第93話 『撃震』



「……よかった、ファンガルくん達も無事なのね。本当によかった……」

「それじゃあ、後は任せるわね」



 その言葉と共に【ヴァルガテール】のコックピットの後方のシートからヴァーミリアの姿が消えた。彼女に代わって座るのは、リリオンやヴァーミリア、ギルファーメトルと同じ幻魔候である、ラーボルト。


 前方のシートに座るヒューグは振り返り、彼の様子を伺う。




 その身で実力を痛感し、協力者として信頼しているリリオン。


 かつては敵として戦い、自分が命を落とすこととなった相手であるヴァーミリア。




 この二人と違い、ラーボルトという男のことを彼は良く知らない。幻魔候であることから実力は確かなのだろうが、同じ機体に乗り共に戦う相手として信頼できるとは言い切れなかった。


 そんなヒューグの訝しげな視線がどこ吹く風とばかりに、軽い調子でラーボルトは呟く。


「前向いて座ってな、舌噛むぜ」




 は?




 そう聞き返そうとした瞬間────。






 がくん、とコックピットの中に衝撃が走る。

 今までヴァーミリアの魔力を注ぎ宙に留まっていた【ヴァルガテール/極焔】が、彼女が席から離れたことでその機能を失い、重力に曳かれ落ちていく。


 機体の真下、落下地点には模倣体の【ラードゾルグ】が待ち構えていた。墜落したところにトドメを刺すつもりなのだろう。




 ヒューグが慌てて前を向き、操縦桿を握り締めたのを後方のシートから確認してから、ラーボルトもまた自身の座るシートの操縦桿に手を伸ばした。

 



 一線を超えた感覚があった。


 冬の早朝、凍りかけている冷たい湖に手を突っ込んだ時のように。

 凍りかけの水に体温が奪われていくように、彼の生命力である魔力が機体に注ぎ込まれていく。


 


 彼の魔力はすぐに二十メートル近い鋼の騎士の全身を満たし、血液のように駆け巡り始めた。






「────幻魔換装ゲンマカンソウ





 深紅の装甲に身を纏った、優雅な女騎士。


 そんな印象を与える、落下中の【ヴァルガテール/極焔】に、ゴツゴツとした無骨な大岩が生じ、全身を覆っていく。

 細く女性的な四肢も見えなくなり、巨大な岩石の塊と化した【ヴァルガテール】は、真下に待ち構えていた【ラードゾルグ】の模倣体を容赦なく圧し潰した。




 ズゥゥゥン、と衝撃が地面を揺らす。


 模倣体を構成していたギルファーメトルの真っ黒な細胞が、潰れたトマトのように周囲に飛び散る。




「んむっ、んぐぅぅ……っっ」




 コックピットでヒューグはうめき声をあげる。

 着地の衝撃自体はどうということはない。突如何者かが彼の座るシートの上に現れ、のしかかり視界を奪って来たからだ。


「ひゃっ!ごめんなさい!」


 声の持ち主が上体を反らした。


 ヒューグの上にのしかかっていたのはラーボルトの配下、三姉妹の長女と思われるラフィスだった。


「相変わらず、せっっっまいコックピット~……」


 後方を振り向けば、シートに座るラーボルトの膝の上に次女リィフォンと三女ルゥファも居た。三人とも、ラーボルトに従い共にコックピットにやって来たようだ。特にリィフォンはただでさえ狭めな【ヴァルガテール】のコックピットに不満を漏らしている。


「分かってんなら、とっとと外で待機してろ。

 お前らの力も借りることになるんだからな」


 ラーボルトがそう指示するとはぁい、という返事の後に三人が姿を消した。彼の言う外、の意味は分からないが、何らかの形で手を貸してくれるらしい。


「さて……ボサッとしてるなら、オレが動かしてもいいんだぜ?

