さびしい夢」


 あたしが夢のことを話すと、桃葉ちゃんがポロポロと、大粒の涙を流した。

 えっ? どうしたのっ? あたし、どうしたらいいっ!?

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