第97話 彼女の祈り②
自身の知る情報を語ったリリオンの説明は端的で、よくまとめられていた。時間にしてみればほんの十数分。
だが、その内容はシャルティナにとって一旦情報の整理が必要だった。
頭を抱え、脳内で情報の真偽を確かめてから諦めたように頭上を見上げ呟く。
「幻魔候、ねえ……冗談でしょって言いたいところだけど」
彼女の脳裏にこびりついた【ラードゾルグ】と【ガフィニオン】の常軌を逸した性能と戦いぶり。それが魔界からやって来た幻魔候の手によるものだとすれば、あの異常な様子にも納得がいく。
そして、目の前に居るリリオンについても。
この地に来る前、交渉の一端として彼女は異常な魔力を見せた。その出自を知った今では、あの交渉がどれほど危険な橋を渡っていたものだったか分かる。終始冷静な対応を心掛けた自分を褒めてやりたい気分だった。
「信じていただけますか?」
相変わらず淡々とした口調で問いかけて来たリリオンに、シャルティナははあ、とため息を吐いてから返す。
「まあ、ね。教えてって聞いたのはこっちなんだし、話の筋も通ってる……
サクラシア!」
傍らで黙って話を聞いていたサクラシアが顔を上げた。
「彼女の話、間違いはないのよね?友人、なんでしょ?」
含みを込めた彼女の言葉に、サクラシアはふっと笑いながら応える。
「ええ、事実ですよ。私も全幅の信頼を寄せることのできる相手です」
「あっそ。教会も秘密主義なのよねえ……
魔界の情報とか全っっっ然教えてくれないんだから!」
ぶつくさと文句を言いつつ、シャルティナはリリオンのほうへと向き直った。
「サクラシアもああ言ってるし、アンタを疑うにしても理由がないわね。
こうなったら、信じる方が合理的よ」
「……感謝いたします」
彼女の口から出た信じる、という言葉にリリオンはほっと胸を撫でおろした。人間界での協力者を作るという、彼女の当初の目標が果たされた瞬間であった。
まだまだ話の種は尽きない。長風呂なことも気にせず、彼女たちは話に華を咲かせていく。明るい話ばかりというわけには行かないが、それでも先の戦いを勝利で終えることが出来たからか、湿っぽい雰囲気にはならなかった。
特に盛り上がったのは、ヒューグについてのことだった。
「……ランメア王女率いる魔王討伐隊に参加していた三百年前から蘇った幽霊ねえ」
ヒューグに対するシャルティナの反応は半信半疑であった。彼が仕えていたランメア王女は人間界ではもはや伝説と言っていい存在だが、何故かその傍に居たヒューグの存在は現代まで伝わっていない。
「敵地である魔界のほうが情報が残ってるなんて、おかしな話ですね……。
まあ、命を奪ったきっかけの私が言えたことじゃないんだけど」
自嘲しながもどこか寂しそうにヴァーミリアが呟く。仕える主も共に戦う仲間達もとうに去ってしまったこの時代に一人蘇った彼の心情は想像に難くない。
それはシャルティナも同様だった。
「正直、幻魔候とかなんとかよりずっと信じられない話だけど……
いいわ、こっちでも何か情報がないか調べてみる」
「頼みます。少しでも情報があれば、彼も喜ぶでしょうから」
リリオンも静かに頭を下げた。彼女にとってはヒューグもまた信頼できる仲間の一人だ。傍に居ることの出来ない自分に代わってゼオのことを任せるに足る人物であることは間違いない。
「もう一つ、聞きたいことがあったのよ」
「さっきの戦いの最後に、あの悪魔のような機体……ヴァルガテールだったかしら。
そのパイロットであるヒューグが姿を見せたのはどういう意味があったの?」
「生身ならまだ推測も出来るけど、鎧姿で男か女かも分からなかったし」
シャルティナの質問はもっともなものだった。味方としてギルファーメトルの操る【ラードゾルグ】と戦ったとはいえ、所属の知れない【ヴァルガテール】の存在は混乱の元だ。
そんな機体のパイロットが正体不明の黒騎士と知れたところで余計に混乱を招くだけだ。
「確かに、私も気になったかな。
あの時、ヒューグさんに姿を晒させた理由って何なの?リリオン」
動揺の疑問を抱いていたヴァーミリアも加わる。
口には出さないが、サクラシアやラフィス達三姉妹も気になっているようだ。視線が集中するのを感じながら、リリオンは冷静に答える。
「あれは……
カモフラージュです」
「カモフラージュ……?」
オウム返しに呟いたシャルティナにリリオンははい、と頷く。
要領を得ない返答に、未だ理解の追い付かないシャルティナは眉をひそめながら続けた。
「何か、隠したいことがあったわけ?