 アンタは操縦桿レバーを握ってるだけでいい」


 戸惑うヒューグを急かすようにラーボルトが挑発するようなことを口にした。


「うるせえよ。アンタこそ、コイツであの幻魔候を倒せるんだろうな……!?」


 言い返すようなヒューグの言葉にも、ラーボルトは軽く返す。


「ああ。アレの相手は任せとけ、古い付き合いなんだよ」

「コイツについても心配すんな。

 この姿はヴァーミリアの形態よりいくらかシンプルだよ。その分燃費もいい」


「そうかよ……なら!」


 ラーボルトが語ったその言葉を信じ、ヒューグは第三の姿となった【ヴァルガテール】を前進させた。




 【ヴァルガテール】の第三形態『撃震』。


 その姿は、悪魔を思わせる通常形態や女騎士に似た『極焔』とは、まったく異なるものだった。




 上半身は細身な極焔からマッシヴな通常形態をさらに超え、分厚い鎧をまとった巨漢を思わせる姿へと変じていた。重厚な装甲に覆われた胴体からは防御力の高さが伺え、並みの祈機騎刃エッジオブエレメンタルの倍の太さはあるであろう両腕からは凄まじい出力パワーが出せることだろう。

 右肩には『極焔』形態と同じく、ゼオの剣が備えられている。




 だが、この機体の最大の特徴は下半身にあった。




 巨大な上半身の重力を支える下半身は、祈機騎刃エッジオブエレメンタルの通例である人間を模した二脚ではなく、巨大な無限軌道キャタピラにより支えられていた。


 ヒューグが前進を命じた途端、無限軌道キャタピラがキュラキュラと音を立て動き出した。硬く、重く、力強い【撃震】の巨体を、他の祈機騎刃エッジオブエレメンタルが地を駆ける以上の速度で走らせる。

 進路上にはギルファーメトルの影が地面を覆っていたが、高速回転する履帯は侵食を許す間もなく、通り過ぎる間にそれらを磨り潰す。


「チッ、ラーボルト……!」


 声音に苛立ちを混ぜながら、ギルファーメトルは迫る【撃震】の迎撃のため更に模倣体を生み出した。黒塗りの【ガフィニオン】十数機が、一斉に【撃震】目掛け迫る。


「ビビる必要はねえ!所詮は雑魚だ、撃ち抜け!」


「応っ!」


 ヒューグが操縦桿のトリガーを引く。すると【撃震】の両腕、前腕部の装甲が展開し、内部から砲身が四つ、拳を囲むようにせり出した。四つの砲身を備えたそれは回転機関砲ガトリングのように高速回転しながら前方に魔法弾をバラまく。

 リリオンやヴァーミリアの魔法と比べれば幾分か目劣りするとはいえ、侵食能力と数の有利で押し切る戦法の模倣体相手には十分な威力を持つ。迫る模倣体の身体を魔法弾が撃ち貫き、崩れ落ちたところを無限軌道キャタピラが轢き潰す。




「あ゛ぁ゛~~~~、クっソ……

 数任せは、対策されるよなァ。面倒くせェ」




 再び模倣体が生み出される。今

 度は【ガフィニオン】ではなく【撃震】以上の巨体をもつ【ラードゾルグ】であった。魔法弾で簡単に対処された反省からか、今度は撃ち込んでも装甲を貫通出来ず、有効打にはならなかった。

 

「構わねえ、突っ込め!」


 どうするか聞く前に、ラーボルトがヒューグに指示を飛ばす。

 その言葉に従い、ヒューグは接近戦に備え右肩に装備されたゼオの剣を右手に取った。通常形態では十分な大きさだった彼の剣だが、巨大な【撃震】の腕ではやや小ぶりに見える。

 同時に、操縦桿を握りしめながらラーボルトが叫ぶ。




「ラフィス!リィフォン!ルゥファ!

