第十二話 甘くてふわふわなかき氷と、もっちもちのおだんごを。あやかしと神さまと精霊と、たましいと前世のこと。

 かき氷がきた。細長いお皿に載ったおだんごも一緒だ。

 ガラスの器に、白と赤の、ふわふわかき氷。


 ちらっと、向かいの席に座ってる桃葉ちゃんに、視線を向ける。

 彼女はニコニコしながら、こっちを見てた。


「食べていいよー」


 いいのか。じゃあ、食べよう。

 銀色のスプーンで、ふわふわな氷だけをすくって、パクリ。

 うわっ! すごいっ!

 口に入れたら、すぐにとけた。雪みたいだ。


 今度は、いちご。

 すくって、パクリ。

 濃厚だ。冷たい。

 すぐにとけちゃう。


 ミルクもパクリ。うん、濃厚で、冷たい。

 すぐにとけちゃう。


 あたしが夢中で食べていると、クスクス笑う声がした。

 ハッとして、顔を上げると、目の前にいる桃葉ちゃんが笑ってた。


「琴乃ちゃんが可愛すぎる!」


 なにを言っているんだろう?

 大丈夫かな?

 そう思い、首をかしげたら、桃葉ちゃんが、お腹を抱えて笑い出した。


 ここ、お店の中なんだけどな。

 まあ、いいか。


 あたしは、細長いお皿に、目を向ける。

 真っ白なおだんごが四個、串にささってるんだけど、おだんごには、濃い緑色のなにかが、かけてある。

 抹茶まっちゃのおだんごを頼んだのだから、抹茶だろう。


 抹茶は知ってる。

 抹茶味のお菓子もアイスも、飲み物も、こっちにきてから、口にした。

 よし! 食べてみようっ!


 こういうお店のおだんごは初めてだから、少しだけ、緊張する。

 パクリ。

 抹茶が濃厚! もっちもちっ! 

 すごいなぁ! おいしいなぁ!


 自然に、ニコニコしてしまう自分がいた。

 ん? なんか、音が、聞こえたような。


 顔を上げると、桃葉ちゃんが、スマホを持っているのが見えた。


「なにしてるの?」


 あたしがたずねると、「なんでもないよ」と言って、桃葉ちゃんがニコリと笑う。


♢♢♢


 スマホというものを与えられたのは、高校生になった時だ。

 理由は、バス通学になったから。

 念のため、スマホを持つようにと、お父さんが言ったのだ。

 それで、お母さんと一緒に、買いに行った。


 だけど、スマホで、ネットが自由に使えるわけでもなかったし、電話もメールも、基本的に、親としかダメだと言われてたから、使い慣れているわけではない。

 マンションに帰れば、電話があったし。


 それでも。


 人が、スマホで写真を写すのを見たことがあるし、自分も、写真を写してみたことがある。

 だから、シャッターの音なのかな? って、思うんだけど……。

 あたしは黙って、お水を飲んだ。


 桃葉ちゃんが、あたしが食べる写真を撮ったとして、その写真が笑顔だったら、恥ずかしいなって思う気持ちはある。

 だけど、嫌だとは思わないからだ。


 昔は写真に写るのが嫌いだったのに、ふしぎだな。

 嫌いな相手なら、嫌だと思うのだろうか?


♢♢♢


 残りのおだんごを食べて、あたしはお水をゴクゴク飲んだ。

 ふう。と、空のグラスを木製のテーブルに置く。

 クスクスと笑う声がして、顔を上げれば、笑顔の桃葉ちゃんが話しかけてきた。


「どうだった?」

「おいしかったよ。かき氷も、おだんごも、また食べたいなって思うぐらい、おいいかった。今度は他のも食べてみたい」


 あたしが答えると、桃葉ちゃんは、自分のとなりに座る空斗そらと君に視線を向けて、「よかったね」って、ささやいた。やさしい声で。

 空斗君はニコニコしながら、「うん、そうだね。よかったね」って、答えてる。


 しあわせ色の空気が、あたしたちを包んでる気がした。

 筝曲、まだ、流れてるけどね。

 でも今は全く、悲しくないんだ。


 あれ? このお店に入って、筝曲に気づいた時、悲しかったのかな?

