第98話 彼女の祈り③


 ゼオが部屋に戻り、少し経った後のこと。




 女湯の様子を想像し悶々としていた彼も、疲れから来る睡魔には勝てずすぐに深い眠りに落ちた。

 すうすうと穏やかにゼオが眠る中、リリオンたちは集まり祝勝会を開いていた。

 とはいえ深夜遅くであることや騒がしいのを嫌う彼女達の性格もあり、酒を飲みながら互いの労をねぎらうだけの静かなものだ。ゼオが起きないよう、軽い睡眠魔法もかけてある。




 私物か、昼間のうちに調達したのか定かではないが、ラーボルトは自身が用意した最高級のワインをグラスに注いでいく。


「リリオン、お前も飲むか?」


 普段滅多に酒を飲まないリリオンにラーボルトは問いかける。

 まだ長風呂と、シャルティナに語ったゼオへの思いの余韻で火照ったままのリリオンは、せっかくならとグラスに手を伸ばした。


「ええ……いただきます」


「おう。ヒューグの兄ちゃんも飲むよな?未成年なんて言うなよ」


「たりめーだろ。こんないい酒飲まずにいられるかってんだっ」


 三姉妹の次女、リィフォンにぬいぐるみの身体をモフモフされながらヒューグはその短い腕を伸ばしワインのグラスを掴んだ。

 彼に続いてリィフォン、そして長女ラフィスと三女ルゥファと、残ったヴァーミリアも。この場に居る全員がグラスを取ったことに、ラーボルトは満足げに頷いた。




「よし。それじゃ、我らの勝利を祝って……乾杯」




 乾杯。


 声を揃えて、各々が酒を口に含む。ワインに含まれた豊かな風味が戦士たちを静かに包む。


「ぷはっ、うんまっ!」


 ぬいぐるみの口元を濡らしながらヒューグが感嘆の声を上げた。生前、旅の途中で飲んだ粗悪な安酒とは段違いの味わいに、彼はぐびぐびと飲み進めていく。

 ぬいぐるみにしてはあまりにも奇妙な光景に、リリオンはくすっと頬を緩め手元のグラスに視線を落とした。


「リリオン、どうかしたの?」


 複雑そうなその表情を見て、ヴァーミリアが声をかけた。誤魔化すわけにもいかず、リリオンは率直に答えた。




「その……。

 先ほど、シャルティナ様に私とゼオの関係を説明しまして」




「愛してるって、ちゃんと言ったか?」


 割り込み口を挟んだラーボルトの言葉に、リリオンの顔がかあっと紅くなる。


「……はい、言いました」


 身体を震わせ、顔を真っ赤にしながらそう告げる彼女の様子はまるで罰ゲームでもやらされているかのようで。


 それでも彼女が絞り出した言葉に、ラーボルトとヒューグら男性陣は「お~」と声を上げた。


「もう、あまりからかわないであげてっ」


「そうそう、可哀そうですよ」


 女性陣がリリオンを庇い、デリカシーの欠けた男性陣を非難する。悪い悪い、と謝罪しつつラーボルトが口を開いた。


「で、それがどうした?あのお姫様に何か言われたか?」


 それが図星とばかりにリリオンは言葉を詰まらせ、彼女には珍しくたどたどしい様子で話し始めた。




「その、彼女が言うには……ゼオも、私のことを好きだろうと……」

「果たして……そうなのでしょうか?あの子も、私を……」




 赤くなった自らの頬に手を当て、潤んだ瞳でベッドの上のゼオを見つめながらリリオンは呟く。

 

 彼女にとっては深刻な悩みなのだろう。長い付き合いのラーボルトも、こんな恋する乙女そのものになったリリオンは初めて見る。

 だがそれも、ヒューグからすれば今更な話だ。ゼオがリリオンをどう思ってるかなんて決まってる。




「……あのな、姫さん。ゼオの奴は」




 何にせよ、ゼオとリリオンの関係の進展になる。そう思い口を開いたヒューグだったが。


「まあ待ちな」


 ラーボルトがそれを遮る。手元のグラスをくゆらせながら、彼は穏やかに諭すような優しい口調で語りかける。


「いいか、リリオン。坊主がお前さんのことをどう思ってるかだが……

 それをオレ達の口から聞いて、お前は納得できるのか?」


「それは……」


 だろ、とラーボルトが返すその様子は、まるで本当の伯父と姪のようだった。


「それに、だ。今、記憶のないゼオにリリオンのことをどう思ってるか、アイツから聞いた奴いるか?」


 そう言いながら周囲を見回すが、全員が首を振る。


「つまり、直接本人に聞くしかない、ってことだ」


「ええ。それは確かに、その通り……ですが」


 リリオンはそう返すが、それが難しいことは彼女自身が一番分かっている。

 恋愛に関して、彼女は恋に臆病な少女そのものだ。




 もしも、ゼオの気持ちが彼女の予想したものでなかったら。

 

 想像するだけで悪寒が走り、足がすくむ。




 そんな彼女に向け、再びラーボルトは口を開く。




「ただ……オレは前に、ゼオにお前をどう思っているか聞いたことはあるがな」




「えっ?」


 リリオンは思わず顔をあげ、周囲の視線もラーボルトのニヤニヤとした顔に集まる。


「といっても、もう十年以上前のことだが……聞きたいか?」


 彼女の返答は決まっていた。




「ええ、もちろん。お願いします」




 わかった、と応えワインを一口含む。


 それからラーボルトは静かに、幼いゼオとの思い出を話し始めた。




 

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