 行くぜ!」


 「はい!」




 三人が応える声がコックピットに響いた。

 

 直後、【撃震】の背部がせり上がり、格納されていた副腕サブアームが二本現れた。そのまま頭部を挟み両肩の上へと伸びた左の副腕サブアームの掌の上には、ラフィスたち三姉妹の姿があった。

 

 三人がそれぞれ祈るように胸の前に手を合わせると、その輪郭が溶けるように曖昧になっていく。ギルファーメトルの模倣によく似た様子で、彼女たちの姿は三振りの巨大な白銀の剣へと変わった。


 曲芸のように三振りの剣のうち二つを放り投げ、左腕と右の副腕サブアームが一本ずつ掴む。四つの腕に四つの剣を備えた【撃震】は、突進の勢いのままその全てを【ラードゾルグ】の模倣体に突き刺した。


 剣を突き立てられつつも模倣体の【ラードゾルグ】は【撃震】を押し返そうとする。だが猛牛のような荒々しさで進む【激震】は留まるところを知らない。


 ならば、と突き立てた剣から侵食を進めようとする。

 しかしラフィス、リィフォン、ルゥファの三姉妹が変身した剣は逆に黒い【ラードゾルグ】を白銀に侵食し返していく。




 何もおかしいことはない。

 彼女たちはギルファーメトルと同じ、古い魔王に生み出された魔法生物だ。ギルファーメトルに比べれば劣るとは言え、彼女たちもその身をある程度は自在に変身させることが出来る。




「せーのっ、ずさーーーーっ!」




 ルゥファが軽い調子で叫ぶとともに、突き刺さった四つの剣が【ラードゾルグ】をバラバラに引き裂いた。

 障害を排除した【撃震】は再度、ギルファーメトルの本体目掛け地を駆ける。役目を終えた三人もまた、一旦剣への変身を解除した。




「ギル、いい加減にしろ。いつまでこんなことをするつもりだ」


「あ゛ぁ゛ぁ゛っ!?何寝惚けたこといってやがる!」




 ラーボルトが通信越しに投げかけた言葉にギルファーメトルは反発する。

 その怒りを示すように、自らの細胞で構成された巨大な触手を【撃震】目掛け繰り出した。

 今【撃震】が駆ける街の大通りの道幅では回避する余裕がない。


地皇硬壁ジオウコウヘキ


 ラーボルトが魔法を発動し、【撃震】の前方十数メートルの位置に魔力で固められた土壁が地中からせり出し現れた。

 【撃震】はそれを土壁を地面から持ち上げ切り離し、手持ちの盾とした。迫る触手が土壁と激突し、辺りに飛び散っていく。厄介な侵食能力も、ただ硬いだけの土壁が相手では意味を為さない。

 

 触手の攻撃を凌いだ【撃震】は盾としていた土壁を片腕で持ち上げ、【ラードゾルグ】本体目掛け放り投げた。




「チッ……!」




 有効打を与えられなかったことに舌打ちしつつ、ギルファーメトルは迫る土壁を【ラードゾルグ】が握る大剣で斬り裂いた。


 真っ二つになった土壁の隙間から、白銀色をした荒縄が迫る。




「ッ!?」




 既に再度、三姉妹は変身を行っていた。

 今度は斬撃を与える剣ではなく、動きを封じる荒縄へと。


 それは蛇のように【ラードゾルグ】に絡みつき、動きを封じた。反対側、縄を放った【撃震】は両腕でそれをきつく握り締めている。




「せぇーーーのっっ……!!!」




 五人の声が重なり、それに合わせて【撃震】も動く。

 無限軌道キャタピラが激しく吠えながら駆動し、腰から上半身を回転させ全力で縄を引く。

 抵抗する間もないまま【ラードゾルグ】の巨体は宙へと浮かびあがり、そのまま地面に叩きつけられた。




剛砕印地ゴウサイインジッ!」


 

 

