第94話 『黒騎士』


 ゼオの剣を打ち込まれた【ラードゾルグ】の巨体が、内側から光を放ちつつ崩壊していく。ギルファーメトルの細胞に侵食され、黒い影に覆われた巨体も元の色を取り戻しつつあった。




 しかし、崩壊したのは【ラードゾルグ】だけだ。



 

 その巨体と接続することで操作していた【ガフィニオン】と、それに乗るギルファーメトルは未だ健在である。

 それを示すように再び漆黒の触手が、建物を薙ぎ払いつつ【ヴァルガテール/撃震】目掛け迫る。




 だが【撃震】も怯まない。並みの祈機騎刃エッジオブエレメンタルより二回りも大きい両腕で触手を受け止める。

 

 その動きが止まった瞬間を見計らい【ガフィニオン】が斬りかかった。ギルファーメトルの侵食を受け強化された影響もあるのか、重厚な外見からは想像できないほど軽やかな動きだった。




「デカブツを倒せば終わりだと思ったか?あ゛ぁ゛ぁ゛っ!?」




 嘲笑うような声と共に振るわれる大剣の一撃を【撃震】はなんとかかわしていく。重装甲と無限軌道キャタピラにより精細な動きを苦手とする【撃震】に接近戦は不得手だ。

 三姉妹が変身した戦槌ハンマーで何とか防ぎつつも、ヒューグは徐々に押し込まれつつあった。


「チィッ……!」


 得意の二刀流で押し返そうとするが、軽快さが最大の武器の二刀流と力押しの【撃震】形態は相性が悪い。腕が思うように動かず、致命傷こそ避けつつも次第に装甲に傷が増えていく。




 【ラードゾルグ】を失ってもなお、ギルファーメトルは強敵であった。大剣を振るう傍らで無数の触手を操り、徐々に劣勢を優勢に塗り返していく。


「おい、どうする……!?」


 何とか捌きながら、ヒューグは後方のシートに座るラーボルトに投げかけた。押し込まれつつある状況だが、彼は変わらず落ち着いていた。


「問題ねえ。




 その直後、【ガフィニオン】の大剣が真っすぐ【撃震】目掛け振り下ろされた。


 回避不能、防御も断ち斬る速度で。




 必殺の威力を秘めた一撃は空を切った。大剣が斬り裂くはずだった【撃震】の巨体は嘘のように消えている。


「あ゛?

 ……ッ!!」


 状況を読み込めないギルファーメトルの身体を衝撃が襲う。蹴りを入れられ、吹き飛ばされた【ガフィニオン】の巨体が地面を転がる。




「申し訳ありません。少々、手間取りました」




 後方のシートから聞こえる落ち着いた声音に、ヒューグはほっと胸をなでおろした。

 彼が最も信頼を寄せる幻魔候、イクシオリリオンがラーボルトに代わり座っている。【ヴァルガテール】もまた、【撃震】形態から悪魔を思わせる通常形態へと姿を変えていた。


「説明は後だ。

 アイツを倒す、協力してくれ!」


「ええ。私も、全力を捧げます」


 その言葉と共に翼を広げた【ヴァルガテール】は、空中から【ガフィニオン】目掛け襲い掛かった。




「ッ、リリオンッッ……!」




 唸るような声を漏らしつつ、ギルファーメトルも迎撃のため触手を繰り出す。

 先端が鋭く尖った触手が空中の【ヴァルガテール】を貫こうと縦横無尽に宙を駆ける。


 だが、リリオンが復帰した今では無数の触手など障害にもならなかった。二本の剣を両手に握った【ヴァルガテール】は空中で翼を広げ身を捩った。



 

「うおおおぉぉッッ!!」




 竜巻のように回転しながら【ヴァルガテール】は迫る触手全てを斬り裂いた。装甲には傷一つ負っていない。

 そしてその勢いのまま、斬り裂かれた触手が崩れ落ちるよりも早く、ギルファーメトルが乗る【ガフィニオン】へと迫る。

 

「ッ、テメェ、リリオンッ……!」


 ギルファーメトルがそう吐き捨て、【ガフィニオン】が大剣を構えようとする。




 だが、それよりもずっと速く。




 【ヴァルガテール】の二つの剣が閃き、【ガフィニオン】をバラバラに斬り裂いた。




「チィィ……ッッ!」


「これで、終わりかよッ、クソぉぉッ!」




  決着は呆気ないほどあっさりと着いた。


 空中で斬り裂かれた触手が崩れ落ちるのと同時に、バラバラに斬り裂かれた【ガフィニオン】が暴走する魔力を維持できず爆発した。

 



 夜の闇の中、爆発で巻き起こった炎に赤く照らされながら、【ヴァルガテール】は【ガフィニオン】の残骸、その胸部にあるコックピットに剣を突き立てた。

 そこに居るはずの幻魔候にトドメを刺したつもりだが、手応えはない。


「……逃げられましたね」


 ヒューグが問いかけるよりも前に、リリオンが敵を討ち逃したことを告げる。逃がすような間は与えなかったはずだが、そこは幻魔候ということか。ここで倒すつもりでいたが、ギリギリのところで逃げられたらしい。

 それを悔しく思う気持ちもあったが、今は強敵を撃破できた勝利の余韻に浸りたい気持ちの方が大きかった。


 くたびれた身体をシートに委ねると、ふうぅと気の抜けた息が漏れた。


「それはそうと、これで終わりなんだよな……?