 どんな感情だったのか、覚えてないや。まあ、いいか。


「ねえ、琴乃ちゃん」

「なに? 桃葉ちゃん」


 あたしが首をかしげると、桃葉ちゃんが話し出した。


「明日から夏休みだけど、どうするの?」

「実家には帰らないから、アパートにいるか、買い物に行くかも」

「実家に帰らないのって、遠いから?」

「うーん」


 実家は遠い。マンションだけど、実家だ。

 マンションから、星月ほしづき駅まで、バスと新幹線と電車で、六時間ぐらいかかるから、遠いと言えば遠い。


 なのだけど。

 遠いから、帰らないわけではなくて、帰れとは言われてないし、お父さんとお母さんも仕事で忙しいから、夜しかいないんじゃないかなと思うんだ。


 あと、帰りたいとは思わないし。


 親戚の人たちは、あたしのことをおかしなことを言う子だと思ってるから、おいでとは言わない。


 あたしが、自分は鬼だと思うようになる前に、親戚の家に泊まりに行ったことはあったみたいなのだけど、あたし、身体の大きな男の人や、声の大きな男の人がこわくて、苦手だったから、泣いたり逃げたりして、大変だったみたいなんだ。


 昔、お母さんから聞いた話だけど……。


 今、思い出した。


 あたしの記憶は、三歳ぐらいからあるって自分では思ってるんだけど、物心ついたころから、大人の男性には全く近づこうとしなかったし、泣いたり、逃げたりしてたんだ。


 いつからか、泣くことはしなくなったけど、男ですって感じの大人の男性に会うと、緊張したり、逃げたくなってた。学校の先生とか、父親だと、逃げられなかったから、がんばるしかなかったけど……。


 でも。

 こっちにきてからは、だいぶ、大丈夫になってきたような気がする。


 地元にいた時よりも、やさしそうっていうか、中性的な男性が多いのかもしれない。


 昔のことを思い出していたら、「言いたくないならいいよ」という、桃葉ちゃんの声が聞こえた。


「えっ? あっ、えっと……。言いたくないわけじゃないんだよ。なんと言えばいいのかな……。えっと……お父さんもお母さんも、仕事が大好きな人たちだし、忙しい人たちだから、あたしが帰っても、大切な用事がなければ話さないし。親戚は、昔……あたしが保育園に通っていたころ、自分は鬼だと思い込んでて、それを周りに言ったり、こんなあやかしを見たとか、あやかしの話をしてたから、おかしなことを言う子だって思ってるんだ。あやかしという言葉が通じないから、オバケと言ったりもしたんだけどね。だから、親戚に会いに行ったり、泊まりに行ったりしないんだ。あっ! あやかしの話って、外ではしない方がいいか……」


 あやかしという言葉に、拒絶反応が出ちゃう人がいるって、桃葉ちゃんが話してたもんね。


 そう思ったあたしを見たあと、桃葉ちゃんは、やおら立ち上がり、辺りを見回して、「今は大丈夫だよ。お客さん、わたしたちだけだし。世哉せいやさんも、ここで働く他の人たちも、あやかしを見たり、あやかしのことを聞いても、大丈夫な人たちだから」と、微笑み、椅子に座ってから、また口を開く。


「琴乃ちゃんが、遠く離れたこの土地まできたのって、地元が嫌だったから?」


「えっ? うん……そうだね。地元はなんか、あたしの居場所は、ここじゃないって、そう感じることがあったりして。高校は、バス通学だったんだけど、すごい遠いってわけでもなくて。遠くに行きたい気持ちはあったけど、高校生だし、がまんするしかないと思ってて……。高校を卒業したら、どこか遠くに行きたいなって、そう思ってたんだ」


「そっか……」


「……えっとね、あたし。地元にいた時から、泣かないなんておかしいとか、笑わないなんて変だとか、感情がないとか、心がないって、家族や、他の人たちから言われてたんだ。だから、心のことが知りたくて、お母さんに話して、一緒にさがしてもらったの。それで、ここだっ! って思ったんだ。短大」


「ここだって、思ったんだね」


 桃葉ちゃんがうれしそうに笑う。


「うん……。ねえ、ここで働く人たち、あやかしが見える人、多いの?」


 そう、たずねたあたしに、「うん、全員じゃないけど、見える人は多いよね」と言ったあと、桃葉ちゃんはちらっと、空斗君に目を向けた。


「そうだね。世哉さんも、伊織いおりも、あやかしが見えるから。あと、さくらさんも」


 空斗君が、ニッコリ笑って、そう言った。


「血筋なのかな?」


 ふしぎに思って、問いかけると、空斗君はニコニコしながら、「藤森ふじもり家は、藤の精霊と、屋敷神に守られてるって有名なんだ。あと、藤森家の人たちは、藤の精霊の血を引いているとも、言われているんだよ」と、答えた。