 追撃とばかりに土属性の魔法を放つ。無数の大岩の弾丸が生じ、地面に激突して動けない【ラードゾルグ】目掛け雨あられと降り注ぐ。

 普通なら穴だらけになっていてもおかしくない攻撃だったが、そのいずれも【ラードゾルグ】に備わった魔法障壁マジック・バリヤーを突破することは出来なかった。


 激突の衝撃から回復した【ラードゾルグ】が大剣を振り上げ迫る。




「くたばりやがれッ!!」




 振り下ろされた一撃を、間一髪のところでゼオの剣を抜き受ける。ギルファーメトルも相当の力を注ぎ込んでいるのだろう。【ラードゾルグ】の大剣がじわじわと押し迫って来るが、【撃震】もまた負けてはいない。

 大剣を受け止めている剣を支える両腕に力を込め、鍔迫り合いを互角に押し留める。




「戦ってばっかで、虚しくならねえのかって聞いてんだぜ。こっちは……!」




「ハッ、憐れんでるつもりか!?勝って殺せば、ソイツの全てはオレのものになる!

 お前らもオレの糧にしてやるから、安心してオレに殺されろ……ッッ!!」




 剣と共に、通信越しにラーボルトとギルファーメトルが互いに言葉をぶつけ合う。

 古い付き合い、と言った彼の言葉通り二人の間にはヒューグが知らない過去があるようだ。


 激しく感情を露わにし、大剣を押し込む力を強めるギルファーメトルと対照的に、ラーボルトは終始落ち着いていた。

 



「お前もそろそろ、守ることの意味を学んだらどうだ、ギル……!」




 その言葉と共に【撃震】は鍔迫り合いしている大剣を一瞬押し返し、その隙に【ラードゾルグ】の懐に滑るように潜り込んだ。

 高い出力パワーで大剣を振り回し、ある程度接近戦にも対応しているとはいえその巨体故に懐に潜り込まれると脆いものだ。


 その重量と突進力を活かした突撃を、ギルファーメトル本体が乗る【ガフィニオン】にぶつけた。接続している【ラードゾルグ】ごと【ガフィニオン】が吹き飛ばされ、十数メートル後退した。




 体勢を立て直す間は与えない。




 【撃震】は再度距離を詰めつつ、【ラードゾルグ】目掛け右手に握るゼオの剣を投げつけた。

 魔力を込められ光を放つゼオの剣はまっすぐ宙を飛び、夜の闇を切り裂いていく。




 防御魔法を無効化する契霊杖ケイレイジョウであるゼオの剣を前に、魔法障壁マジック・バリヤーは意味を為さない。

 大剣による防御も間に合わず、剣が【ラードゾルグ】の胸部に深々と突き刺さった。




「ッ……!

 こんなもん、引き抜いて……!」




 ギルファーメトルが苦々しく呟く。


 


 が、そこに【撃震】が迫る。


 ラフィス、リィフォン、ルゥファが変身した、身の丈を超える巨大な戦槌ハンマーを手にして。




 二つの腕と二つの副腕サブアーム


 四つの腕で戦槌ハンマーを握りしめた【撃震】は、無限軌道キャタピラによる突進力と上半身の回転の勢いを乗せ、それを振るった。




 ────金槌で釘を打つように。


 【ラードゾルグ】の胸に突き刺さった、ゼオの剣の柄頭つかがしら目掛けて。




「いっけえええええ!!」




「ッ、フザけッ……!」




 防御は間に合わない。


 戦槌ハンマーが正確に真っすぐゼオの剣を捉え、【撃震】の持つ破壊力の全てを剣に伝えた。剣が機体の中枢部に達し、剣に込められていた魔力も激しく反応する。

 剣が放つ光がより一層眩しく輝き、【ラードゾルグ】の巨体を内側から破壊していく。ギルファーメトルの持つ再生の能力も間に合わず、むしろその細胞ごと消滅してする。




 ギルファーメトルに支配され漆黒に塗り潰された巨大な騎士が、内側から光を放ち崩壊していく。


 その様子を、ラーボルトは静かに見つめる。




「……守ることは、弱さじゃないんだぜ。ギル」



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