 とんでもなく長い夜になっちまったもんだ」


「いえ、まだ一点。やることがあります。

 お願いできますか?ヒューグさん」


 緊張が途切れたヒューグにリリオンが告げる。

 あん?と振り向いた彼に、彼女は最後の一仕事の内容を告げた────。




*****




「ゼオ、ゼオッ、おい!しっかりしろ!」


 呼びかけられる声に応じて、ゼオは目を覚ました。


 気を失っていたのだろうか。頭がぼんやりして視界もはっきりしない。

 数秒経って視界がはっきりすると、ファンガルとレヴンが心配そうな顔でこちらを見つめていた。

 そのすぐ傍らにはラーボルトもいる。


「よかったァ……!

 舞踏会の途中で急にいなくなるわ、何でかハルラちゃんと戦ってるわで、心配してたんだぞこっちは……!」


「私達も必死に探してたんだが見つからなくてな……。

 ラーボルト様が見つけて連れて来てくれなければ、どうなっていたか」


 二人の話をぼんやりと聞きつつ、気を失う前に何があったのか思い出そうとする。




 ハルラに勝ち、彼女と話をして、それから────。




「っ、街は……!?」


 国軍と傭兵の戦いの舞台になった、ケンギュラの街の現状が気になりゼオは立ち上がった。

 フラついたところをファンガルに支えられた彼の目に、夜の闇の中王者のように佇む悪魔のような祈機騎刃エッジオブエレメンタルの姿が目に入る。




 彼がそれについて知っているのは、先の学園都市襲撃事件で現れた所属不明機アンノウンということだけ。


 その機体が何なのか。


 誰が、どんな想いで乗っているのか。




 そんなことなど、記憶喪失の彼は知る由もない────。




 それでも、彼はその機体に言葉に出来ない"何か"を感じ、じっと見つめ目を離せずにいた。

 傍らで見守るラーボルトは何も言わない。

 

 その機体はたった今斬り伏せた【ガフィニオン】の頭部を掴み、勝利を誇示するかのように高く掲げた。

 直後、機体の胸部にあるコックピットのハッチが開く。




「誰か出て来るぞ!」




 その場に居た避難民の一人が反射的にそう叫び、ゼオやファンガル、レヴン……他の避難民や騎士、貴族も含め王女であるシャルティナや側近のレジェールも。

 この街にいるほぼ全員の視線が、ぽっかりと開いたコックピットに注がれた。




 そして、ぬるりと。




 その機体のパイロットであろう人物が姿を見せた。




 かなりの距離がある為、肉眼でしか見れない多くの人にとっては大まかな外見しか伝わらなかっただろう。

 だが、それでも十分だった。


 所属不明機アンノウンのパイロットは、深い黒に染められた鎧と兜に身を包んだ重装の騎士だった。

 顔も含め肌の露出は全く無く、体型からも性別の判断は出来ない。


 外見通りの黒騎士。そう呼ぶ他に、彼を表現することは出来なかった。




「っ、ほ、捕獲!早くっ!」




 我に返ったシャルティナが待機していた国軍の騎士に所属不明機アンノウンの捕獲を命じた。 

 だが既に黒騎士はコックピットへと戻り、所属不明機アンノウンは翼を広げていた。迫る国軍を尻目に悠々と飛び立ち、そのまま流星の如き速度で飛び去っていく。




「……」




 次第に小さくなる流星を、その姿が見えなくなるまでシャルティナは目で追っていた。やがてそれが夜の闇に消えてしまうと、その存在が幻のようにすら思えてくる。

 だが、あれは紛れもなくこの地に現れた。そして人々を助け、正体を告げることなく去って行った。




 あれは何なのか?どこで作られた祈機騎刃エッジオブエレメンタルなのか?


 何が目的で現れたのか?姿を見せたパイロットの黒騎士は何者なのか?


 敵か?味方か?




 堰を切ったように流れて来る疑問を頭を振って払い、彼女は王女として部下たちに命令する。


「ボサッとしてないで!

 避難している民衆の整理と、生存者の捜索、火事の消火に被害状況の確認と……やることは山積みなんだから!急いで!!」


 ハキハキと命ずる彼女の言葉に部下たちも従い、脳裏に浮かぶ疑問を無視して手を動かし始めた。






 ────後に『ケンギュラ動乱』と語られる、この一夜の出来事はこうして幕を下ろした。


 軍国主義的な大臣と、それに従う傭兵たちの単なるクーデターとして記録されるこの事件の裏にある思惑を、世界はまだ、知らない。





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