「藤の精霊? 屋敷神? それは、あやかしじゃないよね? なんか、そう感じるんだけど」


 あたしがそう言うと、空斗君が笑顔で口を開く。


「うん、精霊と神さまだからね。あやかしじゃないよ。神さまは神社にいたりするから、わかると思うけど。精霊は、神さまに近い存在だよ。木の精霊は、木がある場所から離れることができないんだ。屋敷神は、屋敷のある場所というか、敷地内から出ることはあまりないけど、そこにいるのが嫌になったら、屋敷から出て行くこともあるらしいんだ」


「そうなんだ……。屋敷神って、座敷わらしみたいなものなのかな?」


「屋敷神という存在は、いろいろいるみたいだけど……。あの家の屋敷神は、座敷わらしみたいな存在だと思われてるみたいだよ。……僕らは人間だし、わからないことが多いんだ」


「わからないことが多くても、いいのかな?」

「いいんだよ」


 空斗君はおだやかな表情で、大きくうなずく。


「本当に、自分に必要な情報なら、必要な時に与えられるって、僕は思うんだ。出会いだって、そうで……。出会う必要のあるたましいなら、ちゃんと出会えるって思うんだ。必要なタイミングでね」


「必要なタイミング?」


 あたしがたずねると、空斗君は大きくうなずく。


「うん。感情では嫌いだったり、受け入れることができなくても、たましいとしては前世から、会いたかったということもあるだろうし……。自分の心だって、わからないことが多いのに、たましいのことまでは、わからないって、そう思うよ。でもね、それでいいって、思うんだ」


「それでいい?」


「うん。今、出会えたことが、奇跡だと思うから……。前世とか、覚えてないんだけどね」


 そう言って、空斗君はニッコリ笑う。


「桃葉ちゃんのおばあちゃんの、薫子かおるこさまは、前世は自分で思い出さないと、意味がないって言うしね」


「そうなの?」


「他人が教えた前世は、他人が見て、感じた相手の話だったりするから、本物の前世とは言えないんだって。それに……知らない方がしあわせだから、思い出さない人もいるって言ってた。自分の心を守るためにね。だから、相手の前世を知ってるからって、むやみやたらに話すなって言ってたんだ。こわい顔でね。って、元々あの人は、顔がこわいんだけどねー」


 空斗君はそう言って、微笑んだ。

 こわい顔って言いながら、笑うのはなぜ?


「そっ、そうなんだー」


 ふう。人と話すって、ドキドキするなぁ。

 いっぱい話して、疲れちゃった。


「むやみやたらに話すなって、薫子さまが言ったのはね、受けとめられない人もいるからなんだって。前世を知って、心が楽になる人もいるけど、よけいにつらくなってしまう人もいるんだって」


「…………」


 よけいにつらく?


「覚えてなくても、僕は運命だと思うんだ。生まれたことも、出会えたことも」


 空斗君はそう言って、愛し気な眼差しで、桃葉ちゃんを見つめる。

 あれ? なんだか、桃葉ちゃんの瞳が、うるうるしているような……。

 泣きそう?

 あっ! うつむいたっ!


「……わたしも、空斗君のことは……、なにも覚えてないけど……同じ時代に生まれて、一緒にすごせることは、しあわせだし、運命だと思ってるよ」


 どうしたのだろう?

 この二人。

 あたしは演劇でも、見ているのかな?


♢♢♢


 たましい、前世か……。

 そういうテレビ番組は、こっちにきてから、見たことがある。


 引っ越してきて、すぐのころだ。

 なんとなくテレビをつけてたら、そういう番組が始まった。


 でも。


 人は、人に生まれ変わる。

 だから、幼いころのあたしが、鬼とか、双子と言ったのは、前世ではないのだと思ったんだ。


 なのに……。

 あたしは、あの鬼と、出会ってしまった。


 悪いことじゃない。悪いことじゃないんだ。


 今のあたしが鬼ではないのなら、前世だとしか、考えられない。

 でも、あの鬼は、教えてくれなかった。

 あたしの記憶を読んだはずなのに。


『会えるといいわね。貴女あなたの愛するお姉様に』


 そう言っていたから、なにか知ってるはずなのに。

 悲しくて、せつなくて、泣きそうだ。

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