第91話 夜明けを呼ぶもの⑥




 祈機騎刃エッジオブエレメンタル【ラードゾルグ】。




 ギルファーメトルに奪われた【ガフィニオン】と接続されたことで、この新型も邪悪な幻魔候の手に落ちてしまった。騎士の胸像を思わせる重厚なその姿から、じわりと邪悪な魔力が溢れ出す。


 【ヴァルガテール/極焔】の倍ほどの高さのあるその巨体を前に、ヒューグは操縦桿を握る手に力を込めた。

 今までは逃げに徹していたギルファーメトルだが、もはや逃げるつもりはないと言わんばかりに【ヴァルガテール】の姿を見下ろしている。

 追うものと追われるもの、狼と羊と、両者の立場が逆転してしまった。




 並みの祈機騎刃エッジオブエレメンタルの数倍はあるであろう【ラードゾルグ】の右腕が動く。振り上げられたその拳には、幅広で分厚い刀身を備えた大剣が握られていた。


「来るか……!」


 ヒューグは静かに攻撃に備える。

 巨体による攻撃範囲の広さと破壊力は確かに脅威だが、逆にあの巨体だ。回避し懐に潜り込めさえすれば好機はある。


 ヒューグの意志をくみ取り、【ヴァルガテール】も構えた瞬間。




 炎、氷、地、風、光、闇。


 多種多様な魔力の奔流が【ラードゾルグ】を襲った。

 飽和した魔力が眩い光と共に爆発を起こし【ラードゾルグ】の巨体を覆い隠す。




『ぃよっしゃあっ!命中ッ!!』

『的がでかい分、当てやすい……!』


 魔法を放ったのは国軍の祈機騎刃エッジオブエレメンタルであった。大半は量産機の【エドワイユ】だが個人専用の高級機の姿もちらほらと見える。リリオンたちの協力者であるサクラシアの【ヴァンドノート】の姿もあった。


『油断しないで!まだ撃破が確認されたわけじゃ……!』


(火力は十分、むしろ過剰なくらいよ)

(けどね、それだけで倒せる相手じゃ……)


 このままで終わるはずがない、とサクラシアが注意を促した直後。


 


 爆発で起きた煙の中から黒い触手が飛び出した。


 夜の闇の中、得物を追う狼のように素早く鋭い触手は、国軍の部隊に襲い掛かり回避の遅れた【エドワイユ】の胴を容易に貫いた。


『ッ! 警戒!』


 思わぬ反撃に国軍全体が構えると同時に爆発による煙が収まり、【ラードゾルグ】がその無傷の姿を見せた。


『そんな、無傷……?』


 外したわけがない。どの機体も自身が放った攻撃の命中を確認している。

 しかし確かに目の前の機体は全くと言っていいほどの無傷だった。傷の一つすらついていない。


『どういうことだ、一体……!』


「任せて!化けの皮を剥がしてやるわ!」


 動揺する騎士たちも多い中でサクラシアは即座に動いていた。

 彼女専用の改造が施された【ヴァンドノート】、その背後に現れた魔法陣から大型の"対竜砲"を取り出し構えた。機体の全長を超える大きさかつ、両腕で構えなければ扱えない、取り回し最悪のその武装はパイロットのサクラシアの実力もあって祈機騎刃エッジオブエレメンタルの扱う武装の中では最大級の威力を持つ。

