第92話 夜明けを呼ぶもの⑦


 【ラードゾルグ】は本来、拠点防衛用に作られた機体である。


 搭載されている魔法障壁マジック・バリヤーとその巨体で多数の魔物の攻撃を受け止め、共に戦う仲間や人々を守る盾となる。

 そんな想いを込められて、あの機体は作られた。舞踏会の際にシャルティナが語ったように、守る為の機体なのだ。




 だが、その想いは無惨に踏みにじられた。




 幻魔候ギルファーメトルの手に落ちた【ラードゾルグ】は、守るはずの騎士と国民に刃を向けている。

 それどころか正体不明の影のような攻撃を放ち、今ではこの首都全体を飲み込まんとしている。




 そんな光景を、王女であるシャルティナは黙って見つめることしか出来なかった。

 怒りや無念がないわけではない。拳をぎゅっと握りしめ、今この場に起きている不条理な現実に、ただただじっと耐えている。


「シャルティナ様、そろそろ避難しなければ……直にここも危険になります」


 傍に控えていたレジェールが告げる。


 【ラードゾルグ】が放った影は通りや建物、そして国軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルを呑み込みながら急速に広がっている。今シャルティナたちと国民の大半が避難しているこの場所まではまだ距離があるが、時間の問題だろう。


「避難するったって、どこに逃げるのよ……」


 振り返らずに彼女は呟く。声には抑揚がなく、傍観の念さえ感じられた。

 折れてしまっても無理はない。絶望的な状況を前に、この若き王女を誰が責められるだろうか。


 だが、彼女は決して諦めた訳ではなかった。


首都ケンギュラが落ちれば、寄り合い所帯な独立相互都市連盟この国は終わりよ。

 ここで踏ん張らないでどうするのよ……!」

「それに……王女の私がここで逃げたら、国民に示しがつかないでしょう?

 避難は国民を優先、急いで!」


 十代半ばの少女である彼女がこの場に留り続ける理由などない。だが彼女は自分の王女と言う立場とその使命を果たそうとしている。

 三大国家の王女として、これ以上ない相応しい振る舞いであった。

 

(シャルティナ様……ご立派になられて)


 若き王女の成長を痛感したレジェールが感極まる中、彼女は残された数少ない希望の一つに目を向けていた。


 先の学園都市襲撃事件で姿を見せ、街の窮地を救った所属不明機アンノウン

 あの機体が味方と言う確証はない。


 だが、それでも。




「……この国を救ってくれるなら、悪魔にだって祈ってやるわ。

 だから、どうか……!」




 彼女だけではない。未知の脅威を前に、多くの人々が正体不明の所属不明機アンノウンに希望を見出していた。


 そんな人々の期待に応える為──この国とここで暮らす人々を救う為、ヒューグは【ヴァルガテール】を前進させた。




 街中に広がりつつある影の中からは既に多くの模倣体コピーが生み出されつつあった。【ガフィニオン】はもちろん、模倣コピーされた国軍の【エドワイユ】や巨大な【ラードゾルグ】の姿まである。


 それら模倣体は国軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルに、斬撃を無効化し、触れると侵食する特性を持って襲い掛かっていた。

 祈機騎刃エッジオブエレメンタルに対して天敵と言えるこれらの特性を前に国軍は総崩れになってもおかしくなかったが、集団戦術を駆使し何とか戦列を維持していた。

 だが実体を持った模倣体には対処出来ても、地を這い覆い尽くす影が相手ではどうしようもない。足元から侵食され、崩れ落ちたところを集団に群がられ徐々にその数を減らしていく。




 「うああああああッッ!!」


 


 機体の下半身が侵食され、身動きの取れなくなった【エドワイユ】に乗る若い騎士が悲鳴を上げる。僚機が救援に向かっているが模倣体に阻まれ近づくことが出来ない。

 モニターには真っ黒に塗り潰された【エドワイユ】が、地獄への道連れを探す亡者のように近づいてくる様子が映っていた。脱出装置も作動しない。コクピットで恐怖に震えるしかない彼の顔を、真っ赤な炎が照らす。




 右腕に巨大な騎兵槍ランス、左手に剣を構えたその機体は風のように素早く駆け抜け、周囲の真っ黒な【エドワイユ】を全て斬り裂いた。斬り裂かれた機体は自分が斬りつけた時と違い、再生することなく灰となって消えていく。機体が放つ炎と光のせいか、地面を覆っていた影も消えていた。