それであんな人目を引くような行動を取らせて……その隠したいことって何よ?」
彼女の言葉は決まっていた。
「私が隠したかったのは、ゼオのことです」
「それは……」
一拍置いて、思考を巡らせながらシャルティナは続ける。
「学園都市とこの街と、ゼオ・オークロウが居るところに謎の不審機が現れている。
そうして彼に疑いの目が向けられるのを避ける為に、アリバイ作りとして謎の黒騎士を用意したってこと?」
瞬時にその回答に辿り着いたシャルティナを称えるように、リリオンは静かに頷いた。だが、満点の回答とは言えない。
「半分、正解です」
あの子はただでさえ注目を集めていますから、これ以上いらぬ苦労をかけさせない為にあのような手を取りました」
「相変わらず、過保護なんだから……それで?もう半分は?」
呆れた表情のサクラシアに急かされリリオンはもう半分の内容について話し始めた。
「あまり、上手くは説明できませんが……もう半分は、彼自身の為です」
「あの子は昔から、頑張り過ぎるきらいがあります。
訓練にしても、日々の生活にしても……その愚直さはあの子の大きな魅力ですが、私からすれば時に痛々しいとも思えることもあるほどでした」
「その傾向は、私が記憶を奪って以来ますます強まったように思います。記憶がなければ経験もない、自信もない。そんな日々の不安を訓練に打ち込むことで紛らわせているのか……」
「私はそんなつもりで、あの子の記憶を奪ったわけでは……
ただ、平穏に暮らして欲しかっただけで……」
声がやや震え、リリオンは両手で自らの身体を抱きしめた。
ヴァーミリアが大丈夫、と声をかける中、持ち直したリリオンは再びゆっくりと話始めた。
「そんな中で今日、彼の友人であるレヴンやハルラが……彼を騎士の象徴や、国を救う為の英雄に仕立て上げようとしていることを知りました。断ってくれればよかったのですが……優しい子ですから。きっとまた、無理をすることになるでしょう」
「結果として、ハルラの企みは成功し彼はこの国の英雄となってしまった。
喜ばしくないわけではありませんが、私は……不安で仕方ないのです」
「英雄を求める人々の声に乗せられたあの子が、周囲の望むがままに戦いに巻き込まれないか……」
そこまで言って、リリオンは口を閉ざした。先ほどまでの落ち着き泰然としていた様子が嘘のように、不安げな表情を浮かべている。
「それで、英雄となった
最後の総括はシャルティナがまとめた。リリオンも頷き、それを肯定する。
彼女の思惑を全て聞かされ、色々と思うところはありつつも……シャルティナは一先ず口を開いた。
「ゼオのこと、利用したのは悪いと思ってるわ。レヴンもハルラも、元は私の部下なんだし、私の責任でもある」
「でも言っとくけど、彼の素質は本物よ。仕立てあげようとしてそうなった訳じゃないわ」
「力を持て余して傭兵に堕ちるような騎士が大勢いる中で、彼の忠義と、記憶喪失という悲劇はきっと多くの人の支持を受ける。
例え、私やレヴンやハルラが何もしなかったとしても、ね」
「今という時代が求めた、本物の英雄なのよ。
シャルティナの言葉をリリオンは険しい表情で受け止める。
彼女にも分かっている。ゼオがそうなってしまった、そういう風に育ってしまった一因は記憶を奪い遠ざけた自分にもあると。
「……」
「……あー、えっ、と」
自己嫌悪に陥り押し黙ってしまったリリオンに対し、気まずそうなシャルティナはあれこれ考えた後……気になっていたあの質問をぶつけることにした。
「随分、その……好きなのね、ゼオのことが……」
その言葉にふと顔を上げたリリオンの頬がぽっ、と赤く染まる。長風呂の熱気にあてられたものではないことは誰の目にも分かる。
