第六話 姫宮さんと、栗本さん。

 あたしは昔から、人と話すのが苦手だ。

 笑ったり泣いたり、感情を出すのも苦手。

 こっちに引っ越してきてからは、たくさん泣いてる気がするけど、地元にいた時は、全くと言っていいくらい、泣かなかった。


 自分では、感情があると思っているのだけど、周りにはわからないらしくて、無感情な人間だと、思われていたようだ。

 それでも、地元を離れる時に、短大では、友達ができたらいいなって、甘い希望を抱いたりもした。


 夢のような話だ。


 現実は、笑顔で、たくさん話しかけてくれた姫宮ひめみやさんを困らせてしまうだけだった。


 彼女は幼稚部から、虹花にじはなにいる子だから、この短大にも、他の学校にも、たくさんの友達がいるようだし、可愛くて、明るい彼女に話しかける人は多い。

 気づけばあたしは、同じ短大の子たちから、人嫌いだと言われるようになった。


 声が大きな女子が多いから、聞こえるのだ。

 あたしが音や声に、びんかんなだけなのかもしれないけど。


 ちょっとした音におびえると、よく知らない女子たちに、クスクス、クスクス、笑われたりする。

 それに、あたしが気配を感じて、急に、天井を見上げたりすることがあるから、気味が悪いと言われた。名前の知らない子たちに。


 まあ、それは、地元にいたころからなんだけど。

 場所が変わっても、なにも変わりはしなかった。


月橋琴乃つきはしことのって、人間嫌いで冷たい女だって、みんな言ってるよー。知ってた?』


 檸檬れもん色の髪、派手な服とメイク。

 刺激的な匂いをまとった女子が、そう言って、キャラキャラ笑っていた。

 唇は柘榴ざくろ色で、ネイルは檸檬色。

 爪がすごく長くて、とがっていたので、大丈夫だろうかと、心配になったのを覚えてる。


 あたしはなんて、答えただろう? 忘れた。


 一人でも、攻撃力の高い女子はいるけれど、女子というものは集団になると、すごく残酷になる気がする。


 集団で、あたしのところにきて、『心やさしい姫宮さんが、ぼっちでかわいそうなあんたに、わざわざ話しかけてあげてるのに、笑顔で答えないなんて、ありえないんだけど!』って、怒られたり、『あんた、なに、姫宮さんに失礼なことしてるの? 田舎から出て来たあんたは知らないのかもしれないけど、姫宮さんのおばあさまはすごい人なんだよっ!』って、言われたりした。


 なにがすごいのか聞いてみたら、姫宮さんのおばあさんは、魔除けの力を持っているのだそうだ。そして、神さまと話せるらしい。

 神さまにお願いをして、雨を降らせてもらったり、困っている人を助けてもらったりするらしい。


 それは、すごいことだと思うんだけど、たくさん人が集まりそうで、大変だなと思ったので、あたしはそう言った。

 そうしたら、『バカじゃないの?』って言われたので、おどろいた。


 あたしにそう言った彼女の話では、姫宮さんのおばあさんは、助けたいと思った相手にしか、力を使わないらしい。

 だから、姫宮さんのおばあさんや、おばあさんが大切にしている相手には、やさしくしないといけないのだそうだ。


 姫宮さんのおばあさんを怒らせたり、嫌われるようなことをしたり、言ったりすると、おそろしいことが起こるのだそうだ。

 そう言った彼女の顔の方がこわかったんだけど、もちろん言わなかった。

 怒りをぶつけられるのは、好きではないからだ。


 感情をぶつけてくる人たちは、姫宮さんがいないところで、話しかけてくる。

 大好きな姫宮さんに、バレたくはないのだろう。


 確かに、あたしはやさしくない。

 やさしいねって、だれかに言われた記憶はないし、自分でもそう思う。

 あたしがやさしくないからといって、集団で責められても困る。


 短大生になって、二か月ぐらい経つと、姫宮さんに話しかけられることが、少なくなった。

 だけど、彼女の視線はよく感じるし、ふり向けば目が合うから、嫌われてはないと思うんだ。


 あたしが困っていることに気づくと、すぐに近づいてくるし、助けてくれることもある。

 だけど、あたしからは、話しかけられない。


 自分から話しかけるなんて緊張するし、実家にいたころに、ゲームやマンガや、アニメやドラマや、バラエティー番組や歌番組を禁止されていたあたしには、知らないことが多いのだ。