 駆けつけた僚機に抱えられ、青年の乗る【エドワイユ】は後退していった。それを見届け、【ヴァルガテール/極焔】のコックピットでヒューグは呟く。


「守りながらってのはいいが……こんなんじゃラチがあかねぇぞ!?」


 彼の言葉に後方の座席に座るヴァーミリアが頷いた。


「ええ。まずは、安全地帯を作りましょ」


 そう言いながら、彼女は機体に魔力を注ぎ込んだ。右腕に装備した騎兵槍ランスに魔力が満ちる。【ヴァルガテール】が騎兵槍ランスを一振りすると、その背後で地面から炎が一直線に噴き上がった。

 ごうごうと燃える火は地を覆う影を遠ざけ、模倣体を焼き焦がす。


「あの結界は、私が敵と定めた相手にしか影響しません。

 この国の祈機騎刃EOEや避難中の人々には、何の影響もありませんよ」


「軽く言いやがって……

 数十キロ範囲の結界なんて、そうそうできるもんじゃねえってのに」


 敵に回れば幻魔候は脅威だが、味方となれば心強いことこの上ない。少なくともこれで後方の心配はなくなった。避難している人々の守りは結界と国軍に任せれば問題ないだろう。


 後は敵であるギルファーメトルの本体を叩けばいい。口には出さないがヴァーミリアもこれまでの戦いでかなりの魔力を使っているはずだ。結界を維持できる時間もそう長くはないだろう。

 それまでに決着をつけなければならない。




「さあ、行くぜ……ヴァルガテール!」




 背部からマントのように噴き出される炎を身に纏い、地上をすれすれを滑るように【ヴァルガテール】は駆ける。地を這う影が捕らえようと手を伸ばすが、炎のマントに遮られ瞬く間に焼かれていく。


 その姿は正に、闇に包まれた街を貫く流星であった。




「チィ……ッ!」




 ギルファーメトルにとっても【ヴァルガテール】とそれに乗るヴァーミリアの火力は脅威であった。それが猛スピードで突っ込んでくれば、模倣体はもちろん【ラードゾルグ】本体も無事では済まない。

 対処の為、ギルファーメトルは国軍と戦っていた模倣体を全て本体の元に集結させた。


「駒はあるんだ。頭ァ使わねェとな……!」


 【ヴァルガテール】の進行方向に、模倣体の【ラードゾルグ】と【エドワイユ】を三機出現させた。こんなもので倒せるとは思っていない。これらは肉壁であり、無理やりにでも動きを止めたところを侵食してトドメを刺すつもりだった。

 そうでなくても魔力を消耗させられればいい。持久戦になればどちらが有利かは目に見えている。




 もちろん、そんな動きが読めないヒューグではない。




「雑魚には構わないで!」


「応ッ!!」


 ヴァーミリアが叫ぶと同時、模倣体どもにぶつかる直前でヒューグは【ヴァルガテール】の軌道を九十度上に向けた。

 地を滑っていた流星が上空へ飛び上がる。


 ギルファーメトルの細胞である模倣体と影が跋扈している地上と違い、上空は自由自在に動くことが出来る。


 だが、貪欲な彼が大人しく指を咥えて見ているはずもない。




「逃がすかッ!!」




 待機していた模倣体どもが黒い触手へと姿を変え、夜の闇へと逃れた【ヴァルガテール】を追い手を伸ばす。炎のマントに覆われていようが、無理やりにでも掴んで地面に叩き落とせばいくらでも勝機はある。

 他の模倣体も次々と触手に姿を変え、空を駆ける流星をその手中に収めようとする。


「おおおおォォッッ!!」


 炎のマントを広げ、両腕に武器を構え【ヴァルガテール】は真っすぐ本体である【ラードゾルグ】目掛けて飛ぶ。迫る触手は持ち前の速度で置き去りにし、行く手を阻む触手は騎兵槍ランスで貫き、剣で斬り飛ばす。




 網のように広がり面で捕らえようとする触手を熱で焼き斬り。

 槍のように鋭く点で捕らえようとする触手を剣でいなし続け。




 鳥のように宙を自在に舞いながら、着実に【ラードゾルグ】との距離を縮めていく。




「そこだ……ッッ!」


 魔法の射程圏内に入った瞬間、ヒューグは右腕の騎兵槍ランスを構えた。切っ先は【ラードゾルグ】に向け、必中の意志を込めて照準を定める。

 先ほど放った魔法は大剣に掻き消されて消えてしまった。なら、掻き消すことの出来ない攻撃を放てばいい。

 炎をただ放つのではなく、収束して貫通力に特化させる。




 ヴァーミリアもこの一撃で終わらせるつもりで、残り少ない魔力を集めていた。

 