「……はい」
「私は、あの子を……愛しています」
顔を真っ赤にし目を閉じ羞恥に耐えながら、まるで宣誓するかのように堂々とリリオンはゼオへの愛を語る。信頼するシャルティナ相手にゼオへの気持ちを隠さず伝えようという、彼女なりの誠意のつもりなのだろうか。
ヴァーミリアと三姉妹はやれやれと言った様子で、古い付き合いのサクラシアもようやく愛弟子とその主人の関係が進展したことに呆れていた。
一方、シャルティナは一気に変化したリリオンの様子に驚きつつも……持ち前の嗅覚でこの話を聞き逃してはならないと直感で理解していた。
「はぁ~~ああ!なるほどねっ!分かった分かった」
「英雄になって欲しくないってのには、そういう理由もあったワケね!」
英雄になり名をあげれば、それだけ彼を狙う女性も増える。リリオンはライバルが増えるのを恐れているわけだ……とニヤニヤしながらシャルティナは睨んだ。
だが。
「……? どういう訳か、説明していただけますか?」
肝心のリリオンはきょとんとしている。
「えっ、いや……だってほら、分かるでしょ!?」
そうまくしたててもリリオンは首をかしげるばかりだ。根本的なところでズレを感じる。本当に、察しがついていなさそうだ。
説明する気持ちも失せたシャルティナは何でもないとだけ言い切り、話を打ち切った。
「……まあ、さっきの話からしても、アンタがどれだけゼオを大事に思ってるかは分かったわ」
「私はもう諦めてるからいいけど、他の王女……セナリスとランシアには注意しなさいよ。あの二人しつこいから」
「ご忠告感謝致します」
呆れた様子のシャルティナに対し、リリオンは静かに続けた。
「ただ……私がどれだけ愛していても
あの子が私をどう思ってるかなんて、誰にも分かりませんが……」
「いや好きでしょ。何言ってんの?」
頬を赤く染め、寂し気に呟くリリオンにスパっとシャルティナは言い放った。彼女には断言できるだけの自信があった。
同意してくれるのかヴァーミリアやサクラシアもうんうんと頷いている。
「……シャルティナ様?」
一人ついてこれていないリリオンにシャルティナは続けた。
「あのね、男なんて美人に話しかけられたら誰でも好きになっちゃうのよ。
特にアンタみたいなのにはねっ」
「あの子は、外見で人を判断するような子じゃ……」
強く言い放ったシャルティナに対し、リリオンは恥ずかしそうに湯船の中で両腕でぎゅっと身体を抱きしめた。口先では否定しながらも、もしそうならと想像してしまったのだろうか。
(……ズルい)
そんな様子こそ、シャルティナはズルいと思ってしまう。
このリリオンという女性は、魔王の娘という言葉に秘められた気品や美しさ、妖しさ、艶やかさ……その全てを現わしている。人と変わらぬ外見ながら、その雰囲気と美しさは人では到底ありえないものと言っていい。
そんな彼女が愛するゼオのことに関しては、無垢な少女と変わらない純真さを見せる。見守りたくなるような、応援したくなるような、そんな気持ちにさせてくる。
しかもこれを彼女は恐らく無意識のうちにやっているのだ。そんなことをされて、夢中にならない男が居ないはずがない。それが若い青年とならばなおさらだ。
(応援するつもりだったけど……これは想像以上の強敵よ、ハルラ……)
ハルラに胸の内で謝罪しながら、シャルティナはリリオンの恋愛事情について根掘り葉掘り聞き出した。
そのおかげだろうか。
しばらく経ってようやく風呂を上がる頃には、二人はすっかり打ち解けていた。
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