第六話 姫宮さんと、栗本さん。
あたしは昔から、人と話すのが苦手だ。
笑ったり泣いたり、感情を出すのも苦手。
こっちに引っ越してきてからは、たくさん泣いてる気がするけど、地元にいた時は、全くと言っていいくらい、泣かなかった。
自分では、感情があると思っているのだけど、周りにはわからないらしくて、無感情な人間だと、思われていたようだ。
それでも、地元を離れる時に、短大では、友達ができたらいいなって、甘い希望を抱いたりもした。
夢のような話だ。
現実は、笑顔で、たくさん話しかけてくれた
彼女は幼稚部から、
気づけばあたしは、同じ短大の子たちから、人嫌いだと言われるようになった。
声が大きな女子が多いから、聞こえるのだ。
あたしが音や声に、びんかんなだけなのかもしれないけど。
ちょっとした音におびえると、よく知らない女子たちに、クスクス、クスクス、笑われたりする。
それに、あたしが気配を感じて、急に、天井を見上げたりすることがあるから、気味が悪いと言われた。名前の知らない子たちに。
まあ、それは、地元にいたころからなんだけど。
場所が変わっても、なにも変わりはしなかった。
『
刺激的な匂いをまとった女子が、そう言って、キャラキャラ笑っていた。
唇は
爪がすごく長くて、とがっていたので、大丈夫だろうかと、心配になったのを覚えてる。
あたしはなんて、答えただろう? 忘れた。
一人でも、攻撃力の高い女子はいるけれど、女子というものは集団になると、すごく残酷になる気がする。
集団で、あたしのところにきて、『心やさしい姫宮さんが、ぼっちでかわいそうなあんたに、わざわざ話しかけてあげてるのに、笑顔で答えないなんて、ありえないんだけど!』って、怒られたり、『あんた、なに、姫宮さんに失礼なことしてるの? 田舎から出て来たあんたは知らないのかもしれないけど、姫宮さんのおばあさまはすごい人なんだよっ!』って、言われたりした。
なにがすごいのか聞いてみたら、姫宮さんのおばあさんは、魔除けの力を持っているのだそうだ。そして、神さまと話せるらしい。
神さまにお願いをして、雨を降らせてもらったり、困っている人を助けてもらったりするらしい。
それは、すごいことだと思うんだけど、たくさん人が集まりそうで、大変だなと思ったので、あたしはそう言った。
そうしたら、『バカじゃないの?』って言われたので、おどろいた。
あたしにそう言った彼女の話では、姫宮さんのおばあさんは、助けたいと思った相手にしか、力を使わないらしい。
だから、姫宮さんのおばあさんや、おばあさんが大切にしている相手には、やさしくしないといけないのだそうだ。
姫宮さんのおばあさんを怒らせたり、嫌われるようなことをしたり、言ったりすると、おそろしいことが起こるのだそうだ。
そう言った彼女の顔の方がこわかったんだけど、もちろん言わなかった。
怒りをぶつけられるのは、好きではないからだ。
感情をぶつけてくる人たちは、姫宮さんがいないところで、話しかけてくる。
大好きな姫宮さんに、バレたくはないのだろう。
確かに、あたしはやさしくない。
やさしいねって、だれかに言われた記憶はないし、自分でもそう思う。
あたしがやさしくないからといって、集団で責められても困る。
短大生になって、二か月ぐらい経つと、姫宮さんに話しかけられることが、少なくなった。
だけど、彼女の視線はよく感じるし、ふり向けば目が合うから、嫌われてはないと思うんだ。
あたしが困っていることに気づくと、すぐに近づいてくるし、助けてくれることもある。
だけど、あたしからは、話しかけられない。
自分から話しかけるなんて緊張するし、実家にいたころに、ゲームやマンガや、アニメやドラマや、バラエティー番組や歌番組を禁止されていたあたしには、知らないことが多いのだ。
本は、学校の図書室にあるもの以外は、お母さんが許可したものしか、読めなかった。
テレビも、お母さんが許可した番組しか、見ることができなかった。
幼いころは、保育園や、小学校の子たちが話してる番組が気になったりもしたのだけれど、いちいち、これを見ていいかと、お母さんに聞くのが、めんどうになって、テレビは、許可されているニュースと、天気予報ぐらいしか見なかった。
お父さんもお母さんも、仕事大好き人間で、あまり家――というか、実家はマンションだから、マンションか。
お父さんとお母さんが、マンションにあまり、いなかったから、見張られていたわけじゃない。
家事代行サービスの人がいる時もあったけど、学校からマンションに帰れば、一人でいることが多かった。
だけど、一度約束したら、それを破ることはしなかった。
短大で、人の心について学んだり、心や脳についての本をいろいろ読んだ今では、あたしは、お母さんに、愛されたかったのかもしれないなと思った。
お母さんは仕事が忙しいのに、あたしのために、いろいろと調べてくれたり、調べたことを印刷してくれたりしてた。
服とか、あたしが使う物を買ってくれたりもしてた。
だから、愛されていなかったわけじゃない。
愛は、あったのだろう。
でも。
あたしはなんか、もっと、心の深い場所にある孤独を癒してくれるような。
あたしのすべてを満たしてくれるような、深い愛を求めていたのかもしれないなと思った。
お母さんが好きかと問われれば、わからないと答えるけれど。
地元を離れてから、いろんなテレビ番組を見てみたのだけれど、テレビに出ている人たちが笑っていても、なにが面白いのかよくわからないと思うことが多かった。
地元にいた時から、泣かないなんておかしいとか、笑わないなんて変だとか、感情がないとか、心がないって、いろんな人から、言われていた。
だから、心のことが知りたくて、この短大にきたのに、今でもよくわからない。
そんな自分だから、だれかを楽しませることなんて、できないのだ。
「アイス食べたいー! ウウッ! 学校のコンビニも、駅のコンビニも遠いよぉ。
「
姫宮さんの声のあと。
すぐさま、低い声がする。
この声の持ち主は知ってる。
あたしと姫宮さんと同じ、人間心理コースで、姫宮さんとよく一緒にいる茶髪ポニーテール女子だ。
彼女の名前は、
栗本さんは、姫宮さんの幼なじみ。そう、春に、姫宮さんが教えてくれた。
栗本さんは、姫宮さん以外の人とは、あまり話さない。
「ねえ、麦ちゃん。なんでこんなに広いの? わたしをいじめて楽しいのかな?」
「いや、誰もいじめてないし。
「短大が、一番広いよー! 名前まで変わってるし、なに進化してんの? 意味わかんないんだけどっ! ここ、駅と短大と、寮しかないじゃん。エーン。ひどいよぉ。
「空斗君は男だから、女子大には入れないよ。保育士になる夢があって、四年制に通ってるんでしょ? なら、文句言わず、応援しなよ」
「うん。空斗君大好き。応援する。でも、保育園で空斗君が、モテモテになったらどうしようっ! 今でも、やさしくて可愛いから、みんなから、モテモテなのにー!」
「これからデートなんでしょ? わざわざ駅まで迎えにきてくれるんだから、シャキッとしなっ!」
「嫌だー! ここまできて、ほしかったー! 空斗君に会えたら元気が出るのにー!」
「警備の人がいるから無理だよ」
うしろから聞こえる女子二人の会話を聞きながら、歩いていた時だった。
急に、寒くなり、セミ 一斉に鳴きやんだ。
あたしはおどろき、立ちどまる。
生ぬるい風が、吹いた。
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