第四話 月夜の夢。駅前の広場で歌う、鯉のあやかし、ルージュさん。桜柄の着物姿のおばあさん。

 その夜、あたしは、夢を見た。

 月を見上げながら、泣く夢だ。

 ここにはいない姉を想って。


♦♦♦


 姉さまがいない。姉さまが。

 わたくし一人では、この里から出られないのに、姉さまは連れて行ってくれなかった。

 双子として生まれて、ずっとずっと、一緒だった。

 これからもずっと、一緒だと思っていたのに……。

 なのに、なのに、それなのに、姉さまは行ってしまった。


 ♦♦♦


 目が覚めると、まだ夜で、あたしは涙を流してた。

 悲しくて、悲しくて、たまらなかった。


 夢の中の自分は、双子の鬼なのだろうか?

 彼女と姉に、なにがあったのだろうか?


 気になって、眠ることができなかったあたしは、この辺りのことが載っている旅行ガイドブックを読んでみた。

 だけど、今日行った神社のことは、載ってなかった。


 なので、ネットで、あの神社のことを調べてみた。

 実家にいた時は、お母さんに調べたいことを伝えて、調べてもらってから、印刷してもらわないといけなかった。

 今は、スマホでも、パソコンでも、とても自由に、好きなことを調べられるので、ありがたいなと思ってる。


 ネットには、あたしがこの土地にきてからすぐ、引っ越しのあいさつをしに行った神社は載ってたんだけど、昨日行った神社は載ってなかった。


 引っ越してきた時に行った神社は、水の神さまをまつる神社だ。

 この神社は、旅行ガイドブックに載っていて、とても気になったので、行ってみた。


 なぜか、幼いころから神社を見ると、行かなきゃと思うのだ。

 だから、学校から帰る時に、こっそりと行っていた。

 行くなとは言われてないけど、行ったと言えば、ダメだと言われるかもしれないので、親には言わなかった。


 自由に使えるお金をもらっていなかったため、お賽銭さいせんをあげることはできなかったから、縁結びの神社だったけど、お参りはしていない。

 それでも、神社の境内を歩くのは好きだった。


 神社という場所は、特別な空間だと思ってる。

 鳥居から、境内に入れば、空気が変わったり、風が吹くのだ。

 歓迎かんげいされているような、ここに存在することをゆるされたような、そんな気持ちになれる。

 だから、好きだった。


 昨日の神社では、おかしくなってたけど……。


 引っ越しのあいさつに行った神社では、空気が変わるのがわかったし、風を感じた。

 それから、一瞬だったけど、真っ白で、とても大きなへびを見たんだ。

 神さまだと感じた。あやかしではなく。


 昨日行った神社は、なんの神社なのか、看板とか見ていなかったから、わからない。

 看板をさがす、心の余裕なんか、なかったし。


♢♢♢


 朝になり、あたしは短大に行ったあと、昨日見つけた神社に向かうことにした。

 あの女性の鬼と、また会うことができるかもしれないし、なんの神社なのか、気になったからだ。


 雨は降ってないので、傘を差さずに、持ったまま、星月ほしづき駅の北口から出る。

 すると、大きな歌声が聞こえてきた。


 駅前の広場と呼んでいるけれど、正しくは、駅の北口前にある広場に、こいがいた。

 くれない色の大きな鯉のあやかし――ルージュさんだ。


 ルージュさんは、「みんなー、アタシにー、夢中なのー」とか、「みんなー、アタシにー、メロメロよー」とか、「アタシもー、みんなのー、ことが好きー」って、楽しそうに歌ってる。


 そんなルージュさんを見つめるのは、二匹の黒猫だった。


♢♢♢


 セミたちの声を聞きながら石段を上がり、神社に行くと、楽しそうな笑い声が、聞こえてきた。


 桜の木がある方だ。


 女の子の声?

 それと、やさしそうなおばあさんの声だろうか?


 行っても、大丈夫だろうか?


 ちょっとこわいけど、気になった。

 桜の木がある方にいるのが、あの女性の鬼だったとしても、だれかとしゃべっているのなら、じゃまをしない方がいいだろうとは思う。


 だけど、せっかくここまできたのだ。

 ちょっとだけ、見てみたい。

 あの女性の鬼じゃないのなら、それでいいのだし。


 ドキドキしながら、桜の木がある場所に向かって、歩いていると、突然、静かになり、不安になった。


 早足で進むと、桜の木が見えた。

 桜の木のそばに、桜柄の着物姿のおばあさんがいた。 

 おばあさんは、上品なバッグと、黒い傘を持っている。


 あれ? 女の子がいない。

 声がしたのにな。

 ふしぎだなと思いながら、あたしはおばあさんに目を向ける。


 おばあさんは、あたしを見るとニコリと笑って、「あら、こんにちは」と、声をかけてくれた。

 なのであたしも、「こんにちは」と、あいさつをした。


 あいさつを交わしたあと、石段がある方に向かって、ゆっくりと歩いて行くおばあさんを見つめながら、あの人、何度か見たことがあるなと思った。


 駅とか駅の近くで、何度か出会ったんだけど、いつも笑顔であいさつをしてくれるので、気になってたんだ。


 人の顔を覚えるのは得意ではないけれど、あのおばあさんはいつも桜柄の着物を着ているからなのか、彼女のことはすぐに覚えた。

 何度か、彼女が小学生ぐらいの女の子と一緒にいるのを見かけたので、お孫さんかなって思った。


 おばあさん、桜が好きなのかな?


 桜は確か、縁起の良いことの始まりを意味するといわれてる。五穀豊穣ごこくほうじょうの神が宿る木として、豊かさという意味もあるとか……。


 どこで聞いたんだっけ? それとも、本に載っていたのかな? わからないや。


♢♢♢


 おばあさんが見えなくなってから、あたしは神社の看板をさがしてみた。

 だけど、見つからなかった。


 さっきのおばあさんなら、もしかしたら知っているのかもしれないけれど、聞く勇気はなかった。


 昨日のことを思い出し、どこかに道でもあるのかなと思ったあたしは、神社の裏へ回ってみた。


 神社の裏に行くと、岩に、しめ縄が張ってあった。ここにも看板はない。


 しめ縄は、鳥居とおやしろにもあったなと、そう思った。


 神社にお参りをしたあと、気になって、もう一度、桜の木を見に行ったんだけど、だれもいないはずなのに、だれかに見られているような感じがした。


 神さまだろうか?

 ふしぎに思いながら、あたしは帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る