 ────だが。




「……! ヒューグさん!」


 視界の隅で捉えた地上のある景色を、彼女は見過ごすことが出来なかった。思わず声を上げ、ヒューグに事情を知らせる。


「ッ、クソッ……!」


 それを知ったヒューグは悪態をつきながら攻撃を中断し、地上のある地点へと駆けつけた。




 そこには未だ避難中の人々の姿があった。その多くは老人や子供で、避難が遅れたた理由もそこにあるようだ。彼らを先導しているのは他でもない、ゼオと共にこの地にやって来た友人のファンガルとレヴンだった。

 住民の避難を手伝っているとは聞いていたが、まだこんなところに残っていたとは。


 既に彼らの一団のすぐ近くにはギルファーメトルの影が迫りつつある。放っておくわけにはいかない。


 踏みつぶさないよう注意しながら、機体を荒々しく着地させ、ヒューグは炎の魔力を込めた剣を地面に突き刺した。


 熱と光が迫る影を退け遠ざけていく。


 突如現れた【ヴァルガテール】にレヴンとファンガルを含めた避難民たちは呆気に取られていた。


「ボサッとしてんじゃねえ!

 レヴン、ファンガル、さっさと逃げろ!!」


 呼びかけに我に返った二人が急いで人々をそこから遠ざけていく。




 我先にと人々が逃げていく中で、どうしても動けないものもいた。




 三歳ほどの小さな男の子が一人、【ヴァルガテール】の足元に留まったままだった。

 寝ているところを無理やり起こされたのか、土煙に汚れた寝間着姿のままで、ただただぼーっと突っ立っている。


 幼い彼には何が起きているのか、何故逃げているのかなど分かるはずもない。

 寝ていたところを起こされたまま、夢を見ている気分なのだろうか。




 両親とは逸れたのだろうか。

 周りの人々もとても気に掛ける余裕はない。


 唯一、ファンガルが立ち尽くす彼の姿に気付き、己が身を省みず駆け寄り抱き上げた。

 



 その間も【ヴァルガテール】は影に対する盾になり続けている。


 ギルファーメトルが、その隙を見逃してくれるはずもない。



 

 大剣を振り上げた【ラードゾルグ】が、目前に迫っていた。躱せば背後のファンガルと男の子に被害が及ぶ。

 受け止めるしか選択肢はなかった。


「チィ……ッ!」


 左手の剣で防御の姿勢を取り、上段からまっすぐ振り下ろされた大剣を受け止める。衝撃で周囲の建物の窓が吹き飛ぶ。

 【ラードゾルグ】の巨体が生む圧倒的な力によって振り下ろされた一撃は、防御した上からでも無視できないダメージを【ヴァルガテール】に与えていた。機体を支える両足は地面にめりこみ、周囲の地面ごと陥没しつつある。


 以前の攻撃は横薙ぎで、空中に居たため威力を逃がすことが出来た。だが縦に振り下ろされた攻撃を地上で受け止めては、逃がす場所がない。

 機動力と火力に特化した【極焔】形態は通常形態よりも出力パワーに乏しい。

 このような力比べなど、もっての他だ。


 機体の状態を知らせるモニターが加重圧を訴えていた。このままでは、機体がフレームごと圧壊しかねない。


「ぐうぅぅっ……!踏ん張れよ、ヴァーミリア……!」


 だが、逃げるわけにはいかない。


「ええ……!せめて、あの二人が安全な場所まで離れるまでは……!」


 ヴァーミリアも残る魔力を注ぎ込み必死で【ラードゾルグ】に対抗する。だが炎に関しては他の追随を許さない彼女であろうと、不得意な力比べに持ち込まれては限界があった。


「まだまだっ!