 文字通り、一撃で竜種を葬ることも可能だ。


「止められるものなら止めてみなさい……!」


 巨体を相手に狙いを定める必要はない。発射可能の表示が出た瞬間、サクラシアは対竜砲を放った。




 砲口に魔法陣が三重に浮かぶ。高エネルギー状態となった魔力が砲身から三重の魔法陣を一つ、二つ、三つと通過する度爆発的にその威力を増していく。

 轟音が響き、発射の反動で機体が後退する。


 たった一機で先ほど国軍の部隊全体で放った攻撃に匹敵する威力の一撃。それを【ラードゾルグ】は回避しようとすらしない。




 バチバチと、宙に魔力が迸ったその瞬間。

 【ラードゾルグ】周辺の空間に歪みが走った。




 凄まじい威力を持つ対竜砲の一撃だが、歪みに阻まれ【ラードゾルグ】本体まで届かない。数秒のうちに威力は衰え、霧散するように消えてしまった。


「クソっ!やっぱり魔導障壁マジック・バリヤーか……!」


 予想していたとはいえ、今の自分に出せる一撃が通用しなかったことにサクラシアは悪態をつく。


『効いて、ない……!?』

『どういうことだ!?アレの魔導障壁マジック・バリヤーで対竜砲が防げるはずが……!』


 動揺する騎士たちの声が通信から聞こえてくる。


 主力量産機である【エドワイユ】と同じく【ラードゾルグ】も魔導障壁マジック・バリヤーを備えている。

 障壁を発生させ相手の攻撃を防ぎ、近寄らせない。二機の持つ魔導障壁マジック・バリヤーは単純な機能にこそ大差はないが、実際の性能は大きく異なる。


 左腕に搭載され、短時間かつ比較的狭い範囲にしか障壁を展開できない【エドワイユ】と違い、【ラードゾルグ】は長時間かつ機体全周をカバーできるほど広い範囲に障壁を展開できる。


 しかし、だからといって対竜砲を防げるほど強力なわけではない。

 ギルファーメトルの侵食を受けたことで、性能に変化が生じているのだろう。


『とにかく、見ての通りよ!遠距離攻撃は通じない、接近戦で……!』




「接近戦だな!行くぜ、ヴァーミリア!」


「ええっ!」


 サクラシアからの通信にヒューグが叫び、ヴァーミリアが応える。国軍が居る手前、派手な動きは避けるべきかと考えていた二人だがそうも言っていられない状況だった。

 魔王討伐隊に参加し、人間の中では最高級の魔法の使い手であるサクラシアの攻撃すら防ぐ魔導障壁マジック・バリヤーを破れるのは今、この場では【ヴァルガテール】しかいない。




 【ヴァルガテール/極焔】は大きく飛び上がり、魔力を集中させた右腕の騎兵槍ランスを【ラードゾルグ】の魔導障壁マジック・バリヤー目掛け突き立てようとした。




 だが。




「ハッハァッ!遅ェなァッ!!」


 その巨体に対し目を疑うほどの速度で【ラードゾルグ】が動く。

 飛び上がった【ヴァルガテール】を弾き飛ばすように、分厚い刀身の大剣を横薙ぎに振るった。




「ぐ……ッッ!?」




 咄嗟に防御────したものの、巨体から繰り出された重い一撃を受け止め切れず【ヴァルガテール】は大きく弾き飛ばされた。


 衝撃を受け流せず、制御を失った機体が宙を舞う。


「ヒューグさん!」


「分かってる……!」


 上下が反転した状況で、吹き飛ばされながらヒューグは必死に機体を安定させようとした。


 魔力を集中させたままの騎兵槍【ランス】の切っ先を【ラードゾルグ】に合わせ、そして────。






業焔尽凰火ゴウエンジンオウカッッ!!」






 放たれたのは火属性の最上級魔法。


 祈機騎刃エッジオブエレメンタル同士での戦いでは牽制以下の火球にしかならない下級魔法の『凰火』とは、威力も、発動難易度も、格が違う。

 それを炎の魔法に関してはリリオンすら凌ぐ使い手であるヴァーミリアが放ったのだ。その威力はこの場に居る殆どの騎士が生涯経験する最大のものとなるだろう。


 名前通り巨大な火の鳥を形作った魔力が、夜の闇を昼間のように散らしながら【ラードゾルグ】目掛け宙を駆ける。




「チィ……ッ!」




 ギルファーメトルは即座に回避行動を取る。

 先ほどまでのように魔導障壁マジック・バリヤーで受けるような真似はしない。事実、火の鳥は容易く【ラードゾルグ】の魔導障壁マジック・バリヤーを打ち破った後───大剣に阻まれ、搔き消され消えてしまった。