 本は、学校の図書室にあるもの以外は、お母さんが許可したものしか、読めなかった。

 テレビも、お母さんが許可した番組しか、見ることができなかった。


 幼いころは、保育園や、小学校の子たちが話してる番組が気になったりもしたのだけれど、いちいち、これを見ていいかと、お母さんに聞くのが、めんどうになって、テレビは、許可されているニュースと、天気予報ぐらいしか見なかった。


 お父さんもお母さんも、仕事大好き人間で、あまり家――というか、実家はマンションだから、マンションか。


 お父さんとお母さんが、マンションにあまり、いなかったから、見張られていたわけじゃない。

 家事代行サービスの人がいる時もあったけど、学校からマンションに帰れば、一人でいることが多かった。


 だけど、一度約束したら、それを破ることはしなかった。


 短大で、人の心について学んだり、心や脳についての本をいろいろ読んだ今では、あたしは、お母さんに、愛されたかったのかもしれないなと思った。


 お母さんは仕事が忙しいのに、あたしのために、いろいろと調べてくれたり、調べたことを印刷してくれたりしてた。


 服とか、あたしが使う物を買ってくれたりもしてた。

 だから、愛されていなかったわけじゃない。

 愛は、あったのだろう。


 でも。


 あたしはなんか、もっと、心の深い場所にある孤独を癒してくれるような。

 あたしのすべてを満たしてくれるような、深い愛を求めていたのかもしれないなと思った。

 お母さんが好きかと問われれば、わからないと答えるけれど。


 地元を離れてから、いろんなテレビ番組を見てみたのだけれど、テレビに出ている人たちが笑っていても、なにが面白いのかよくわからないと思うことが多かった。


 地元にいた時から、泣かないなんておかしいとか、笑わないなんて変だとか、感情がないとか、心がないって、いろんな人から、言われていた。

 だから、心のことが知りたくて、この短大にきたのに、今でもよくわからない。

 そんな自分だから、だれかを楽しませることなんて、できないのだ。


「アイス食べたいー! ウウッ! 学校のコンビニも、駅のコンビニも遠いよぉ。むぎちゃんのバカ―!」

わたしは悪くないんだけど」


 姫宮さんの声のあと。

 すぐさま、低い声がする。


 この声の持ち主は知ってる。


 あたしと姫宮さんと同じ、人間心理コースで、姫宮さんとよく一緒にいる茶髪ポニーテール女子だ。

 彼女の名前は、栗本麦くりもとむぎさん。


 栗本さんは、姫宮さんの幼なじみ。そう、春に、姫宮さんが教えてくれた。

 栗本さんは、姫宮さん以外の人とは、あまり話さない。


「ねえ、麦ちゃん。なんでこんなに広いの? わたしをいじめて楽しいのかな?」


「いや、誰もいじめてないし。虹花女学園にじはなじょがくえんの幼稚部があるキャンパスも、初等部があるキャンパスも、中等部と高等部があるキャンパスも、広かったでしょ?」


「短大が、一番広いよー! 名前まで変わってるし、なに進化してんの? 意味わかんないんだけどっ! ここ、駅と短大と、寮しかないじゃん。エーン。ひどいよぉ。空斗そらと君が、うちの短大の女の子だったらよかったのにー! そしたら、毎日一緒に、ラブラブできるのにー!」


「空斗君は男だから、女子大には入れないよ。保育士になる夢があって、四年制に通ってるんでしょ? なら、文句言わず、応援しなよ」


「うん。空斗君大好き。応援する。でも、保育園で空斗君が、モテモテになったらどうしようっ! 今でも、やさしくて可愛いから、みんなから、モテモテなのにー!」


「これからデートなんでしょ? わざわざ駅まで迎えにきてくれるんだから、シャキッとしなっ!」


「嫌だー! ここまできて、ほしかったー! 空斗君に会えたら元気が出るのにー!」


「警備の人がいるから無理だよ」


 うしろから聞こえる女子二人の会話を聞きながら、歩いていた時だった。


 急に、寒くなり、セミ 一斉に鳴きやんだ。


 あたしはおどろき、立ちどまる。


 生ぬるい風が、吹いた。

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