 私が、守る……!今度こそっ!」


 その身に宿る魔力を使い果たした彼女は、生命力そのものを機体に注ぎ込んでいく。彼女の意志に呼応するように【極焔】が激しく燃え上がり、邪魔をしようとするギルファーメトルの影を寄せ付けない。


「もうすぐだ、もうすぐ……!」


 モニターに映るファンガルと男の子はもう間もなく迎えに来た国軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルと合流する。

 そうすれば、一先ずは安全だ。安心して、ギルファーメトルと戦うことが出来る。




 だが。




 ファンガル達が走る通りの左右に並ぶ建物が、突き崩されたようにがらがらと崩れ落ちた。大小様々が瓦礫がファンガルと男の子の上に降り注ぎ、彼らの姿を覆い隠して見えなくしてしまう。

 

 後には、砂埃をあげる瓦礫の山しか残っていない。




「……!」




 建物を推し崩したのは建物の影に潜んでいた模倣体だった。




「弱くなったな、ヴァーミリア……。

 笑わせんなよ……何を守るって言ったんだテメェは。あ゛ぁ゛?」




「……ッッ!」




 嘲笑う声と共にギルファーメトルは最後の押し込みをかけた。【ラードゾルグ】の出力を上げ、更に大剣でちっぽけな【ヴァルガテール】を圧し潰していく。

 

 グググ、と押し込んでいくと────ぷつん、と抵抗が止んだ。




 勝った。圧し潰して、ミンチにしてやった。




 勝利を確信した彼だが、大剣を退け確認するとそこにあるはずの残骸がない。

 あるのは焼け焦げた地面と、ぽっかりと開いた大穴だけだ。




「……ッ!? チッ!」




 その意図に気付き一瞬早くその場を離れた【ラードゾルグ】の足元から真っ赤に燃える炎をまとった【ヴァルガテール】が騎兵槍ランスを構え飛び出した。


 高熱を利用し地面を焼き溶かすことで大剣を躱し、一撃必殺の反撃を決める。


 起死回生の一手となるはずの一撃は、寸でのところで躱されてしまった。体勢を立て直す為、ヒューグは【ヴァルガテール】を空中へ逃がし、距離を取る。




「……ッ」




 油断すると建物に潰されたファンガルと男の子の姿が脳裏に浮かぶ。目の前の戦いを前にすれば邪魔でしかない二人の姿を思考から追い出し、彼は振り返り後方のシートに座るヴァーミリアの様子を伺った。




「……」




 顔を伏せ、項垂れた彼女の表情は伺えない。あの二人を守れなかったことが、かなり響いているようだ。戦える精神状態かどうか分からないが、どのみち彼女の魔力はガス欠寸前だ。

 結界の維持を考えると、もう戦闘不能と言っていい。


 他の幻魔候と、交代しなければならない。




 リリオンは未だ連絡が付かない。




 ────と、なれば。




 共にこの地にやって来た、の力を借りるしかない。



 

 




「……せぇーのっ」




「ずさーーーっっっ!!!」




 弾むような少女の声がした直後、鋭い金属音が響き瓦礫が粉々に斬り裂かれ砕け散った。


 その身に感じていた重圧が取り除かれ、何事かとファンガルは顔を上げる。彼が身を挺して庇った男の子も、毛むくじゃらの身体の影から顔を覗かせた。


「すまん、遅くなったな。

 なかなか度胸のあるやつじゃないか。見直したぞ」

 

「……アンタ、ゼオのとこの」


 ファンガルを助けたのは外でもない、孤児院育ちであったゼオを見出した────と言うことになっている、三人目の幻魔候ラーボルトであった。部下であるラフィス、リィフォン、ルゥファの三姉妹も傍に控えている。

 このところ姿を見せなかった彼と彼女たちだが遊んでいたわけではない。ギルファーメトルが出す被害を最小限に抑えるべく、救助活動と避難指示に当たっていた。


「さ、早く行きな。ここからはオレ達に任せろ」


「ぁ……で、でもゼオがまだ……!」


「大丈夫だ、任せとけ。さあ」


 ラーボルトに促されファンガルは男の子を連れ国軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルに保護され後退していった。

 ラーボルトたちも避難するよう声をかけられるが、無視してその場を後にする。


「ヴァーミリアの奴、はりきり過ぎだな」


「でも彼女のおかげでだいぶ時間は稼げました。感謝しないといけませんね」


「ギルの奴もさあ、やりたい放題じゃん?お仕置きしないとねえ」


「ぎるぅ……昔から、変わらない……」


 三姉妹の呟きに耳を傾けながら、ラーボルトは上空に留まる【ヴァルガテール】をじっと見つめた。




 彼にとってあの機体は、他の幻魔候以上に思い入れのあるものだ。

 



 今となってはリリオンとゼオのものになってしまったが、それでもあの機体を見て感じる気持ちは変わらない。

 

 通信を開き、呼びかける。



「ヴァーミリア、待たせたな。

 オレが……いや、オレ達が乗る。代われ」




 待ちに待った、反撃の時間だ。


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