「やっぱ、あのバ火力女だけは……防げねェよなァ……!」




 クックック、と楽しくて仕方ないと言わんばかりにギルファーメトルは笑みをこぼした。

 契霊杖ケイレイジョウに宿る精霊の膨大な魔力を得たこと。そして幻魔候同士、祈機騎刃エッジオブエレメンタルという玩具おもちゃで戦えることが、どうしようもなく楽しいと言わんばかりに。




 戦いを好み、敗者を蹂躙し、勝利に酔い痴れる。


 もっとも魔物らしい幻魔候、ギルファーメトルとはそういうものだ。




「なあ、ヴァーミリア……ソイツの実力ってのは、そんなモンじゃねえんだろう?」


 弾き飛ばされた先で民家に激突し、瓦礫のうえで機体を立て直す【ヴァルガテール】。その姿を見ながらギルファーメトルはニヤニヤと下卑た笑みを浮かびながらヴァーミリアに問いかける。


「……本気で戦いたいなら、他の人を巻き込まない場所で」


「つまんねェこと聞くなよ!あ゛ぁ゛っっ!?」


 ヴァーミリアの提案をギルファーメトルは一蹴する。奪った【ガフィニオン】と【ラードゾルグ】の二機に加え、駆けつけたヴァーミリアと国軍たち、そして戦場となったこのケンギュラの街とそこで暮らす人々全てが、彼にとって自分を楽しませる玩具おもちゃなのだ。


 それをむざむざ手放すような真似など、するはずがない。


「まあ、いい。

 お前みたいなのがどうすれば本気を出すかは、よく分かってるんでなァ……!」




 その言葉と共に燃える建物の火が照らす【ラードゾルグ】の足元の影が不自然にその大きさを広げていく。

 リリオンと戦った時に見せた、幻魔候としての彼の全力を発揮しようとしている。


 周囲の瓦礫を塗り潰し、夜の闇より深く濃く、広がり続ける影は単なる平面的な物体から徐々に三次元的な、実態をもったものへと変貌していく。


『っ、何だ……!?』


『後退!後退ッ!!』


 異様な雰囲気を察知した国軍は迫る影から距離を取り、離れようとした。だが彼らの想像以上の速度で広がりを見せる影は瞬く間に退避していた【エドワイユ】の脚部を掴んだ。


『なっ、いつの間に……!』


 機体が地面に倒れ落ちパイロットが状況を把握する間もなく、地面に落ちた砂糖菓子に蟻がたかるように、影は【エドワイユ】の全身を覆いつくした。

 真っ黒に塗り潰された【エドワイユ】は一切の抵抗を見せないまま、溶け込むように影の中へと消え去った。




『オイオイオイっ、どういう攻撃なんだ……!?』

『とにかく、影には触れないで!遠距離から攻撃を……!』

障壁バリヤーがあるんだぞ!遠距離攻撃では、有効打がない!』




 動揺する国軍の通信が【ヴァルガテール】のコックピットに響く。ギルファーメトルについて情報を掴んでいるヒューグとヴァーミリアは、彼らほど動揺はしない。

 だが同時に、楽観視しても居なかった。状況は想像できる中で最悪に近い。




「ギルは祈機騎刃EOE二機分の魔力を使って、自身の細胞を急増殖させてる。

 このままじゃ、街全体がギルの細胞に取り込まれてしまう……ヒューグさん!」


「応よッ!

 そんなこと、させてたまるかっ!」




 避難している人々、彼らが暮らす街、そして大切なこの場を守ろうとした騎士達。




 その全てを守る覚悟を込めて、ヒューグは応える。


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